第76話 それぞれの暗躍

〜〜三人称視点〜〜


 これは自警団の団長、聖騎士ジャスティの死亡が確認されてからのお話。


 騎士団長ゴルドンの部屋に1人の兵士が尋ねて来た。


「教えてください。ライトが言っていたことは真実なのでしょうか?」


 ジャスティの部下たちは真実を知ってしまったのだ。

 天光の牙が 血の禁止魔技ブラッディアーツを使い、魔神討伐を実施したこと。

 そして、魔神デストラが今も生きているということ。


 ライトからは、ゴルドンに知られないように、と念を押されたものの。

 どうしても確認せずにはいられない者がいた。


「私はあなたを信じております!」


 兵士の言葉にゴルドンを眉間に皺を寄せた。


「……実は困っている」


「どういう意味でしょうか?」


「王都の平穏を脅かす不届者の存在にな」


「つ、つまり、ライトの話はデマだということですか?」


「もちろんだ。天光の牙は英雄であり、今もなお、王都のために尽力している」


「よ、良かった! そうですよね! つまり、ライトは反逆者ですね!」


「うむ。当然だろう」


「下の階に仲間を集めています。私は代表でここに来たのです。ゴルドン様から全員に説明していただけないでしょうか?」


「同志がいるのだな。何人くらいだね?」


「33人です」


「よし。では私が説明してやろう。一緒に下に降りようか」


「はい! ありがとうございます。うわぁ、やはり相談して良かったな」


 兵士とゴルドンは1階に降りた。

 彼の同志は広めの待合室にいるという。

 兵士は扉を開けた。


「ここです! みんなが待っていま──!?」


 彼は青ざめる。

 生臭い臭いが鼻腔をつくのと同時。その部屋は真っ赤な血で埋め尽くされていたのだ。


「え……!?」


 それは同志たちの死体。

 天光の牙に疑問を持ってゴルドンを尋ねて来た33人の者たちである。


 部屋の隅ではヒダリオが立っていた。手に持った剣にはビッシリと血が付いている。


「こ、これは!? ど、どいうことですか!?」


 彼が振り向いた時は遅かった。

 ゴルドンは大剣を振り上げていたのだ。


ブゥウウウウウウンッ!


ズバッ!


 それは悲鳴を上げるより早かった。兵士の体は大剣によって真っ二つに切断されてしまう。

 ヒダリオは笑った。


「この者らは王都の平和を危険に晒す反逆者たちだ。君の命を狙っていたんだよ。騎士団長ゴルドン」


「ええ、本当にそのとおりですな。反逆者を始末していただいてありがとうございます」


 ヒダリオの左手からシクシクと啜り泣く声がする。


「黙れよ。大勢を救うために、少しくらいの犠牲はつきものなのさ」


『た、耐えられないでありんす……ううう』


「だったら、僕に完全に吸収されて消滅するか? 君がいなくても僕は人を殺めるんだぞ。それが王都の平和に繋がるんだからね」


『うううう。酷いでありんす』

 

「でも、君がいれば、この前の巨人討伐の時みたいにさ。助かる命はあるんだ。どっちが人を救えるんだよ?」


『ううううう』


 ヒダリオは体に付いている血を拭いた。といってもわずかなものである。

 ほんの数的の血飛沫を体に浴びたくらいなのだ。


「ゴルドン。後の処理は任せた」


 彼が廊下に出ると、チェスラ姫と出会う。

 彼女は数人の兵士を連れていた。


「ヒ、ヒダリオ様……」


「おお、これはチェスラ姫。どうしたのです? 血相を変えて?」


「大きな悲鳴を聞いた者がいます。何事でしょうか?」


「……賊が侵入しただけです。ゴルドンが対処しましたので問題はありませんよ」


「ぞ、賊……?」


「ええ。王都の平和を脅かす反逆者です」


 彼女は気になった。

 白銀の服装をしているヒダリオの肩に赤い染みが付いていたのだ。


「ヒ、ヒダリオ様。か、肩に……」


「ああ、埃ですよ。気になさらずに」


 チェスラは青ざめる。

 だってそうだろう。それは明らかに血なのだから。

 汚れはそこだけである。しかし33人を殺した血の臭いは消えなかった。

 彼女はその違和感を察する。


(この臭いは……なんだってば? ああ、やはりこの人が怖い……)


