第86話 ライトの尾行対策

〜〜ライト視点〜〜


 ヒダリオがチェスラの跡をつけている。

 そんなことは彼女のブレスレットに仕込んである 追跡飛行眼球トラッキングアイでお見通しなんだ。


 さて、そうなると、彼女がシスターペリーヌの教会に来るのは厄介だな。

 協力者の存在をヒダリオに知られるわけにはいかない。


 前回の追跡は、エルフシステムのエルフを使って馬車の接触事故を起こして妨害したんだ。

 毎回、エルフを使うわけにもいかないからな。

 チェスラが安心して教会に来れる方法を考えなければならない。

 

 俺はチェスラの部屋に忍び込んでいた。

 彼女はオセロン女王と会っているから、今はこの部屋には誰もいないんだ。


 ヒダリオがよこした追跡班は、流石に部屋の中には入ってこない。

 安全なのは自室の中というわけさ。


『ほぉ。まさか少女がおらん部屋に入るとはな。 其方そちにそんな趣味があったとはの。意外じゃったわい』


「あほ。そんな趣味はない」


 そんなことより、


「転移魔法陣はどれくらいの大きさまで描けるんだ?」


『魔神語の形成が必要じゃからの。最小でも直径1メートルじゃろうか』


 転移魔法陣。

 どれだけ離れていても、2つの魔法陣を瞬間移動させてしまう優れ技。

 魔神デストラはその転移魔法陣が使えるんだ。


 チェスラの部屋を使わない手はない。

 

 ここと、教会。それぞれに転移魔法陣で繋げればいつでもチェスラは教会に行くことができるんだ。


 突然。コンコン、と扉がノックされる。


 ヤバイ。隠れなくちゃ。


「失礼いたします」


 部屋に入って来たのはチェスラの侍女。

 箒とゴミ箱を持参している。


 姫君の部屋とはいえ、掃除をする人間は入るんだよな。


 俺は咄嗟に大きな箪笥の中に隠れた。

 中は姫君の衣服で一杯だ。


 鼻腔の中に香水の匂いが広がる。

 チェスラの匂いだろうか。そう思うとなんとも複雑だな。

 別に悪いことをしにきたわけではないのだがな。一抹の罪悪感が頭を過ぎる。

 あとは木の匂いもすごい。箪笥の中ってのは独特の空間だよ。


 フレンチドアの大きな箪笥。

 大人なら5人くらいは入りそうだぞ。


 扉の隙間から外の状況を伺う。

 掃除人がこの箪笥を開ける様子はない。


「そうか。ここでいいんだ」

 

『なに? こんな場所に転移魔法陣を描くのかえ?』


「まぁ、侍女が帰ってから──って」


 まずいな。 

 ベッドの上に置いてあったガウンを侍女が持ってるぞ。あれはどこに収納するんだ? そういえば、この箪笥……。寝巻き用のガウンとか、上に羽織るマント類ばかり。つまり、ドレスルームはべっこにあるのか。そうなると、あのガウンの収納先はここか!?


「ヤバイ。あのガウンはここに収納するんだ! もしくは新しいガウンをここに収納する工程があるかもしれない。開けたら鉢合わせになる。今すぐに転移魔法陣を描いてくれ!」


『うーーむ。このスペースじゃとギリギリじゃなぁ』


 おいおい……。


「できないならいいんだ。魔神でもできないことはあるよな。他を探すしかないか」


『だ、誰ができぬといった! わらわに不可能などない!』


 よし。

 最近、扱いに慣れてきたな。


 俺の右手は淡い光を発した。

 それは箪笥の底に魔法陣を描き出す。


 よしいいぞ。順調順調。


「あれ? なんか音がする……。箪笥かしら?」


 ヤベ。

 掃除人が気づいたか。


「まさか……。ネズミとか? そんなわけないわよね?」


 箪笥の中に人がいるなんてことがあったら、彼女はトラウマになるだろうな。

 大声で叫ばれるのは明白だ。女の悲鳴ほど強烈なもんはない。


「デストラ!」


『わかっておる。小さい魔法陣は描きにくいのじゃよ』


 掃除人は小首を傾げた。


「こ、声!? ひぇええ……。だ、だ、誰か……。い、いるのですか?」


 こっちに近づいてくるな。


「だ、だ、誰もいません……よね?」

 

 いかん!

 扉の取っ手に手をかけたぞ。


「デストラ! いそげ!」


『あとちょい……』


 叫ばれたら厄介だ。かといって、眠らせるのは避けたい。彼女が眠ればその噂が広まるかもしれないんだ……。

 最悪は、口を押さえて 睡眠魔法スリープの魔法をかける準備をしておこう。

 それでも、鉢合わせは勘弁して欲しい。他人に叫ばれるのって意外と嫌なもんだからな。城内に妙な噂が立つのも良くない。この部屋のことがヒダリオにバレたら転移魔法陣の計画は失敗だ。

 とはいえ、ダメか。もう間に合いそうにない。


ギィ〜〜〜〜〜〜〜。


 扉が開かれた。

 

 しかし、中にあるのはチェスラのドレスが並ぶだけ。

 俺は目玉になってフヨフヨと浮いていた。


「ほっ……。なんだ……。気のせいか」


 侍女は安心して扉を閉めた。


 ふぅ。間に合った。

 転移は成功。

 俺の体はペリーヌの教会へ移動していた。

 そこは教会の物置部屋。薄暗く、人目につかない好都合な場所だ。


 魔法陣は発動しなければ透明な文字だからな。

 侍女の目には見えなかったろう。 

 箪笥の中にあるのは 追跡飛行眼球トラッキングアイだ。

 この小さな目玉と底に描かれた魔法陣には気が付かなかったらしい。


「デストラ。助かったよ」


『ぬふふ。どんなもんじゃ』


「流石は魔神だな」


『えへへ。もっと褒めてもよいのじゃぞ』


「そういえば、俺とおまえは一心同体だからさ。おまえの功績は俺の功績でもあったよな? だから、俺の実力という可能性も……」


『んもう! ライトの意地悪ぅ!』


 こうして、チェスラは簡単に教会に行くことができるようになった。

 俺も城内に潜入するのが簡単になったな。かなり快適だ。


 これでチェスラが隠れて外出することはなくなったぞ。

 ヒダリオの追跡班に跡をつけ回されることもないだろう。


 案の定、追跡班は顔を見合わせていた。


「最近、チェスラ様は外出されないな。なぜだろう?」

「我々に気がついたのだろうか?」

「報告書にはなんて書こうか?」

「ゴルドン様に『ちゃんと跡をつけているのか!』ってドヤされそうだな」

「24時間。ずっと見張っているんだがな……」

「いや、尾行が下手だからって怒られるかも……」

「絶対に怒られそうだな」

「うん。絶対に怒鳴られる」

「姫様、外出してよぉ〜〜」


 ふふふ。ご愁傷様。

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