第65話 ヒダリオの来襲

 大剣使いのゴルドンは、今後の準備を想定するように考えを巡らせた。


「水晶を使えばジョン・パックマンと会話ができます。変わり者を足止めして王城の兵士を向かわせましょう」


「いや……」


「あ、そうか! ヒダリオ様は飛べるのでしたね……。し、しかし、王都の上空を飛ぶのはまずいのではないでしょうか?」


「だね。王都の上空を飛ぶのは目立ちすぎる」


「では、私が出撃いたしましょう」


「いや……。僕が行こうか」


「では馬車を用意いたします」


「待って。城内で、この状況を知っているのは僕と君だけだろ?」


「……え、ええ。オババも監視だけで、意味はわかっておりません。ジョン・パックマンにライトを探させているのは極秘の計画です」


 これはそのとおりだった。組織内にスパイがいるかもしれないという思惑から、ジョン・パックマンがギルドに潜入したのは極秘計画となっていたのだ。

 ヒダリオは全てを把握したようにニヤリと笑う。


「ことは小さくした方が楽でいいんだ。陰に隠れてこっそりとね」


「で、では、徒歩で現地に行かれるのですか?」


「いや。そんな面倒なことはしないよ」


「転移の魔法陣は魔力送信に使っております。白銀剣士に扮装されましても、現地に行くにはやはり物理移動しかありませんよ」


「この部屋でもなんとかなるかもしれない。変わり者の正体を突き止めて……。そいつがライトなら抹殺する」


「こ、ここで? ど、どうやってやるのですか??」


 彼は左手に話しかけた。

 その手の平には顔が浮き上がる。彼に取り込まれた妹女神のサハンドリィーネである。


「おい。君の治癒能力は身体の血液や水分を操作するんだったな?」


『ええ。そうでありんす』


「たしか、人の体は、水分や血液だらけだと聞いたことがある。だったら、他人の体を操ることも可能だよね?」


『よくわかったでありんすね。1人だけなら意識を 憑依ひょういして乗っ取ることができるでありんすよ』


「なら、この水晶を通して、ジョン・パックマンの体を乗っ取ってやろう」


 ヒダリオはその左手を水晶の上に置いた。


治癒身体憑依操作リ・ポゼッション


『これでヒダリオさんの意識はジョン・パックマンを乗っ取るでありんす。あちきの恩恵で、彼の体は常に治癒されているでありんすよ。その上、彼の身体能力は10倍になっているでありんす』


「なるほど。じゃあ、ジョン・パックマンは僕の戦闘センスと、10倍に膨らんだ身体能力を持っているわけか。ふぅ……。そういえばわずかな気流も敏感に感じ取れるな。五感がビンビンだ。なんだか気持ちがいい。最高にハイってやつだな」


