第94話 大剣使いのゴルドン⑥【復讐10人目】

 ゴルドンは腹から流れ出る血を抑えていた。

 このままでは出血多量で死んでしまう。

 こいつは生きたまま女王に差し出す必要があるからな。


 ハーマンはゴルドンの腹に包帯を巻いていた。


 しかし、治療をしても、隙を見て死のうとするかもしれないな。


『ライトよ。こやつが動くのは厄介じゃぞ。わらわの力で石化させるのが良かろう。いちいち自殺されては面倒じゃわい』


「たしかにな……」


 だが、それより問題なのは道連れを作ろうとする行為だ。

 死ぬ覚悟で王城内を暴れられたら被害は甚大。まして、女王やチェスラの身になにかあれば目も当てられないよ。

 死ぬ気になればなんでもできてしまうんだ。


「所持品検査は必要かもな」


「ぬぐ! ど、どうして!?」


「こんなことになったらおまえはヒダリオに殺されるんだろ? だったら、王室を爆破でもして、王族を道連れにした方が評価は上がるよな」


「ぐぬぅう!!」


「崇拝しているヒダリオに見限られるのは嫌だろう。なぁ?」


「ち、近づくな!」


 ゴルドンは左腕を使ってハーマンの首を羽交い締めにした。

 その左手の中には黒い球体を持っていた。


 ああ、やっぱりだ。

 怪しいアイテムを持っていた。


『ライトよ。あれは 邪悪爆破球イービルボールじゃ。わずかな魔力で周囲300メートルを吹っ飛ばしよる』


 なるほど。厄介なアイテムを持っているな。


「グハハハ! ライトォ! 貴様の思い通りにはならんぞぉお!」


「それを王室で爆発させるつもりだったのか?」


「ふん……。計画が変わった……。貴様はハーマンに随分と思い入れがあるようだな」


「別に……」


「ふん。隠しても無駄だ。私には臭いでわかる」


「だから、なんだよ?」


「ククク。ハーマンを人質にしていれば、私には手を出せんということさ」

「くっ! ライト! 私のことはいい! みんなを避難させてくれ!」


 自分より、みんなの命を優先する。か。

 ハーマン、あんたはやっぱり父さんに似ているよ。


「クハハハ! 馬車を用意しろぉおおお! 荷台には食料を積んでなぁあああ!!」


 やれやれ。

 今度は逃げるつもりか。

 ハーマンを人質にして逃げても、どうせ途中で殺すだろう。こいつの考えていることは手に取るようにわかる。


 ゴルドン。おまえは酷いやつだよ。

 人間のクズだ。




 10年前──。

 俺たち家族は平和に暮らしていたんだ。

 父さんと母さん。俺とアリンロッテ。4人は本当に仲が良かった。


「この冒険が終わったら、みんなでピクニックに行こう」


 父さんの提案に家族は乗り気だった。

 そこは高台の高原地帯で、雪山の見える麓の野原には美しい花が咲いていた。

 野原には綺麗な小川にがあって魚釣りが楽しめる。


「ねぇお兄ちゃん。私でも大きい魚が釣れるかな?」

 

 アリンロッテは初めてできる魚釣りに興奮していた。

 俺は父さんに連れられて何度か行ったことがあったから、妹に教えれることが本当に楽しみだった。

 魚が釣れた時に、彼女がどんな反応をするのか? 考えただけでワクワクする。

 母さんはお弁当のサンドイッチをたくさん作ってくれるという。アリンロッテが大好きな、上等なチーズをたっぷり入れて作るようだ。

 俺たちは、家族で行けるピクニックを、それはもう、本当に心待ちにしていたんだ。


 そのクエストは1週間で終わる予定だった。


 両親の帰りを待っているアリンロッテは、ピクニックのことばかり話していた。

 高原に咲いている花を想像したり、母さんが作ってくれる弁当の話しをしたり。

 とてもおしゃべりだった。俺は鼻で嘆息をつきながらも、彼女の興奮を抑えていたっけ。


 でも、2週間待っても、3週間待っても、父さんと母さんは帰ってこなかった。


 2ヶ月は経っただろうか?

 ギルド員の知らせで、父さんと母さんが魔神に殺されたことを知らされた。

 

 よくある話だ。

 いつ死ぬかわからない。それが冒険者なんだ。


 俺は両親の仇を討ちたかった。


 しかし、その魔神はすでに討伐されているという。

 

 俺たちの復讐対象はいない。

 やりきれない気持ちで、俺たちは大人になった。


 結局、母さんは魔神討伐のために魔封紅血の力を利用されて殺された。父さんは口封じだ。

 

 この計画は翡翠の鷹のリーダー、ゴルドンがやっていた。本筋を描いたのはヒダリオだがな。

 2人は結託して、俺の両親を殺したんだ。


 ゴルドン。

 おまえが父さんと母さんを殺したんだよ。



 ──俺は気がつけば前に出ていた。

 じっとしてなんかいられなかったんだ。


「う、動くな! それ以上動いたらこの 邪悪爆破球イービルボールを爆破させるぞ!」


「やってみろよ」


「なにぃ!?」


グサ……!


