第59話 日陰のヒダリオ

〜〜三人称視点〜〜


 血だらけの男は言った。


「き、貴様。一体、何者だ?」


「日陰のヒダリオ」


 これは彼が好んで使っている通称である。

 しかし、この名を聞いた者が生き残った記録はない。

 ヒダリオは右手に持った剣で、男の脇腹を斬った。


「ゲハッ!」


「大丈夫。殺さないよ。生き血が必要だからさ」


 ハンド霊山は新興宗教の妹女神教の本山がある場所である。

 巨大な針葉樹があちこちに生えており、万年、霧のかかった神秘的な山であった。

 その中腹には大きな霊木があって、それは千年以上も昔からあると言われている。その霊木が、妹女神教の御神木となっていた。


「ふぅ……。残り1人か」


 と、ヒダリオが息をつく。その左腕はライトとの戦いで失っており、右腕だけで戦っていた。


 彼の周囲は、血みどろの大惨事に見舞われていた。


 千人以上はいるだろうか。武装はしていたのだろう。剣や杖、折れた矢がそこかしこに飛び散っていた。

 石畳の床には血を流す信者たちが苦しみもがく。


「た、助けてください!」


 それは1人の聖女だった。

 本山にいる信者の最後の1人。


「な、なんでもします! どうか、命だけは!」


 ヒダリオは、その要求を察したように小首を傾げる。


「うん。じゃあ、君の生き血をくれ。僕のためにね」


グサリ。


 彼の剣が聖女の口に突き刺さった。

 それは躊躇などなく、あっさりと。まるで羽虫を手で払うように。


「大丈夫。浅く刺したよ。5分は死なないからさ」


 ヒダリオは奥に進んだ。

 そこには大きな御神木があった。


「さぁ、これで信者は全滅だ。あとは女神を封印するだけだね」


 御神木には女神が降臨していた。

 その姿は美しく神々しい。フワフワと宙に浮いている。

 白銀の肌に白銀の着物。ボリュームのある銀髪はキラキラと輝いていた。

 ヒダリオはニヤリと笑う。


飛行フリーゲンの魔法か。羨ましいね。僕は使えないんだ」


あちきは妹女神サハンドリィーネ。姉女神ウーデルディーネの妹。現臨した生き女神でありんす』


「僕は日陰のヒダリオだ。言葉が通じるのなら話は早い。君の力。僕にくれよ」


『酷いことをするでありんす。罪のない者を殺すなんて……』


「ははは。だったら君が戦えばいいだろ? 護れなかったのは君の責任だよね」


あちきは癒しの加護を与える女神でありんす。戦いは好まないでありんす』


「だったら僕に取り込まれるんだね。その力。僕のために使ってやるよ」


『癒しの加護は邪悪な者には与えないでありんす』


 突然、周囲は光に包まれた。

 すると、傷だらけだった信者の傷がみるみる治っていく。


「ほぉ。広範囲回復か。うん?」


 ヒダリオの右手はジワジワと錆びるように色が変わっていく。


「なんだこの作用は?」


『癒しの魔力を強めれば相手の寿命は尽きるでありんす』


 彼は笑った。


「ふは! 治癒力の過多により腐食を起こすのか! いいね! 気に入った!!」


 刹那。

 光は消え、周囲は暗闇に包まれる。


『な!? あちきの治癒が消滅したでありんす!!』


 空中には無数の丸い魔法陣が浮かぶ。

 それは信者の血でできた 血の禁止魔技ブラッディアーツ

 まるで真っ赤な満月のように。ポタポタと血を滴らせながら不気味に宙に浮いていた。


 瞬間。

 ヒダリオの姿は消え、彼の剣はサハンドリィーネの胸に突き刺さる。


『グフッ!』


「ふは! 綺麗な血だね。興奮するよ」


『こ、この身、朽ち果てででも……。あ、悪には力を貸さないでありんす……』


 ヒダリオの体はジワジワと腐食する。


「へぇ……なるほど。直なら 血の禁止魔技ブラッディアーツの効果を受けないのか。自分を治さずに僕に攻撃するなんてね。いいね、その根性。ますます気に入ったよ!」


『め、女神の力は弱い者にこそ必要でありんす』


「ああ、そういう非効率な考えは 鬼却下おにきゃっかだ。愚者の思考は無駄が多いからね。全力で否定させていただくよ。強い力は、強い者が利用して、弱者を支配した方がよっぽど効率がいいのさ」