 そこにゴルドンがやって来た。


「ヒダリオ様。お話が」


「うん。では、チェスラ姫。失礼します」


 彼女はブルブルと震えていた。

 ヒダリオは自分の婚約者。なんとか腹を割って会話がしたかったが、とてもできそうにない。やはり、この男にはなにかある、得体の知れない恐怖が彼女の心を包み込んでいた。



ーーゴルドンの部屋ーー


「ジャスティの部下が動いています。領内ならばなんとかなりますが、領外は厄介です」


「検問の設置は、場所が限られるからね」


「領外に噂が広まるのは困りますね」


「まぁ、そこは大丈夫さ」


「なにか策を打たれたのですか?」


「国界に侵入防止のトラップを張ったんだ」


「おお! 流石でございます!!」


「トラップが作動すれば従魔が動く」


「従魔ですか?」


「モンスターを殺して、無魂のアンデットにしているんだ。従順な部下だよ。なぁ、サハンドリィーネ?」


『ううう……。トラップは不必要な戦闘を避けるためという話でありんす』


「ああ、もちろんさ。怪我人や死人は最小限。だってそうだろ? 領民は貴重な財産なんだからさ』


『ううう。暴力反対でありんす』


「うん。平和が一番だよ。ククク」





 王都の自警団、第3支部長のハーマンは単独で行動をしていた。

 彼は、ライトから天光の牙がやっていた悪業を知らされる。

 その真意を確かめるために、シュバイン公爵領に向かっていたのだ。

 シュバイン公爵領とは、天光の牙のメンバー、白魔法使いシビレーヌの婚約者、アレックス・シュバインが住む領土である。


 ハーマンは茂み越しに検問所を見つめていた。


(やれやれ、まいったな。ゴルドンの手下だ……)


 しかし、その道中は簡単にはいかなくて……。


(大通りはダメだ……。王室が手配した検問所がある……)


 シュバイン領と王都領の間。

 そこには数人の兵士がいて、荷物や人物の出入管理をしているのだ。


(検問兵の数が多すぎる。おそらく検問所にもライトとアリンロッテを捕まえるように手配がされているはずだ。強行突破は無理だな)


 彼は検問を避けて深い森に入った。

 地図を見ながら、


「よし。ここからならシュバイン領に入れるはずだ」


 と、踏み込んだ途端。

 空は真っ赤に染まり、雷と共にモンスターが現れた。


「しまった! トラップか!?」


 それは体が腐食したトカゲの化け物。


「ゾンビリザードか!」


 体長は10メートル以上。

 そんなトカゲのモンスターが1匹。

 ハーマンに向かって突進して来た。


「は、早い!!」


 その威力は凄まじい。

 頭突きで木を折ってしまう。

 なんとかギリギリで躱したハーマンだったが、その威力に汗を垂らす。


「あ、あんな攻撃……。食らったら死ぬ」


 彼は剣を抜いて応戦した。

 敵の攻撃を躱し、チャンスを伺う。

 彼とトカゲとの戦力は圧倒的な差があった。

 しかし、ハーマンは長年の勘で対等に戦うことができたのだ。

 本来ならば、数十人で討伐にあたるであろうゾンビリザードの攻撃を、彼はたった1人でいなしているのである。

 そして、ついに、彼はゾンビリザードの前足を斬りつけることができた。

 しかし、その斬り込みは浅く、切断までにはいたらない。

 しかも、


「ダメだ! 斬っても繋がるのか!」


 腐食した肉は、生きているスライムのようにウニョウニョと動く。

 

「はぁ……はぁ……。こ、広範囲攻撃しかないのか……」


 腐食した体を一気に破壊する広範囲攻撃。

 そうなれば魔法になるのだが、彼は剣技専門の兵士だった。

 持って来ているのはわずかな食料と傷薬のポーションくらいである。


(逃げなければ殺られる……)


 そう思った時には遅かった。

 移動用とはいえ、装備品の鎧は重いのだ。

 外して走るにも時間がかかる。とはいえ、重い鎧を着たまま逃げるには体力が無さすぎるのである。


(早まった……。普段なら早めに逃げる算段をとっていたのだがな)


 ベテラン兵士の計算狂い。

 彼は王都のことが心配で仕方なかった。

 その気掛かりがミスを誘発したのである。

 ついには、トカゲの尻尾攻撃を受けて吹っ飛ばされてしまった。


「ヌアアアッ!!」


 10メートルは吹っ飛んだだろうか。


(肋を折られたな。いかん。もう動けない)


 ゾンビリザードは生肉を求めて突進する。

 

『ギュエェエエエエエ!!』


ドドドドドドドドドドド!


(ああ……。ゴルドンにバレないように行動していたがここまでか……)


 ベテラン兵士の嗅覚は真相に近づいていた。


(ここまでのトラップ。絶対になにかある……。王都が危険だ……)


 無情にもトカゲの足音が近づいて来る。


ドドドドドドドドドドド!


(もう動けない……。ライト・バンジャンス。すまんが力になってやれそうにない)

 

 彼は目を閉じた。

 通常ならば、自分の人生を振り返るような場面だろう。

 しかし、彼は王都の心配をし、ライトの身を案じた。


(彼は仲間に裏切られ、犯罪者の汚名まで着せられた。若いのに不遇な青年だ。力になってやりたかった…‥。女神ウーデルディーネよ。ライト・バンジャンスが進む道に光を照らしてやってくれ)


 ゾンビリザードは目前に迫っていた。

 一口のみで胃の中だろうか。大きな口が開くと、唾液が飛び散り異臭が鼻腔に広がった。


 その時である。




大口の大暴れ魔獣食タイダルパックンチョ!」




 その声と同時。

 地面に大きな口が現れたかと思うと、ゾンビリザードをバクッと食べてしまった。


「こげなトラップ。わしには効かんぜよ」


 どうやら魔獣召喚スキルらしい。

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