第84話 姫の成長

〜〜ライト視点〜〜


 俺は馬を走らせていた。

 その後ろにはチェスラ姫を乗せて。

 

 俺はエルフの少女ミギエに変装している。

 チェスラは「ああ、お姉様」と言いながら俺の背中に頬を擦り付けていた。


 しばらく走るとシスターペリーヌが経営する教会に到着する。

 俺たちが教会に入るやいなや、シスターとハツミは片膝をついた。


「チェスラ姫。お久しぶりでございます」

「ようこそおいでくださったっす。美味しいアプールパイが焼けてるっす」


「そ、そんなに畏まらないでくださいですってば。ペリーヌさんとハツミさん!」


「でも……。もうお姿は姫君の格好ですから」


「ここに来たら私は村娘のチェスエラですってば!」


「あなたはチェスラ姫です。度重なる無礼をお許しください」


「あーーん。もう! そういうのは本当にいらないですってば! 今までどおりの関係でお願いしますってば。さぁ、立ってくださいまし」


 彼女は2人を立たせるやいなや、両手を広げて抱きついた。


「お2人とも! ありがとうございますってば!! 心配してくれて、とってもとっても、嬉しいですってば!!」


 チェスラはまた泣いた。

 よっぽど嬉しいんだろうな。

 ここに連れて来て良かったよ。

 

 みんなは、孤児院の食堂でハツミの焼いたパイを食べることにした。


 チェスラは美味しいパイを口に入れるとまた泣いた。


「また……。こうやってパイが食べられるとは思わなかったです……。ううう……」


「みんな心配してたっす。姫様は大丈夫かなって」


「隠していてごめんなさい……」


「気にしないでいいっすよ。姫様がお忍びでしか動けない事情はあったっすからね。あーしたちは友達っす。にへへ」


「ハツミさん……。うう……」


「泣かないでくださいっす。あーしはパイを焼くくらいしかできないっすけど、いつでも力になるっすよ」


「ううううう……。ハツミさんのパイは暖かくて美味しいです……」


 パイを食べ終わると、その顔は一国の姫君のものと変わっていた。


「みなさんに、現状をお話します」


 凛々しく、勇ましい表情。これが彼女の本当の姿なのだろう。


「国王が急病で死んだという情報は嘘です。国王は毒殺されました」


 うん。

 この情報は知っている。

 エルフシステムを使えば、お喋りなボビーからいくらでも城内の情報は聞き出せるからな。


「犯人は鑑定士のジョン・パックマン。その動機はよくわかりません」


 おそらく利用されたんだろう。

 ジョン・パックマン自身は被害者だな。


「彼は罪を償うために首を斬られました」


 シスターペリーヌは「ああ……」と悲しみの声をあげて祈った。


「私は……。ジョン・パックマンが犯人だとは思っていません」


 ほぉ。


「犯人の目星はついているのか?」


「確証はありません……。私の勘です……。だから、こんなことを言っていいのかわらないけれど……。犯人は……。おそらくヒダリオ・アッシュ」


「なぜそう思う?」


「国王が死んで得をするのは彼です。伯爵の息子が国王になれる可能性がある……。城内では彼の人望は厚いので、誰も彼を疑ったりはしませんが……」


 いや。

 いい線いってる。

 間違いなく犯人はヒダリオだろう。

 ジョン・パックマンを犯人に仕立て上げている時点で全てが繋がる。

 ジョン・パックマンはギルドを襲撃した事件で周囲から疎まれていた。

 ジャスティが団長をする自警団が崩壊した今、ジョン・パックマンを擁護する存在はいない。

 ジョン・パックマンから騎士団長ゴルドンに繋がると厄介だからな。

 口封じのために殺害したんだろう。


 全て繋がる。


 国王の毒殺事件は奴が絵を描いたんだ。


 ……念のため、確認だけはしておこうか。


「チェスラはヒダリオと結婚する意思はないの?」


「あ、あるわけありません! 想像とはいえ、父を殺してるかもしれない人物となんて、絶対に嫌ですってば!」


 だよなーー。

 じゃあ、


「戦うことになるけど、大丈夫?」


「………………………………………」


 彼女は紅茶をゴクゴクと飲んでから、プハァーー! っと息を吐く。


「戦います! 私! 戦いますってば!!」


 凛々しいな。

 泣き虫のチェスエラはどこに行ったのか?


あーしも協力するっす!」

「私も……。シスターの身でどこまでできるかわかりませんが、できる限りのことはするつもりです」


 もちろん俺だってな。


「私も協力するよ」


「あは! みなさん、ありがとうございます!! このご恩は一生忘れません!!」


 チェスラは勇ましい目線を俺に送る。


「私は……。父親の仇を討ちたい……。国王を殺した本当の犯人を許すことができません」


 そうなると彼女はヒダリオを探ることになるな。


「ヒダリオの洞察力は桁外れだ。怪しい動きをすればすぐにでもバレてしまう。慎重に行動するんだよ」


「はい……。やってみせます」


 じゃあ、これをプレゼントしてやるか。


 俺は懐から白いブレスレットを取り出した。


 ジャイアントキラーリザードの骨で作ったブレスレット。


 そこに特別な魔法を何重も重ね掛けしてやった。

 加えて、ブレスレットの玉の部分には 追跡飛行眼球トラッキングアイが仕込まれている。

 よって、彼女の手首を通して城内を監視することが可能だ。

 

「チェスラ……。これをお守りとして身につけてほしい」


「まぁ、素敵なブレスレットです」


「私が作ったんだ。特別な魔法が付与してあるからね。ファイヤーボールくらいなら弾き飛ばすよ」


「あは! ありがとうございますお姉様!!」


 嬉しそうに手首にはめるチェスラ。

 それを見ていたハツミとペリーヌは、物欲しそうに見つめていた。


「ミギエちゃん自作のブレスレット……。いいなぁ。可愛いっす」


 目線は俺に向いた。


「なに?」


「いいなぁって……」


じぃーーーーーーーーー。


「わかったよ。今度作ってやるから」


「わは! 訴えかけるもんっすね!」


 やれやれ。

 まぁ、ハツミには美味しいパイをたくさんご馳走になっているからな。

 そのお礼は必要だろう。


じぃーーーーーーーーー。


「え?」


「あ、いえ……その……」


 シスターペリーヌ。おまえもか。


「わかったよ。2人分作るから。楽しみに待ってて」


「す、すいません! なんだか催促したみたいです! そういうつもりではなかったのですが、素敵なブレスレットだなって。ほ、本当にそういう意味じゃなかったんです!!」


 はいはい。

 女の子というのはお洒落が好きだからな。

 修道女でもそういう気持ちは捨てきれないんだろう。

 俺の作るブレスレットは派手じゃないから、身につけるには丁度いいんだろうな。


 突然、俺の右手が耳を塞ぐ。


わらわも欲しいのじゃ』


 はいはい。

 3つね。


 こうして、チェスラは俺の作ったブレスレットを身につけて王城に戻ることになった。

 

 これなら、俺がわざわざ潜入しなくても彼女の状況がわかるよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る