第63話 ヒダリオは暗躍する

 日陰のヒダリオは一つ目の巨人サイクロウブの前に立っていた。


 その姿は白銀の装備に身を包み、実に煌びやかで美しい。

 

「だ、誰だ!?」

「王城からの応援か!?」

「何者だ!?」


 兵士たちはヒダリオの顔を知らない。

 それもそのはず。彼がチェスラ姫の婚約者になったのは、巨人討伐隊が出発してからだったのだ。


 サイクロウブは体高30メートル以上の巨人である。

 そんなモンスターが、ヒダリオを認識し、その大きな拳で潰そうと襲ってきた。


「ふむ」


 彼が左手を立てると、地面が隆起して固まり、それが壁になって巨人の拳を防いだ。


「不思議な現象だな」


 すると、彼の左手が応える。


あちきの治癒能力は、地面をある程度まで操作できるでありんす。固めたり砂にしたりができるんでありんすよ』


「なるほど。治癒の力で土を変化させたわけか。暖めれば膨れ上がって隆起する。水分量の調節で固くして防御壁にすることも可能」


 サイクロウブは全身に力を込めた。


「いかん! 針だ! 来るぞ!」


 兵士たちは一斉に岩陰に隠れる。

 この現象こそが、討伐隊にもっともダメージを与えた恐ろしい攻撃なのだ。


 サイクロウブは全身の体毛を鋭い針にして飛ばした。

 それは無数の矢のように、巨人の全方位から発射される。


「ギャアアッ!」


 岩陰に隠れた兵士に巨人の針が突き刺さる。

 薄い岩ではつら抜いてしまうほどの威力なのだ。


 ヒダリオも同じだった。

 眼前に出した土の防御壁ではサイクロウブの毛針を防げない。

 彼はその凄まじい動体視力で針の軌道を読んで、全ての針を剣で斬り落とした。


「おい。サハンドリィーネ。このままじゃ巨人の針で全滅だな。どうする?」


『人助けはあちきに任せるでありんす!』


 ヒダリオが左手を掲げると、針は空中に静止したように動かなくなった。いや、正確には僅かに動いている。それはまるでスローモーションのようにゆっくりと動いていた。


「ほぉ……。なんだこの力は?」


あちきの治癒能力は体内の血液や水分を操作するものでありんす。空気中には水分がたっぷりあるでありんす。その粘度をスライムようにトロトロにしたでありんすよ』


「面白いな。この力で周囲の動きを遅くできるのか。じゃあ、今度は僕がやろう。この針たちを腐らせてやる」


 今度はヒダリオの意思が強く働く。

 女神の力を操作するように言葉を発した。


治癒力過多腐食リ・コロージョン。治癒力を強烈に注げば、対象を腐らせることができる。……だったよな?」


 すると、無数に宙に浮いていた針はボロボロに腐って消滅してしまった。


「うん。上手くいった」


 それを見た巨人は焦る。

 自分の指から鋭い爪を伸ばしてヒダリオに向けた。


ブォオンッ!


 それは凄まじく速い爪攻撃。常人ではとても目で追えないほどの速度である。

 少しでも油断をすれば、たちまち巨人の爪によって体が引き裂かれてしまうのだ。

 しかし、ヒダリオは笑っていた。


水分操作遅延アクアスロー。巨人の周囲に存在する水分をドロドロにした。これで速い動きはできないんだよな?」


 それは見事に成功した。

 巨人の動きはゆっくりである。


「ふは! いいね」


 彼が巨人に近づこうとすると見えない抵抗に押し戻された。


「おっと。 水分操作遅延アクアスローでドロドロになった空間は僕の動きも遅くなるのか。無理やり入ると僕の動きが遅くなってしまうな。ふふふ」


 ヒダリオは楽しんでいた。

 妹女神の力を観察し、瞬時に自分のものにする。 

 知識を吸収し、それを応用できるのが楽しくてしかたないのだ。


「じゃあ、攻撃の軌道を読んで、僕の体は移動しておこう……。解除だ」


 突然、巨人の動きが元に戻る。

 空気中の水分が元に戻ったのだ。


ザクン……!!


 巨人の爪は空を切り、そのまま地面に突き刺さった。


「ははは! どこを攻撃してるのさ。 飛行フリーゲン!」


 ヒダリオは空を飛び、巨人の頭上よりも高くに陣取った。




次元両断殺ディメンションマーダー


 

 

