第69話 暗躍するライト

 王城のある寝室。

 その部屋のベッドには日陰のヒダリオが寝ていた。

 数時間は気を失っていただろうか。ミギトから受けた肘打ちで、腹部を強打。そのダメージで気絶してしまったのである。

 常人ならば内臓の破裂と骨の破損によって死に至る症状である。しかし、ゴルドンが回復術師を手配して、それを救ったのだ。

 また、彼が妹女神サハンドリィーネから奪った超自己再生能力も機能しているのだろう。

 彼は重症に陥ることなく、数時間で目を覚ました。

 しかし、体の傷は治っていても心のダメージは残っているようで──。


「バ、バカな……。僕が負けただと……。あ、あ、あり得ない……。僕は女神の力を吸収しているんだぞ? そ、その上でジョン・パックマンの身体能力は10倍になっていたんだ……。な、なのに……! ク、クソが!!」


 彼は頭を掻きむしった。


「あ、あり得ない! こんなことはあり得ないんだ!!」


 ミギトの力が理解できないのである。

 なぜなら、ミギトは本気を出していなかったから。

 それだけは、確実にわかる。

 肘打ちを喰らったわずかな瞬間。その時に初めて、ミギトは 加速アクセルの魔法を使った。

 ヒダリオは、その速さを捉えることができなかったのである。

 そんな思いが、彼の精神に多大なるダメージを残したのだ。


「ああああああああああああああああああああああッ!!」


 たった一撃で気絶してしまった。

 その現実が彼のプライドをとことんまでに傷つける。


 そうして、一つの結論にいたった。

 ミギトの正体に辿り着く。


「はぁ……はぁ……。奴は……ライトだ」


 ヒダリオがライトに負けたのは2度目である。

 1度目は占い師ベリベーラ戦での白銀剣士に扮している時。

 そして、今回のジョン・パックマンに 憑依ひょういしている時だ。

 彼が絶望しているのも無理はない。妹女神を取り込み、ジョン・パックマンの身体能力は10倍に増加され、感覚は研ぎ澄まされて、最高のコンディションだったのである。

 いくら、スキルや魔法が使えなかったとはいえ、この圧倒的な敗北には思うところがあった。


「なぜ、僕が負けるのだ?」


 今回は絶対に勝てる自信があったのだ。

 しかし、白銀剣士の時に感じた敗北感を再び味わっているのである。


「なぜだ!? どうして!? 僕は最強なのに!? ああああ!!」


 彼は再び頭を掻きむしり、何度も拳で膝を打ちつけた。

 その苦悶の嘆きは、室外の廊下にまで聞こえていた。



 ジョン・パックマンの身柄は王都の自警団が引き取ることになった。


 自警団の団長は天光の牙のメンバー、ジャスティである。

 ジョン・パックマンはゴルドンの差し金なので、まぁ要するに、彼にとっては引き取り先が安全圏であるのはいうまでもないだろう。


 ギルドメンバーの面々は、自警団が引き取ったことにより、ジョン・パックマンの調査をしてくれるものだろうと思い込んでいた。

 彼が暴れて理由。その目的。そして、その責任。

 しかし、ジョン・パックマンの罪が追及されることはない。酒を飲んで暴れただけ、などというとんでもない理由がギルド側に送りつけられるのは数日後の話だった。


 一連の結末に予想がついているのは、エルフの少年ミギト、ことライトのみである。


 ギルドの建物は大変な損壊だった。

 壁は破壊されまくり、その補修工事は1ヶ月もかかるという。


 今回の事件をきっかけに、ミギトの株は益々上がってしまった。

 彼はギルド内で頼りになる人気者になってしまったのだ。

 ギルド長である赤髪のマルシェなどは、なにかと「ミギトならどうする?」などと相談した。


 ミギトは、ギルドの補修工事と、ジョン・パックマンが担当していた会計担当の穴埋めをそれぞれ解決していった。

 後任の会計担当にはミギトの推薦でエルフの少女を使うこととなる。

 彼女は優秀な人材だった。計算が早く、聡明で思慮深い。言わずもがな、エルフシステム120人の内の1人である。

 

 彼女はエルフ特有の美しさを持っていた。絶世の美少女なのはいうまでもない。

 特筆すべきは、パールのような真っ白な肌で、仲間内でも美白肌とまで賞賛されていた。

 元々、美白傾向の強いエルフたちが、こぞって彼女の肌を賞賛するのだから、よほどのことなのだろう。

 彼女の名前はホワイティア。美白肌エルフのホワイティアである。


『ライト様。ホワイティアでございます。表に王城の兵士が数人。ギルドの様子をうかがっております』


『やれやれ。大方、ミギトのことを探りに来たんだろう。ここ数日ずっとだな』


 ミギトが外に出ると、王城の兵士に跡をつけられることが多くなった。

 もちろん、彼はそれに勘付いているので、簡単に撒いてしまうので問題ない。よって、正体を知られることは絶対にないのだが、なにぶん、コソコソと跡をつけらるのはいい気分ではないもんだ。

 兵士たちはミギトの正体を探ろうと必死である。

 しかし、一向にその正体が掴めず、寝泊まりしている場所さえも特定できないでいた。


(外に出る時はミギエの方が便利だな)


 と、いうことで、デストラとのデートの続きはミギエですることになってしまう。


「んもう! なんでこうなるのじゃ!!」


「まぁまぁ、ミギエはミギトの妹。デストラの姉という設定でいこうよ」


「いやだから、どうしてわらわが妹になるのじゃあああああ!!」


「え? まさかできないの? そんな簡単なことができないのかな? それなら他の方法を考えるけどさ……。まさか魔神が妹の演技ができないとはなぁ……」


「で、できるに決まっておろう!! 最強の末っ子を演じてくれようぞ、お姉ちゃん!!」




 シスターペリーヌが運営している教会は評判だった。

 教会に隣接している彼女の孤児院では、連日、明るい子供の笑い声が聞こえてくる。そんな状況が彼女の人格を物語り、噂になって広まったのである。

 わずか17歳の修道女に、大人が悩みを相談する、などという不思議な現象が起こっていた。

 

 そんな教会に、大きな男がやって来た。

 その者はフードを被っており、全身をマントで隠して正体不明。一体何者なのであろうか?

