第58話 犬人戦士トサホークとライト


〜〜三人称視点〜〜


 ライトとトサホークが戦った、その日の夕方。


 トサホークはいつものように家に帰った。

 その足取りは重く、首はガックリとうな垂れている。


 彼にとって、1日を疲れを癒すのは、大好きな妹の顔を見ることだ。

 妹のトサコは同じように犬顔の犬人族。一族の中では美少女ということだった。

 彼女は生まれつき体が弱く、重い病にかかってしまい、今は寝たきりである。

 3年前の手術は成功した。一命は取りとめたが寝たきりなのは変わらなかった。


(ライトのこと……。トサコが聞いたら喜ぶじゃろうな)


 トサホークの気持ちは複雑だった。

 トサコがライトに想いを寄せているのは知っている。

 犬人族が人族に惚れるのは珍しいが、彼女がライトに見せる態度を見ていればすぐにわかるのである。

 ライトのことを話せば必ず笑顔になる。

 寝たきりの妹を笑顔にさせるのはトサホークの生き甲斐だった。


 結局、ライトとは仲違いをしたままである。

 自分が犯した罪は許してもらえなかった。

 そんな複雑な想いが、妹に伝えることを拒む。


 丁度、日が暮れた頃。トサホークは自分の家にたどり着いた。

 しかし、中に入るには足取りが重い。今日のことが脳内をグルグルと巡る。


(……いや。やっぱり言おう。わしはライトに会ったんじゃ。仲を戻すことはできんかったが、ライトが元気にしてるんを知ったら、トサコは喜ぶじゃろう)


 兄はそう決心して、家の中に入った。

 すると、ロウソクの薄明かりに人影が動いているのが見えた。



「だ、誰じゃぁ!?」



 緊張した筋肉が、優しい兄から、強靭な戦士の顔へと変貌させた。

 ところが、廊下の角から顔を出したのは、犬人の美少女だった。


「トサコ!? どういうことぜよ!?」


 あの病弱で寝たきりのトサコが、立ち上がって歩いているのである。

 薄明かりに見える彼女の顔は、張りがあって、まるで健康そのものだった。


「お、お兄ちゃん……。あのね。うちが寝よったらね。黒ずくめの人が来てね」


「く、黒ずくめじゃと!?」


「腰に剣をぶら下げとったから、剣士じゃと思うけど……。顔は暗あて見えんかったけど、声は女の人じゃった」


「く、黒ずくめの剣士……女の声」


「そん人が、寝ているうちに手をかざしてね。ほいたらね。うち……歩けるようになっちゃったね」


 トサホークは言葉が出なかった。

 ただ目頭が熱くなって、これをどう表現していいのかわからない。

 嗚咽のような、うめき声のような。なんとも言えない声が出る。


「お、お、おああああああ……」


 トサコは兄に抱きついた。


「ほら。うち……。動けるんよ。お兄ちゃん。うち……元気になったんよ」


「トサコォオオオオオオオオオオオ!!」


 トサホークは大粒の涙を溢す。


「あの人……。天使様かな?」


「ううう。ライトじゃああ、ライトなんじゃああああああああああ!」


「え? ライトさん? ほんじゃけんど、ライトさんは男の人っちゃね」


「こげんことができるんは、あん男しかおらんのじゃあああああああ!!」


「ほって、なんで泣いてるん? うち、元気になったんよ?」


「すまん! すまんライトォオオオオオオオオオオ! 許してつかーーせぇえええええええ!! こんクズの犬っころを許してつかーーせぇえええええええええええ!!」


「お兄ちゃん。泣かんとって」


わしは、わしはなぁああ……。おんしのことを……。あああああ、ライトォオオオオ」


 妹はなにがなんだかわからない。

 兄は号泣するだけである。

 右腕を切断しても涙1つ出さなかった男が、ワンワンと泣いているのである。

 妹を抱きしめると、喜びと後悔と懺悔の気持ちが交錯した。

 すると、また大粒の涙がボロボロと流れ出るのである。


 



「ライトォオオオ。すまん! すまんかったぁぁあああッ!!」





 彼は、ライトを裏切ったことを妹に黙っていた。3年間、そのことを誤魔化して生きてきたのである。

 今夜、その真相を打ち明けることだろう。

 友を見殺しにした。その誰にも話すことができなかった大罪を、今夜話すことができるのである。

 妹は自分を責めるかもしれない。軽蔑すらするかもしれない。

 しかし、この感謝の念と、妹が元気になって嬉しい気持ちは、3年間隠し通してきた真相を打ち明けるには十分すぎる想いだった。


 トサホークは泣きに泣いた。

 それは懺悔。いや、重圧からの解放か。

 はたまた、ライトの優しい気持ちが伝わったからだろうか。

 その答えはわからない。ただ嬉しくて悔しくて。


「ライトォオオオ! ライトォオオオオオオオオオ!!」


 トサホークは泣いた。

 もう、一生分の涙を出し切るほどに。





〜〜ライト視点〜〜


 俺は妹の待つエルフの国エンフィールに向かって飛んでいた。


 トサホークの野郎。


 ふざけやがって。


 ロントメルダの監獄を 追跡飛行眼球トラッキングアイで調べていてわかったけどさ。人目につかない場所に馬車の荷台が用意されていたんだよな。中には食料がたっぷりと準備されていた。あと、女物の衣類だ。

