第81話 ボビーといじめっ子

 ヒダリオの疑いは、なんとかやり過ごした。

 これでチェスラの婚約者がわかったからな。

 俺の潜入は終わりだよ。

 じゃあ、地下の倉庫で眠っている本物と交代かな。


 などと思っていると、大剣を背負った騎士がやって来た。

 この髭面。筋肉質の体……。


 やれやれ。

 何度見ても腹の立つ容姿だ。


 天光の牙のリーダー。ゴルドン・ボージャック。


「む? ボビーじゃないか。おまえがここにいるのはなぜだ?」


 ゴルドンは騎士団長だからな。

 兵士の名前は全て覚えているらしい。


 さて、俺がここにいる理由ね。

 まぁ、適当に言っておこうかな。

 ボビーの同僚を使わせてもらおう。


「バムカとビョッポ、スモールーに頼まれたですど」


「なに? あの3人に?」


 そういえば、台所のおばちゃんに貰ったアイテムがあった。

 これを使わてもらおうか。


「バムカには間食用の食材を取ってくるように言われたど」


 そう言って、干し芋を見せる。


「なに? バムカはどうしているんだ?」


 気絶中です。


「外で寝ていますど」


「なんだとぉ? 他の2人は?」


「スモールーもビョッポも一緒に寝ていますど」


「じゃあ、おまえに仕事を押し付けてさぼっているのか!?」


「うう。おでは、これ以上は言えないど……。ただ、あいつらのいうことを聞かないと殴られるんだど」


「ったく。どうしようもない奴らだ」


 よしよし。

 ゴルドンは3人を探しに行ったな。


 情報の収穫は十分にあった。


 ゴルドンよ。

 今は見逃してやる。必ず、ケジメはつけるからな。



〜〜三人称視点〜〜


 城外では3人の兵士が気を失っていた。


 そばかすのバムカが目を覚ます。

 鼻の中には豆が入っているので、片方の穴を塞いで、フン! っといきんで出した。


「うう。ボビーの野郎。許さねぇ!」


 彼は気絶している2人を怒鳴りつけた。


「おい、ビョッポ! スモールー! いい加減に目を覚ませ!!」


 2人は赤く腫れ上がった額を擦りながら目を覚ます。


「痛ててててて……。どうして俺たちは寝てるんだっけか?」


「たしか、ボビーを追いかけて……」


「そうだ! 頭をぶつけたんだ!! あの野郎。いつの間にあんなに早く動けたんだぁ?」


 と、そこに地下倉庫の階段からボビーが上がって来る。


「あ、バムカとビョッポとスモールー。もしかして、おでに用事かい?」


「「「 ボビー! 」」」

 

「あははは……。なんか、おではうっかり寝てたみたいなんだど。酒が残ってたのかもしれないど。急いで勤務配置につくだど」


「「「 ふざけんなぁあ!! 」」」


 そう言って、3人はボビーを殴った。


「でぇええええええええ! い、痛いどぉおお!! なんでぇええええ!?」


「ぎゃははは! やっぱ弱ぇええじゃん!」


 3人はゲシゲシとボビーを蹴る。

 バムカは寝ている彼の襟首を掴んで持ち上げた。


「へへへぇ……。さっきのお返しだよ。バムカ様のパンチを喰らえぇええええ!! おりゃあああ──」


 と彼が拳を振り上げた時である。


パシッ!


 と、その拳を掴む者がいる。


 3人が振り向くと、そこには騎士団長がいた。


「「「 げっ! ゴルドン様!? 」」」


「おまえら……。同僚を顎で使ったあげく、暴力まで振るっていたのか」


「ち、違うんです! こいつが生意気だったんで教育していたんですよ!」


「ふざけるな! おまえらは減給だ!」


「「「 ええええええええ!? なんでぇええええ!? 」」」


「自分の胸に聞いてみろ」


 まぁ、聞いてみたところで3人に心当たりなどあるはずもなく。

 虐めていた現場を目撃されたこともあって、彼らの悪業は決定付けられた。


 ゴルドンはボビーを見て小首を傾げる。


「はて? おまえは城内にいたはずだが?」


 ボビーにすれば、倉庫で眠っていたことなど言えるはずもなく、


「な、なんのことだど? お、おではこれから勤務配置に戻るところでしたど」


 などといいわけをする。


「まぁいいか……。3人には減給の他にもキツイ罰を与えてやらねばならんな。警備業務にプラスしてトイレ掃除もさせてやろうか」


 ボビーにすれば幸運なことであった。

 今後、彼らの虐めはなくなることだろう。


 そうして、ボビーが城外の勤務配置についた時のことだ。


「おい」


 男の声にボビーは振り向いた。


「ああ、ヒダリオ様だど。どうされましたかど?」


「……………隙だらけだな」


「はい?」


 突然、ヒダリオはボビーを斬った。


「ぎゃああああああ!!」


「やっぱり別人だ」

(あの時……。ボビーを斬った時、妙な手応えがあった。おそらく 物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョン……)


