第57話 犬人戦士 トサホーク③【復讐8人目】

 トサホークは自分に右腕を切断した。

 そして、大粒の涙を流しながら土下座をする。


「ライトォオオオ! すまんかったぁああああ!! 許してつかーーせぇえええ!!」


 ふん。

 こんなことで許すもんか。

 俺の怒りと絶望は、おまえの土下座よりも大きいんだよ。


 こいつを殺すことは簡単だ。

 もしかしたら、それを望んでいるのかもしれない。

 でもな。こいつには妹がいるんだ。


「トサコちゃんは、どうしてるんだ?」


「……ト、トサコの手術は成功した。相変わらず寝たきりじゃが、3年前の手術のおかげで一命は取りとめた。これも魔神討伐をした功績のおかげじゃ」


 天光の牙は、魔神討伐で凄まじい報酬が入ったからな。

 こいつがロントメルダ監獄の獄長に出世しているのもその影響だろう。


 それにしても、こいつは辺鄙な所に追いやられたもんだ。

 ここは、王都から離れた岩壁地帯。毎日、罪人と顔を合わす日々。

 他の連中は、騎士団長や高官、貴族に出世しているっていうのにさ。明らかに、トサホークだけ待遇が違うよ。


「魔神討伐の功績からか……監獄長に出世か……。それにしては辺鄙な場所に配属されてるな」


「わ、わしは……。おんしの命を犠牲にして出世したんじゃ。最低な男ぜよ」


「ああ。本当にそのとおりだ。でもな……。それにしては出世がしょぼい。王都から離れたこんな場所。まるで厄介払いだ」


「ゴルドンさんは、わしのことを完全に信じ切っとるわけやないぜよ。 血の禁止魔技ブラッディアーツを使った秘密保持のためにも、高官職を与えて口封じをし、ほじゃって、自分の管理下に置きたかったんじゃ」


「なるほど。監獄長は王城の騎士団の支配下だもんな。ハズレクジを引いたな」


「こんなもん……ハズレでもなんでもない。わしは友を裏切ったんじゃ」


 ああ、そうだ。

 こいつは俺を裏切った。


 切断された右腕からはダラダラと血が流れている。

 早く止血しなければ死んでしまうな……。


「ライト。……殺してくれ。おんしの気が晴れるんなら、そいでええきに」


「アホか。殺すならとっくにそうしてる。トサコちゃんの面倒は誰がみんだよ?」


「そ、それは……」


「トサコちゃんに感謝するんだな。おまえみたなクズ野郎。殺すにも値しないってことだ」


「す、すまん……」


 ふん。

 こいつとはこれきりだ。

 二度と顔も見たくないよ。


「それだけ血が出てりゃあ出血多量で死んじまうかもな。まぁ、俺はそれでもいいんだよ。勝手に野垂れ死んじまえ。じゃあな」


『おいライト。待つのじゃ。わらわの復讐が終わっておらぬ』


 ああ、そうだった。

 こいつの復讐のターンがあった。


「お、おう。まぁ、好きにしろよ」


 こいつだってトサホークには痛い目を見せられているんだろう。

 復讐をするチャンスがあるのは当然の権利ってやつだ。


『3年前。天光の牙がわらわを討伐に来た日。ライトの血を使った 血の禁止魔技ブラッディアーツをふんだんに使いおった。わらわが得意だった石化魔法は封印され、各種スキルは威力が半減した。牙の12人は一斉にわらわを攻め立てたのじゃ』


 そうだったな。

 1対12か。ずいぶんと辛かったろう。


『天光の牙たちが厄介だったのは、傷だらけになって動けなくなったわらわに追い討ちをかけたことじゃ。そのまま首を切り落とせばいいものを。超自己再生能力がわずかでも働いておるからの。四肢を斬り落とし、腹を蹴り、酷い者は目に短剣を突き刺しよった。占い師ベリベーラは、わらわの体に毒液を何度もかけよってな。ゆっくりと再生する肉体を腹を抱えて笑っておったよ』