 シスターは、その男のただならぬ空気に汗を垂らした。


 男は、周囲に誰もいないことを確認すると、フードは外す。

 その顔は犬だった。


「シスター驚かしてすまんちゃ。ほいで、危害は絶対に食わえんきに。安心して欲しいがぜよ」


 それは犬人戦士トサホークだった。

 彼は魔獣召喚で大きな口を出現させる。その中から出て来たのは犬人族の美少女トサコだった。

 つまり、トサホークは正体を隠して妹と一緒に教会に来たということだ。


 この状況に、シスターペリーヌはただならぬ事情があると悟った。


「ここは女神教の教会です。迷える者が希望を求める場所。そんな所になんのご用でしょうか?」

 

わしは止めたんじゃがな。妹がどうしてもというんで、連れて来たっちゃね」


「正体を隠していたのはわけがありそうですね」


「……そこは深く聞かんで欲しいがぜよ。訳あって、妹が周囲に見られるんはまずいんじゃ」


 トサコはシスターに深々と頭を下げた。


うちら兄妹は、悪いことをしてしもうたがです。その許しを乞いたくてここに来させてもらいました」


「悪いこと?」


「友達を……。深く傷つけてしもうたがです」

「コホン……。まぁ、やったんはわしぜよ。友を裏切って、深く傷つけてしもうたがぜよ。全部、わしの責任っちゃ」

「そがなんないよ! うちも同罪じゃきに」


 2人は祈った。

 女神ウーデルディーネの像に向かって。


 そして、2人が帰ろうとした時である。


「ほらほらぁ。早くぅ。シスターが待ってるっすよ」


 と、爆乳娘のハツミがミギエを連れてやって来たのだ。


「シスター! 買い物をしていたらミギエちゃんに会ったっすよ。今日こそ、あーしの焼いたアプールパイを食べてもらうっす」


 ミギエはトサコに気がついた。


(あ、トサコちゃんだ……。まさかこんな所で会うなんてな……。歩いてる……。元気になったんだな。ふふふ。良かった。トサホークもいるな。ったく、何しに来てんだか。ふふ)


 と、思わず笑みを溢す。

 知り合いに出会うものの、自分はミギエの姿なのだ。このなんともいえない不思議な感覚と、トサコが元気な姿を見れて嬉しい気持ちが入り混じっておかしくなってしまったのだ。

 トサコはそんな彼女を不思議な目で見つめていた。


「行くぜよトサコ」

「あ、うん……」


 トサコはどうしても気になった。

 ミギエの醸し出す雰囲気が、なぜかとてつもなく懐かしく思えたからだ。


「あ、あの……。どこかで会うたかしら?」


 思わず聞いてしまう。

 しかし、ミギエは顔色一つ変えずに答えた。


「さぁ。知りません」


「そ、そうやか……。ごめんっちゃね」


「大丈夫ですよ。他人の空似はありますからね」


(空似……。そんなんやないっちゃけど……)




 パイを焼くのは時間がかかる。

 ミギエは孤児院の孤児たちと遊びながら時間を過ごした。

 パイが焼き上がったので、ミギエはシスターを呼びに教会に行った。


 すると、シスターに泣いてすがる少女が1人。


「もう最悪ですってばぁあああ。彼氏がぁあああ、彼氏が怖いんですってばぁあああ!」


 少女はグルグルメガネをかけてマント姿。

 しかし、そのマントの中から見えるのは豪華な服である。

 どう見ても貴族階級の者が変装している風だった。


「びぃえええええええええええ! シスダァアアアア」


「お、落ち着いてください。チェスエラさん!」


「シスターァアアア! 私、どうしたらいいんですかぁああ? あんな男と結婚するの嫌なんですけどぉおおおお!?」


 ミギエは目を細める。


 エルフシステム始動。

 王都内にいる120人のエルフたちにアクセス。

 ライトは心の声で会話する。


『今、教会にいるチェスエラって人物。誰だかわかる奴いるかな?』


『どうやら、お忍びで教会に来ている王城の姫君のようですね。本名はチェスラ。チャスエラは偽名です』


『ああ、やっぱりか。どう見ても変装だしな。マントの下から見えるシルクの服は相当に高価だよ』


 教会に来ていたのは、ヒダリオの婚約者、チェスラ姫だった。




第2章 完結。



────

ここまでで約20万文字。

単行本でいえば2冊分でしょうか。


いつもハートの応援、コメント、誤字報告ありがとうございます。


少しでも面白いと思っていただけた方は↓の☆評価をしていただけると、大変助かります。作者の意欲向上により、より執筆が捗るんですね。

どうか評価協力をお願いいたします。


次回からは第3章 決着編です。


ライトの復讐は完遂できるのか?

ヒダリオは? 天光の牙との因縁は?


さぁ、いよいよ、物語は佳境に差し掛かる!

お楽しみに!

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