第80話 ボビーとヒダリオ
さて、厄介なことになったぞ。
チェスラの婚約者ヒダリオを調べに来たんだけどさ。
今、本人が目の前にいてね。なんだか怪しまれているよ。
ヒダリオ・アッシュ。
こいつは天光の牙のメンバーだけどさ。こうやってマジマジと会話をするのは初めてかもしれないな。
「ボビー・ダメンズ。君に興味が湧いてきた」
そう言って懐から何かを取り出して、俺に向かって放り投げた。
「おっと、手が滑った」
わざとらしい。
明らかな演技だ。
投げたのは小さな物体。
クルクルと回転しているが、円形の……金貨だな。
すぐに掴み取るのは簡単だが、それだと運動神経が疑われてしまう。
避けるのも悪手。ここは少し様子を見てからとするか。
俺はボビーだからな。ボビーらしく振る舞う。
あ、そうそう、
お腹の分は映像だから金貨が当たるとボヤけてバレてしまう。だから、服を風魔法で膨らまして本当のお腹のようパンパンにしているよ。
これなら金貨が触れてもバレることはないだろう。
ポン……。
金貨は俺の腹に当たって床に落ちた。
「あれ? 金貨だど!? どうしてお金を投げたんだど?」
「……なぜ、掴まなかったんだ?」
「だって、急にそんなことされてもわからなかったど」
「わからない?」
「そうだど。急に金貨なんか投げられてもわからないですど」
「…………おかしいな。君は振り返るわずかな瞬間に完璧な防御姿勢を取れる実力者だ。しかし、今度はわからない物体に対して鈍感すぎる」
おいおい。鋭いな。
「金貨を投げる瞬間、君の瞳を見つめていた。あの瞳孔の動き方。おそらく、宙に浮いている間に物体の認識は完了していたのだろう。つまり、飛来している物体が、危険物ではないことが既にわかっていたことになる」
「ははは……。買い被りすぎですど」
「僕が投げたのは金貨……。だから、避けなかった。体に当たっても安全な物だからだ」
「偶然だど」
「そうかな? 妙な不一致だよ。俄然、君に興味が湧いてきた」
「ははは……。
まいったな。
睨むようにこっちを見てる……。
「さっき、チェスラ姫があっちに行ったど。多分、庭園に行ってると思いますど」
「ああ、だから、僕もここを通ったんだけどね。それより君だよ。ボビー・ダメンズ」
「気にかけてくれることは光栄なんだど。だけど
「そっか、そうだね。引き留めてしまって悪かったね」
「いえいえ。それでは失礼しますど」
その瞬間である。
ヒダリオは腰にさしてあった剣を抜き俺の体を斬ろうとした。
下から上にかけての斜め一閃。
抜刀からの一切無駄のない動作。
早いな。
だが、避けれない攻撃ではない。
心の中にデストラが語りかけてくる。
『むむ! ライトよ、避けぬと致命傷じゃ!』
『だな。絶対に避けないとヤバいよ』
『なら、なぜ動かぬ!?』
いや、動かないんじゃない、動けないのが正解なんだ。
『あわわわ! 剣撃が当たってしまうのじゃああああ!!』
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
んぐ!
上半身を斜めにばっさり。
俺の血が宙に舞う。
痛い!
こんなに痛いのは3年ぶりか。
『ライトォオオオオオオオオオオッ!!』
『落ち着け』
『バカモン!
『わかっている。だけど、今は堪え時なんだ』
『超自己再生能力を意図的に止めておるのか? なぜじゃ!? ならば
『おいおい。それをしたら台無しだってば。今は我慢してくれ』
『ライトのバカぁあああああ!』
俺は血を流しながら倒れていた。
ゲボッっと吐血する。
「……避けなかったな。やはり買い被りすぎたか」
『ヒダリオさん! 大変でありんす!!』
「まぁ、落ち着けって」
なんだ? 妙な声がするぞ。
どこから声が出ているんだ?
『
左手だ……。
左手が喋っている。
まさか、こいつも俺と同じ力があるのか?