 ヒダリオの左目が不気味な光を発した。

 と、同時。その黒目から真っ赤な魔法陣が飛び出す。


 小さな魔法陣だが、確実に 血の禁止魔技ブラッディアーツだった。

 その陣は女神の体に張り付いた。


『ああ! ち、力が……』


「君の力を消滅させた。さぁ、取り込んでやるよ。聖霊体内吸収エレメンタルドレイン


 聖霊体内吸収エレメンタルドレインとは、彼が魔神デストラの討伐後に体得したユニークスキルである。

 精霊や神をその体内に取り込むことができる優れ技。こうやって、彼は力を向上させてきたのだ。


 白銀の光とともにサハンドリィーネの悲鳴が空に響いた。


『ああああああああああああああッ!!』


 光が消滅すると、彼の左手は元の形に再生されていた。

 しかし、その手は普通ではない。手の平の中にはサハンドリィーネの顔がついていて、その大きな瞳はパチクリと瞬きをしているのである。その顔は状況が理解できなくて混乱していた。


『あ、あちきは一体?』


聖霊体内吸収エレメンタルドレインの基本は魂在吸収なんだがな。それだと左手まで無くなってしまうんだ。少し面倒だが、君の魂在を左手分残したよ」


『あ、あちきが左手に……』


「そう不服そうな顔をするな。僕の左手になれたことを光栄に思うんだね。僕は世界の王になる男なんだからさ」


 周囲にあった血の魔法陣が崩壊する。

 信者たちが絶命し始めたのだ。


「ふふふ。邪魔者はゴミ屑へ」


『まだ、信者たちの魂在が残っているでありんす。まだ、間に合うでありんす。どうか、命だけは助けてあげてほしいでありんすよ』


「やれやれ。うるさい左手だな。まぁ、今日くらいはサービスしてやろうか」


 彼は、広範囲回復の力を使って信者たちの体を蘇生させることにした。

  血の禁止魔技ブラッディアーツで使われた血液が再生された体に戻る。そして、淡い光を放つ球体が、信者たちの体に入ろうとしていた。

 それは魂なのだろう。体内に入れば無事に復活である。女神がほっと胸を撫で下ろした。そんな時。


聖霊体内吸収エレメンタルドレイン


『な、なにをするでありんすか!?』

 

 ヒダリオは全ての魂を自分の体内に取り込んだ。


「うん。雑魚の魂在でも少しは力になるね」


『そ、そんな……。民の魂在を吸収したでありんすか……。これじゃあ復活できないんでありんす』


「体は復活したさ」


『た、魂が無ければ死んだも同然でありんすよ』


「心配するな。復活した信者は無魂のアンデットとして使ってやる。人間の思考は消滅し、血肉を好むアンデットになった。従順な僕の下僕さ」


『ひ、酷い……』


「光栄なことだよ。僕が道具として使ってあげるんだからさ。ハンド霊山は今日から僕の物になったんだ」


 ヒダリオは飛行魔法で空を飛んだ。


「フハ! 最高だね!!」


 彼はロントメルダに向かって飛んだ。


「ここに来るまでに馬を使って1週間もかかったけどさ。飛んで帰れば1時間で着くね」


 その飛行速度は速かった。

 

「フハハハ! 最高の力だよ!!」







〜〜ライト視点〜〜


『ライトよ。今日はわらわを労うのじゃ』


 と、俺の右手が顔の前ににゅっと出た。

 その手のひらには大きな瞳があって、温かい笑みを見せる。


『ふふふ。王都でデートなのじゃ』


 はい??

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