 

 この馬車が意味するもの……。


 あいつ……。アリンロッテを見つけたら周囲にバレないように逃すつもりだったんだ。ったく。そんなことも言わずにさ。ふざけた野郎だよ。

 まったく、あいつの考えてることは本当によくわかるな。嫌になるよ。


『あの犬人の少女。トサコといったか。昔からの知り合いじゃろうに。どうして正体を隠したんじゃ?』


「別に……。あの子は裏切り者のトサホークの妹だからな。わざわざ、いう必要はないだろ」


『じゃったら、体を治す必要もないじゃろうに』


「重い病は彼女の責任じゃないさ。別に辛い日々を送ることもないだろ?』


『じゃが、お主がわざわざ治す必要もあるまい』


「別にいいだろ。家に帰るついでだしさ」


『それにしてはずいぶんと遠回りじゃったのぉ。エンフィールとはまるで逆方向じゃわい』


「う、うるさいな。寄り道だ」


『ふふふ。おかしな奴じゃのぉ』


「人間ってのは複雑なんだよ」


『そうかもしれぬな。本当によくわからぬ。特にお主はな』


 魔神に理解されたいとは思わんさ。

 そもそも別の生き物だしな。


其方そちは本当にわからぬ。美しいわらわがいるのに、襲っても来ぬ。これはどういうことなのじゃ?』


「は? 何言ってんだ??」


わらわという美少女を好き放題するチャンスじゃろう?』


「なんの話だよ?」


『うーーむ。股間は正直なのじゃがなぁ。態度がそれに見合っとらん』


「また、そっちの話かよ。淫乱処女め」


『うなぁ! 言葉責めか!』


「いや、責めてない」


『その勢いで今夜は期待してもいいのかの!? の!?』


「何をだ!?」


『ナニじゃよ!!』


「だーーってろ!」


『ううむ。強引に奪ってやってもよいが、わらわのプライドが許さぬ』


「本当におまえはそういう話が好きだな」


『うな! わらわはお年頃なのじゃあああ!』


 千年以上生きてる魔神に年頃と言われてもな。


 デストラは魔神の姿に変貌した。その美しい四肢を俺の体に絡めながら、大きな胸をくっつける。


わらわの体……。好き放題にできるのは其方だけじゃよ。わらわの感覚は敏感じゃからな。人間の女子よりも10倍は感じようぞ。其方が攻めたてれば、瞬く間に果てて、ハフンハフンになってしまうじゃろうな』


 と、そのスベスベの手は俺の胸を弄り、腹を摩る。そして、更に下へと移動した。


「お、おい! やめろって!」


 彼女の艶やかなの唇は俺の首元をチュパチュパと愛撫して、そのしなやかな指先は腹の下へと移動……。


『ふほ。体は正直じゃな♡』


「おまえ、ちょんぎるぞ?」


 俺は意識を集中して、彼女を右手に戻した。


『うなーー!』


「そういうのは好きな人とするって言ってるだろが」


『じょ、冗談じゃよ。怒ったのかえ?』


「今日は久しぶりに教育が必要そうだな。家に帰ったら壁ガンガン100回だ」


『うなーー! ライトの意地悪ぅ!』


 大方、性の虜にして俺を操ろうって魂胆だろうがな。そう簡単にいくもんか。

 やれやれ。困った魔神だよ。


 あ、そうそう。

 天光の牙は残り4人だ。

 こいつらの悪行を世間に知らしめて、バッサリと右腕を斬り落としてやるからな。

 怯えて待ってろ。




────

いつも、コメントありがとうございます!

トサホークの回で、作品の展開に対する否定的なコメントがあったりするのですが、個人的には読者の感想が読めてすごく嬉しいです! 作家や作品の過度な誹謗中傷は困るんですけどねw でも、作品の展開に対する率直な感想ならなんでも来いなんです! 否定的なコメントでも、読んだ人の好き嫌いってあると思うんですよ。そういうのをたくさん読みたいんですね。この展開好き、このキャラ嫌い。この展開は残念。等々。個人の感想は誹謗中傷とは違いますからね。私は本気で読者のために作品を書いています。だから、色々な感想を知りたいんです。

なのでぜひ、感じたことを好きな風に書いちゃってくださいね。「面白い」だけを何度も書きこんでもらってもいいですよ!

とても、参考になっていますし、色々な感想を聞けるのは作家冥利につきます。

コメントを書いてくれる方は本当にありがとうございます。感想を読むとテンション上がります!


ここまで読んで、少しでも面白い、と感じてくれた方は⇩の☆マークの評価を入れていただけるととても助かります。

コメントは全部に返信できませんが、全部読ませていただいております。返信ができない分、がんばって最後まで書きますので応援をよろしくお願いいたします。

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