「……このままじゃ出血多量で死んじゃうね。おかしいな? 彼のレベルなら避けるか防御するかできたと思ったんだけどな」
『そんなことより、早く治療するでありんす!』
「やれやれ。まぁ、いっか」
『良かった。お許しが出たでありんす。すぐに治してあげるから安心するでありんすよ』
俺は温かい光に包まれた。
すると、斬られた傷は消えて、床に散らばった血液さえも元に戻る。
凄まじい威力の回復魔法だな。まさか、流血さえも戻すなんて……。
この光は殺菌能力があるんだろう。だから、床の血を体に戻しても問題はないんだ……。
「あ、あれ?
「ははは。君は急に倒れたんだよ」
「ああ、そうだったかど。うっかりしちゃったど。昨日飲みすぎてちょっと二日酔いだったど」
「ふふふ。じゃあね。僕は行くよ。なんか疑って悪かったね」
「いえいえ。お話できて光栄だったど」
ヒダリオはチェスラを追って去って行った。
やれやれ。
こんな奴がチェスラの婚約者か。
そりゃ、恐怖を感じるよな。
それにこいつの実力……。
こんな奴が王位につくのはまずい。
『おいライト! まさか、あ奴を騙すために死んだ振りをしたのかえ!?』
「まぁな」
『なんという大胆な! 魔神の
「正体がバレれば戦わざるを得ない。負ける要素はないが、本当の勝利は、天光の牙の悪業を世間に知らしめてからなのさ」
『うーーむ。流石はライトなのじゃ。あっぱれ! しかしそうなると、ライトと
「それにしても不思議な左手だったな。あいつも魔神か?」
『いや、あの力は
「へぇ」
『ライトは闇の力。ヒダリオは光の力じゃな。あの左手は女神じゃよ』
「それはすごいな。まさか女神の力を左手に宿すとは……」
左手……。
「そういえば占い師ベリベーラに復讐をした時、白銀の鎧剣士と戦ったな。あいつの左手を奪ったのは俺だった」
『顔は見えなかったが牙のメンバーじゃろうな』
「あの太刀筋は今も覚えている……。さっき喰らった斬撃と同じだよ。つまり、あの白銀剣士はヒダリオだったんだ」
それに、鑑定士ジョン・パックマンの斬撃にも酷似している。
おそらく、
「ジョン・パックマンに憑依していたのもあいつだろう」
『むむぅ。まさか正体を隠して暗躍しておったとは……。しかしそうなると、ライトを斬り込んだのは、あ奴の大きなミスじゃったな。ククク。ライトの洞察力を侮りよって。ライトは魔神をも支配するとんでもない男なのじゃ。敵に回したのが運の尽きよ! ホホホ!』
「そんなことより、あいつの左手だよ。あの力は初めて見る」
『失った左手に女神を宿したのじゃろう』
たしかにな。
傷ついてパワーアップか。
俺と似たような境遇。俺も右手を斬られて魔神を宿した……。
「敵も強くなっているということだな」
『むふぅ。相手にとって不足はないわい。
加えて、奴の実力だ。
あの洞察力……。
牙の中でもトップクラス……。いや、間違いなくトップだ。
リーダーのゴルドンでもあそこまでの力はないだろう。
ヒダリオは実力を隠していた。
「奴は陰のリーダーだ。ゴルドンを支配下において牙を操っている」
『ほぉ。そこまで察したか』
「ヒダリオは、天光の牙の前身である翡翠の鷹にもいた。鷹のリーダーもゴルドンだったがな。組織の躍進にはヒダリオが絡んでいるんだ」
おかしいと思っていたんだ。
『ふむ。たしかにの。奴は今まで戦ってきた牙のメンバーでは一番の実力じゃわい』
「
『ふぅむ……。策士じゃの』
「翡翠の鷹はB級冒険者パーティーだった。A級パーティーである天光の牙に昇進したのは、
そうなると、
「ゴルドンとヒダリオが手を組んで組織躍進の絵を描いた」
つまり、
「ヒダリオが、俺の父さんと母さんを殺したんだ」
終着駅はゴルドンだと思っていがな。
どうやら最後にするのはヒダリオのようだ。
絶対に許さない………………。
絶 対 に な !
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