 突然、地面に何かが刺さる。

 それは真っ黒い聖剣だった。


「ぬぅうう! か、体が……う、動かん……!」


 聖剣 薔薇女神の剣ローズデアはゴルドンの影を刺していた。


麻痺魔法パラライズだ。これで体は動かない。もう爆破はできんさ」


 俺はゴルドンの腕を払いのけてハーマンを助けた。


 そして、ゴルドンの下腹に短剣を突き刺した。


「グヌォオオオオ!!」


 ハーマンは汗を垂らす。


「ラ、ライト! どうして!?」


「こいつは何をやってもダメだ。女王の前に連れて行けば、どんな事故を起こすかわからない」


「し、しかし……」


「こいつは父さんと母さんの仇なんだ」


「なに!?」


「自殺なんかさせない。ましてや、道連れで他人を巻き込むなんて絶対に阻止してやるさ」


 俺は腹に刺した短剣をグリグリと回した。


「グォオオオオ……!」


「苦しいかゴルドン? これはおまえの短剣さ。自分の武器で腹を刺される気持ちはどうだ?」


 俺は短剣をゆっくりと上にあげる。


「ヌォオオオオ………!!」


 短剣の行先は心臓。

 到達すれば絶命する。


 だが、すぐには殺しはしない。

 ゆっくりだ。ナメクジが動くみたいにゆっくり。


ズブ……ズブブブ……!!


「ヌグググググ!!」


「俺とアリンロッテはもっと苦しかったんだぞ」


 おまえに想像できるか?

 最愛の両親を失った兄妹の気持ちが。


 なぁ、ゴルドン。


 おまえにはそれがわかるのか?


ズブ……ズブブブ……!!


「グヌゥウウウウ! ク、クハハ……! ば、万策尽きたなライト……。わ、私の勝ちだ。私は英雄のまま死ぬ」


「………それは違うぞ」


「ち、違わ……ない……さ。ガハッ! わ、私は英雄だ……」


「違う。おまえはただの荷物持ちに殺されるんだ」


「ぐぬうう……!」


「おまえがバカにしていた荷物持ちだよ。道具みたいに扱っていた荷物持ちに、復讐されて殺されるんだよ」


「ううぐぐ……!!」


 笑ってなんて逝かすもんか。

 わずかな満足感だって与えはしない。





「おまえは、自分が殺したレフテールとアムナの息子。ライト・バンジャンスに殺されるんだ」





 短剣は心臓に到達した。


「ガハッ……!」


 ゴルドンは吐血した。

 その顔に笑顔はなく、人生を完うした達成感もない。今までのツケが回って来たように苦悶の表情を浮かべている。

 その瞳に映るのは、冷徹に睨み続ける俺の顔だけだ。

 そんなおまえには、この言葉を送ってやる。



 地 獄 に 堕 ち ろ


 

 俺たち家族の恨みを背負って、魂になっても苦しみ続けろ。

 

 ゴルドンは絶命した。

 もたれ掛かった俺の体からズルズルと地面に崩れ落ちる。


 雨がポタポタと降ってきた。

 

 雨粒が動かなくなったゴルドンの遺体に当たって弾けている。


 最期が泥水の中とは、こいつに相応しい末路だ。


 これで良かったんだ。


 こんな奴が生きていても碌なことはない。


 わずかな達成感と、虚しさが心の中を渦巻いた。


 仇を討ったのに、悲しい。


 こいつが死んでも、大好きだった父さんと母さんは帰ってこないんだ。

 俺とアリンロッテはずっと、両親の帰りを待っている。


 気がつけば泣いていた。

 

「ライト…………」


 ハーマンが心配そうな顔でこちらを見つめている。


 怒られるかな?

 だって、そうだろう。

 牙の悪業を証明するには、こいつの身柄が必要だったんだからな。

 思わず殺してしまった。


「ごめん……」


 ふいに出た言葉を優しく包み込むように、彼は言った。


「……ありがとう。二度も助けられてしまったな」


 俺を責めないのか……。


 なんか……。

 やっぱり、この人は温かいな。


 気がつけば俺の額はハーマンの胸にくっついていた。

 

 涙が止まらない……。


 彼は何も言わず、自分のマントを外して俺の頭に被せてくれた。


 雨降ってるのにさ……。

 俺の顔を隠してくれたのか。


 彼の優しさが俺の胸の中で一杯になると、帰らない父の顔を思い出して、また、涙が溢れ出た。



────

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天光の牙は残り2名!

ライトの復讐は成就するか?

最後までお付き合い願います!

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