第88話 アレックス兵団と王都の兵団
ここはシュバイン公爵領と王都領の国境付近。
そこはちょっとした町のように活気付いていた。
聞けば数週間前の話。
公爵の息子アレックスは1万人の兵士を従えて王都領の検問所へと到着した。
検問兵から王都の許可が出るまで待機するようにいわれたので、アレックス兵団は検問所付近で待機。
その期間が長すぎて、町のようになってしまったというわけだ。
おびただしいテントの数々。そこには市場や飲食店なんかもあって、あちこちから焚き火の煙が上がっている。
娼婦なんかも出入りしているのかもしれない。簡易的な町といってもいいだろう。
俺は全体を見渡せる高台から状況を確認していた。
検問所を通じて物流業者が行き来している。
すごい行列だ……。待機兵を客にすれば相当な儲けになる。仕事としては美味しいんだろうな。
「チュチュチュ! アレックス兵団に物を売る業者はこのチュウチュウを通すんでチュよぉ」
あれはネズミ人の商人、チュウチュウだ。
ドブネズミみたいに貧相な顔をしているんだがな。かなり羽振りがいいのだろう。身につけている服装と装飾品はやけに高価な代物だ。
少し、業者と揉めてるみたいだな。
「国境関税は物品定価の3割ッチュよ。チュチュチュ」
「そんな高すぎる! 昨日までは2割だったじゃないか!」
「物価高騰ッチュよ。チュチュチュ。嫌なら通る許可は出せんな」
「くっ! 足元みやがってぇ」
「はいはい。払えないなら消えろッチュ! 次の方ぁ〜〜」
「わ、わかった! 払うよ。払えばいいんだろ!」
「チュチュチュ! バカが。早く払えッチュ」
やれやれ。
通常、シュバイン領に入るのは王室の許可だけでいいんだがな。
物流量が半端ないから、特別に税を取って管理しているのだろう。
おそらく、チュウチュウが物品検閲の担当で、王室の許可を省いて時間短縮しているんだ。
それにしても3割増しか。それが正規の税率なのかな? 怪しいもんだよ。
さて、シュバイン領に行くのはどの方法がいいかな?
そんなことを思っていると、チュウチュウが飛び上がるほど、大きな地響きが辺り一面を襲った。
ドドドドドドドドドドッ!
それは蹄の音。
王都から派遣された兵団だった。
騎士団長ゴルドンが率いる3万人の兵士たちだ。
おお、あんなに並んでいた行商人たちが蜘蛛の子を散らすように去って行ったよ。
そりゃそうか。アレックス兵団が1万人。王都の兵団が3万人だもんな。戦闘に巻き込まれたら命はないよ。
ゴルドンは検問所の向こうにいるアレックスに呼びかけた。
「私は王都の騎士団長ゴルドン・ボージャック! アレックス・シュバイン様に物申す! この状況はいかなる行動か!?」
すると、シュナイダー領からアレックスが出て来た。
みんなに聞こえるように大きな声を張り上げる。
「私がアレックス兵団を率いるリーダー。アレックス・シュバインだ! ゴルドン。君とはシビレーヌの一件以来だな」
「私はオセロン女王の命でここに来た。もう一度聞かせていただく。アレックス・シュバイン。兵団の目的はなんだ!?」
「使いの者に手紙を持たした。その手紙に要件が書いていたはずだ」
「手紙など届いておりません!」
「なに!?」
ゴルドンは嫌な笑みを浮かべた。
「大方……。事故にでもあったのでしょう。野盗に襲われて殺されたのかもしれませんな」
「…………先日。2回目の使者を出したのだがな」
「ほぉ。では、その使者も事故にあって死んだのでしょう」
やれやれ。
確実に嘘だな。
あのゴルドンの顔。使者を殺したのはこいつだ。アレックスが使者に持たしたという手紙は、ゴルドンによって破棄されたんだ。
あいつの顔を見てれば容易に察しがつく。
しかしそうなると、アレックスが書いた手紙の内容が気になるな。
彼の後ろに立っている中年の男は……。ハーマン。元自警団の支部長をやっていた男だ。
ハーマンは俺に対して懐疑的だった。天光の牙が、魔神討伐に
でも、この状況を見るに、俺の疑いは晴れたんだろうな。
アレックスは兵団を結成して行動してくれたんだ。
つまり、この1万人のアレックス兵団は俺の味方だ。
ここまで大事になっているのは、アレックス自信が命の危険を感じているからだろう。
アレックス兵団の存在意義は、王都に対する威圧。それほどまでに重要事案だということ。
単独で行動しなかったのは賢いよ。王城にはヒダリオがいるからな。城内で根回しをしようもんなら、たちまち勘づかれて殺されていただろう。
ゴルドンがとぼけている所を見ると、おそらくアレックスは女王との面会を所望したな。
たった手紙1枚で、国を揺るがすほどの情報はいえないはずだ。天光の牙の悪業を伝えるのは、女王との密談にしたかったのだろう。
要するに、ゴルドンは全てを知ってここに来たってことだ……。3万人の兵士を連れてな。
そうなると目的は決まっている──。
突然、シュバイン領から大量の矢が降って来た。
それはゴルドンには当たらず、後ろの兵士たちにブッ刺さる。
「アレックス! これが答えか!?」
「ち、違う! 私は攻撃命令なんて出していない!!」
ああ、始まった。
あの矢はゴルドンが仕組んだことだ。
大方、事前に手下をシュバイン領に忍ばせておいたんだろう。腕の立つ射手を配置していたんだろうな。
その証拠に、視力のいい俺でも正体がわからないくらい、かなり遠方からの正確な攻撃。矢はゴルドンに触れずにその手下だけを射抜いた。
しかし、誰が撃ったより、矢が飛んで来た方向が問題だよな。これで仕掛けて来たのは事実上、アレックス側ということになる。
完全にゴルドンの計画通りだ。
「行けぇえええええ!! アレックス兵団を殲滅せよぉおおおおおおお!!」
3万対1万か。
ゴルドンはアレックスを殺そうとしている。
謀反を起こしたアレックスなら殺しても文句は出ないだろうからな。
オセロン女王にも言い訳が立つ。
初めからこれが目的だったんだ。
兵士たちの雄叫びが蹄の音とともに空に響く。
「「「 うぉおおおおぁッ!! 」」」
対するアレックス兵団だが、まだ、ろくすっぽ戦闘の準備さえできていない。
これは勝負あったな。
ゴルドン側の圧勝だ。
『ライトよ。放っておくのかえ?』
そんな訳はない。
「
これは土族性のS級魔法。
大地を盛り上げて大きな壁を作る。
防御にも攻撃にも使える優れ技だ。
その巨大な壁は2つの兵団を分つようにそびえ立った。
兵団の馬はその異様な状況にいななく。
団混乱のさなか、俺は壁の上に降り立った。
「この戦い。俺が止めさせてもらう」
場は俺に注目した。
全身黒装束。黒いマントが風にはためく。
アレックスとハーマンは異口同音。
「「 ライト! 」」
ゴルドンは汗を垂らした。
「ラ、ライト……」
証人は、ここにいる兵士たちが全員だ。
1万と3万で4万人が証人になってくれる。
おまえの悪業を証明してくれる生き証人だよ。
「舞台は整った……」
さぁ、ゴルドン。ショーの始まりだぞ。
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