「酷いな」


『まぁ、そんな悪党どもじゃったがな。1人だけ、我、関せずと距離を置く者がおった。それが犬顔の戦士じゃったな。こ奴だけは、牙の追い討ちに参加せず、目を逸らしておったよ』


 ……トサホークらしい。


『犬人の戦士は戦い方も正々堂々としておってな。牙の中では一番まともな奴じゃったかもしれぬ』


 そうだ。

 だから、俺はこいつと仲良くなれたんだ。


最上級エキストラ 回復ヒール。ほれ。わらわの復讐は、これで終いじゃ』


 見ると、トサホークの右腕はくっついて、全身の折れた骨は再生されていた。


「な!? ど、どういうことっちゃね!?」


『ライトとわらわは魂在融合を果たしておる。気持ちを解放すればお互いの意識を共有することも可能じゃ。まぁ、普段は解放はしておらんから、思考を覗くことはできんがの。それでも喜怒哀楽くらいはわかるのじゃよ』


「魔神……。どういうことぜよ?」


 デストラはその美しい四肢を俺の体に絡めた。


『こ奴がの。救援信号を出しておったのよ。助けてくれぇ。助けてくれぇ、とな』


 は?


「なんだそれは? 俺はそんな信号は出してないが?」


『ふふふ。まぁ、そういうことじゃから。わらわの復讐は終わりじゃよ。犬人の戦士よ。そなたには生き地獄が待っておる。苦しんで生きるがよい。……と、いうことにしとこうかの?』


「なんだそれ?」


『ふふ。褒めてくれてもいいんじゃよ?』


「誰が褒めるか」


『ふふふ。ちょっと顔が赤いぞ』


「うるさいな」


 と、とにかく。

 

「俺たちの復讐は終わった。おまえは好きにしろよ。どうせゴルドンに報告するんだろ?」


 トサホークは顔をゆがませた。

 自分の不甲斐なさを後悔するように。


「そがなんするもんか。次に裏切ったら腹を切るつもりじゃ」


「どうだかな? おまえは裏切り者だ」


わしのこと許してくれんか?」


「ああ。許さんね」


 トサホークは再び土下座した。

 今度は丁寧に両手をついて、


「すまん。ライト。わしは本気で反省しちょる。許してつかーせ」


 ふん。


 3年前──。




わしのトサコが一番可愛いんじゃぁああ! トサコが世界一の妹じゃああああああ!!』


『おいライトぉ。マタタビ亭の女主人。見たかぜよ? あの胸の谷間ぁ。たまらんちや〜〜』


『ほれぇ。これは土産っちゃね。ボテボテ鳥の肉じゃ。早う持って帰ってシチューを作ってもらえ。アリンロッテは大喜びじゃろう』


『ライトォ。ええ剣筋じゃあ、こじゃったら冒険者試験は飛び級じゃよ! おんしは筋がええ!!』


『ライトォ。今日も呑むぜよぉお! ハッハッハッ!』


『あそこに新しい店ができたっちゃね。今は報酬が出てホクホクなんじゃあ。奢っちゃるきに、一緒に呑みん行くぜよ』


『その荷物半分渡せぇ。ちょっとくらいわしも持っちゃるきに』


『いつもすまんのぉライト』


『ライト! 助かるっちゃ!』


『こん酒は美味いなぁ。ライトォオオオ』


『それわかるっちゃぁ。ライトの気持ちはよぉわかるっちゃねぇ』


『ハハハ! ライト。トサコに会いに来て欲しいがぜよ』


『ライト〜〜』




 ふざけんなボケ!

 3年前。こいつは黙って俺を牙の連中に売った。

 俺が殺されるのを黙って見ていたんだ。


 せめて相談くらいしろや。

 黙って裏切りやがってよぉおお!

 ボケ! あほ! クズ野郎!!



「許すもんかよ。絶対に許さねぇ」



 俺はその場を去った。


 背中越しに、トサホークの謝罪の声が響いたけどさ。

 知るか。ボケ!

 一生泣いてろ!!

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