 横たわるボビー。

 その体からはダラダラと赤い血が流れ出る。


『ヒ、ヒダリオさん! 酷いでありんす!!』


「うるさいな。わかってるよ。治してやってくれ」


『すぐ治してあげるでありんす!』


(城にいたのはボビーじゃない……。奴だ……。ライト・バンジャンス。城内を探りに来ていたのか……。見抜けなかった……)


 ヒダリオは奥歯を噛んだ。


(まさか、わざと斬られるとはな……。命をかけて僕の疑いを晴らしたのか……。なんて奴だ……。警戒すべきは魔神の力よりも奴の覚悟かもしれない……)


 ヒダリオは拳を握って震えた。

 湧き上がる怒りが抑えきれないのだ。それはライトに向けられた怒りなのだろうか。それとも、彼の偽装を見抜けなかった自分の不甲斐なさに対してなのかもしれない。

 


 しばらくすると、ボビーは目を覚ました。


「あれ? おで……。ヒダリオ様に斬られたと思ったんだけど?」


 彼の傷は妹女神のサハンドリィーネが完全に治している。

 傷口はおろか、血の一滴すらも出ていない。

 キョロキョロと辺りを見渡しても、そこにいるのは自分だけ。


「ははは……。まだ、昨日の酒が残っているだど」


 と、呑気に頭を掻くのだった。



 同じ時期。

 公爵の領土では大きな話が動いていた。


 ベテラン兵士ハーマンと犬人戦士トサホークの前にいるのは、公爵の息子アレックスである。彼らはトサホークの妹、トサコも踏まえてテーブルを囲んで座っていた。

 アレックスは紅茶を一口飲んでから、話の内容を咀嚼する。


「──なるほど。じゃあ、やはり、あのライトとかいう青年は、天光の牙に利用されただけなのだな?」


「そうじゃあ。牙のメンバーであるわしが証人ぜよ」


「しかし、あなたにメリットがあるのですか、トサホーク獄長? こんなことが公に発表されれば、あなたは 血の禁止魔技ブラッディアーツを使った罪により投獄される。今の地位は奪われ、英雄から犯罪者になるんですよ?」


「ライトは……。わしの掛け替えのない 友達だちなんじゃあ。わしは……そんな 友達だちを裏切った。卑怯もんじゃ。 友達だちを見殺してにして、のうのうと生きちょる。もう、そんな人生はまっぴらごめんなんじゃあ」


 彼の横に座っているのはトサコである。

 彼女は大きな瞳を潤ませた。


「お兄ちゃんはうちを助けたかっただけっちゃね。悪いんはうちなんです!」


「…………でも、あなたは病気だった。トサホークは手術の費用が欲しくて牙のいうことをきいたんだ」


うちが、あんな体やったき、お兄ちゃんはライトさんを裏切ってしまっちゃったね。全部、うちが悪いっちゃよ。ほんじゃあき、お兄ちゃんばかりを責めるんはやめて欲しいっちゃね。うちも同罪じゃ」


「……美しい兄妹愛だ」


 突然、アレックスは立ち上がってブルブルと体を震わせた。


「「「 ? 」」」


 ハーマンをはじめ、3人は意味がわからない。 

 アレックスは急に背を向けてブルブルと震えているのだ。


(ええ子やん。めっちゃ泣けるやん。愛やん。まごうことなき兄妹愛やん。こんなん、良すぎるやん……。素敵やん。めっちゃええやん)


 と、滝のように涙を流す。

 もちろん、嗚咽を堪えてなのは言うまでもないだろう。

 アレックスは「汗が……」などと言いながら、ハンカチで涙を拭いた。

 3人の前に座り直した時には平静を装っていた。


「いいでしょう。協力しましょう」


 彼は、白魔法使いシビレーヌの件でライトの行動には懐疑的であった。

 しかし、それが今、解消されたのである。犬人族の兄妹愛が彼の心を変えたのだ。


 ハーマンは目を細める。


「これだけの話……。通すにはそれなりの兵力が必要です。場合によっては公爵領が危ない」


「兵団を結成する。そうだな……。アレックス兵団と名付けようか」


 彼は父親から公爵の実権を譲り受けていた。よって、公爵領の兵士を集めて兵団を結成することは容易だったのだ。


「し、しかし、相手は9万の兵力を持つロントメルダです。生半可な兵力では太刀打ちができませんよ」


「1万人の兵団を結成してみせよう」


「おおおお!」


「この事実が明るみになれば近隣諸国の貴族に協力を頼み、さらに兵団を拡張することが可能です。そうなれば9万の兵士など恐るるに足りない」


 王都が最も恐れていること──。

 いや『ヒダリオが恐れていること』と言い換えた方が正確だろうか。

 それは諸外国の同盟だった。

 周囲が敵になれば王都は孤立する。貿易は絶たれ、食糧は枯渇し、民は困窮する。

 果ては王都の滅亡である。

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