 凄まじい斬撃。

 それは大きな巨人の首をいとも簡単に切断した。


「げっ! そ、そんなバカな……」

「こ、こんな一瞬で!?」

「つ、強い……」

「た、たった一撃で……!?」

「し、信じられん……」

「な、何者だ……?」


 兵士たちが驚くのも無理もない。

 巨人との戦いは2週間も続いていた。その間で、傷一つ付けれなかったのである。そんな頑丈な巨人をたったの一撃。しかも、一瞬で倒してしまったのだから。


「さて。次は負傷者の治癒だ。死んだ人間の蘇生条件はなんだ?」


『死後1時間までなら魂が地上に残っているでありんす。あちきの蘇生能力があれば生き返るでありんすよ』


「よし。じゃあ、可能な限り蘇生させてやろう」


『……ま、また聖霊体内吸収エレメンタルドレインで魂を吸ってアンデットにするつもりでありんすか?』


「そんなことするもんか。単純に人助けさ。嫌なのか?」


『……だ、だったら嬉しいでありんす。あちきの性分は人助けでありんす』


(ふん。使える手駒をアンデットにするわけがないだろう。蘇生させるのはわけがあるのさ)


 巨人討伐隊はヒダリオによって回復された。

 全ての者の傷は消えて、死んでいた者は蘇る。討伐隊は、その奇跡の瞬間に感動した。


「ありがとうございます! あなたは一体誰なのでしょうか!?」


 兵士たちは蘇ったことに感動していた。

 眼前にいるのは命の恩人である。

 みんなは尊敬の眼差しで彼を見つめていた。


「僕はヒダリオ。チェスラ姫の婚約者さ」


 討伐隊は彼の偉業を褒め讃える。


「すごいです! ヒダリオ様万歳!」

「流石はチェスラ姫の婚約者だ!」

「王都の未来は安泰です」

「これほどの強さとは……。敬服いたします」


 しかし、ヒダリオは困った表情を見せる。


「僕は時期国王になる身分だ。みんなの命が心配で、ついつい出向いてしまったが、本当は、こんな危険な戦闘は避けなければならない身分なんだよ」


 もちろん、他者の命が心配、などという件は大嘘である。

 しかしながら、ヒダリオを英雄視している討伐隊にとって、そんな大嘘を見破れることはなく。

 光に群がる羽虫のように、夢中になってヒダリオの話しを聞くのだった。


「巨人を倒したのは騎士団長ゴルドンの功績にして欲しい」


「な、なぜですか!? これは末代までも伝えられる偉業でございますよ!」


「ははは。そんな大したことはないよ。僕はみんなの命が助かればそれでいいんだからさ。こんなことが国王に知られたら僕は怒られてしまうんだ」


「そ、そんな……。それは我々が証言いたします! あなたは命の恩人なのです!! 国王からは莫大な報酬がもらえるでしょう!」


「うん。でも、そんなことはどうでもいいんだよ。地位とか名誉とか報奨金とかさ。君たちの命に比べたらゴミクズみたいなものさ」


 もちろん、これも大嘘である。 

 地位と名誉と金は、彼がもっとも好むものといっても過言ではないだろう。

 しかしながら、命を救われた討伐隊にはそんなことはわからない。

 ただ体を震わせて、彼の奥ゆかしさに涙ぐんだ。


(す、すばらしい……。この人はすごい人だ)

(か、金よりも、私たちを大事にしてくれるなんて……)

(この方は本物だ)

(一生ついていこう)


「じゃあ、いいかな? 僕のことは内緒ね」


「「「 はい! 承知しました! 」」」


「王立魔法審議会の魔法使いの人たちも、いいかな? この巨人討伐は、王城の騎士団長ゴルドンの手柄だからね。僕の名前は隠してくれたまえよ」


 こうして、ヒダリオは妹女神の力試しと王城の地位を手に入れた。

 兵士たちは黙っているといったが、これだけの話がここだけで終わることはなく。彼らが王城に帰った頃には城内に噂が広まっているのは間違いなかった。

 それほどまでに、今回の一件は彼らの心に深く印象づけられたのだ。

 彼の左手である妹女神のサハンドリィーネは、周囲の者を助けることができて満足げである。



(ふん。間抜けどもが。君たちは僕の手駒にすぎないのさ。バカみたいに感謝してろよ。せいぜい、僕のことを崇拝するんだな。僕は日陰のヒダリオ。僕の活躍は陰で行われるのさ。ふふふ)



 所変わって、王都ロントメルダのギルドでは。

 ミギトとファンナがギルド長になった赤髪の女剣士マルシェを訪ねていた。


「おおミギト。よく来てくれた!」


 マルシェは救いに船とばかり大喜び。

 ミギトの顔を見るだけで悩みが吹っ飛ぶようだった。


「紹介しよう。ギルドの会計を担当しているジョン・パックマンだ」


 マルシェの横にいるのが噂の新人、鑑定士である。

 見た目は中年で、顎には青髭がたっぷり。胸毛はボウボウである。

 彼は両手を広げて笑顔を見せた。


「オーー! ミーーがジョン・パックマンでーーす! ユーがミギトさんですかーー? オーー! グレイト!! 会えてハッピーでーーす!!」


 ファンナの前情報どおり、ずいぶんと癖のある冒険者である。

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