『一時的な興奮状態になるでありんす。視力も嗅覚も10倍でありんすよ』


「最高だよ! 本体よりも強くなってしまったんじゃないか? ハハハ!」


『それはあるかもしれないでありんすね』


「ククク……。ジョン・パックマンの目を通してよぉく見えるぞ。ここはギルド長の部屋か?」



 一方、ライト扮するミギトたちはというと……。


 ジョン・パックマンの異変に戦々恐々としていた。


「あぐぅうぬぅ……!! オーー! シット! サノバビッチ! アガガガガ……!!」


 突然、彼は汗を流して痙攣し始めたのだ。

 すると、少しずつだが体に異変が現れた。


 僧侶のファンナは汗を飛散させる。


「か、体が……ば、倍以上に膨れ上がっています!!」


 ジョン・パックマンはまるで化け物にでもなったようにヨダレをダラダラと垂らした。

 その体は汗ばみ、そこら中の血管が浮き上がる。


「ジュルリ……。ミーと握手をしたのは誰ですかあああ? フーアーユー!?」


 その目は充血しており、明らかに異常。


 ジョン・パックマンは手に持っていた杖を振り上げた。


「ミーと握手したのはぁああああああ──」


 ファンナに向かって杖を振り下ろす。


「おまえかぁああああああああああああッ!?」


「キャアアアアアッ!!」


 その攻撃は凄まじく早い。 

 なにせ、ヒダリオが憑依しているのである。

 C級冒険者のファンナに避けれるわけはなく。ただ悲鳴を上げるのが精一杯。

 このままいけば杖の打撲によって骨はくだかれ、一撃で即死だった。


「よっと」


 そんなファンナを抱き上げたのはミギトだった。

 彼は、杖の攻撃を躱して距離を取る。


「大丈夫?」


「ミ、ミギト君……」


 その光景にジョン・パックマンは爆笑した。


「ギャハハハ! おいエルフ! ユーか!? ユーが変わり者かぁあああああ?」


(やれやれ。誰かに操れているのか。厄介なことになったな)


「ふははは! さぁてどうしてくれようかぁあ! ワッチュ アイ ドゥ!?」


 マルシェの怒声が響く。


「バカモン! どういうつもりだジョン・パックマン!?」


 しかし、彼は羽虫でも払うようにマルシェに杖で攻撃した。


「雑魚は引っ込んでなさぁい! イッツア ショータァアアアアアイム!!」


「ヒィッ!」


 その杖攻撃は早い。

 とても彼女では避けれそうになかった。

 しかし、突然「オウチッ!」と声とともにジョン・パックマンの動作が止まる。

 彼の肩にはペンが突き刺さっていた。

 ミギトが床に転がっているペンを拾って投げつけたのである。


「やめろよ」


 ジョン・パックマンはペンを引っこ抜く。

 すると、みるみるうちにその傷は回復した。


「ハハハ! グッドですよエルフボーーイ。ハッピーライフ エブリデェイ!」


 ジョン・パックマンの意識はヒダリオに乗っ取られている。

 だが、その喋り方は対象の癖が反映されているようだ。

 杖を頭上でブンブンとぶん回しながらミギトの動向を目で追う。


「それ! ファックユーー!!」


 今度は杖の突き攻撃。

 振り上げる攻撃より動作が早い。


 ミギトはそれをなんなく避ける。


「ホワット!? だったら連打でいきましょうか!」


 しかし、ミギトはその連打攻撃さえも全て避けてしまう。


 ジョンパックマン杖の攻撃でギルド長室の壁は破壊される。


 この音に反応した1階の酒場にいた冒険者たちが駆けつけた。


「「「 おい! なんの騒ぎだ!? 」」」


 その者らがジョン・パックマンの異変に気がついた時は遅かった。

 杖の攻撃を受けて5人の冒険者が吹っ飛んだ。たった一撃で複雑骨折の大ダメージである。

 それを見た魔法使いが 上級ハイファイヤーボールを撃った。

 しかし、ジョン・パックマンは杖の回転でそれを打ち消し、その魔法使いを杖で突いて吹っ飛ばしてしまう。


 瞬く間に6人もの冒険者が再起不能である。


 ギルド長のマルシェは、その責任感から涙目になった。


「あううう……。ジョ、ジョン・パックマン……一体どうしてしまったんだ!?」


「マルシェさん。ファンナ。2人は避難した方がいい」


「ミ、ミギトは逃げないのか!?」


「奴の目的は多分、僕です」


「ど、ど、どういうことなんだ!?」


「僕もわかりません。ただ、奴の攻撃が僕に固定されています。こうやって喋っているだけでも──」


バシュッ!!


 ジョン・パックマンの杖攻撃がミギトを狙う。

 マルシェには早すぎて身構えるのが精一杯。

 剣士としてはあるまじき、目を瞑る、という暴挙を見せた。


「ううッ!!」


 彼女が目を開くと、ミギトが抱きかかえていた。

 ファンナ同様、彼が軽々と避けたのである。


「ミ、ミギト……。た、助かった……」


「ええ。とにかく、避難を。ここにいるギルドの冒険者全員です」


「お、おまえはどうするのだ!?」


「僕が奴と戦います」

(やれやれ。このままじゃ、ギルドにいる冒険者たちが皆殺しだよ)

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