第56話 犬人戦士 トサホーク②【復讐8人目】

 犬人族の戦士トサホークは唇についた血を手の甲で拭った。


「ふん! わっぱが。こじゃんと強うなったやないか!!」


「黙れ! 犬っころ!」


「その減らず口、聞けんようにしちゃるきに! 今度は外さんぜよ!」


 トサホークの大斧攻撃。

 今度は正中線上だ。

 そのまま喰らえば真っ二つ。


「終わっりっちゃねぇええええええッ!!」


 俺は地面を蹴ってそれを躱した。


 その斬撃は地面を裂く。


ドゴォオオオオオオオッ!


 3年前より明らかに強くなっているな。

 それに、こんな強打。俺との修練の時は見せなかった一撃だ。

 こいつは本気でやってるんだな。


 だが、魔神の力によって身体能力が向上している俺には当たらないのさ。

 大斧は動かすだけで気流が生まれる。俺は、その気流を肌で感じとり、風の切れる音を聴覚で捉えることができるんだ。

 よって、奴の攻撃は目を瞑っていても躱すことができる。

 加えて、大斧の攻撃は物体に接触してからの隙が大きい。

 なので、こいつの体は隙だらけというわけさ。


 こんな攻撃……。剣を抜くまでもないな。


 俺はトサホークの腹に蹴りを入れた。


ボコォッ!


「ぐぬッ!」


「おい。どうした犬っころ。俺に本気を出させてくれよ」


「黙りゃぁッ!」


 そう言って俺から距離を取る。

 トサホークは意識を地面に集中した。その拳を地面に突き当てる。


「魔獣召喚!  大口の大暴れ魔獣食タイダルパックンチョ!」


 瞬間。

 俺の地面が大きな魔獣の口になった。

 鋭い牙はヨダレを垂らして俺を食べようとする。


 やれやれ。

 これも実践専用の魔獣召喚スキルだ。3年前の俺との修練には使っていない技。

 でもな。


「デストラ」


『うむ』


 俺は右手を巨大化させた。

 そのまま魔獣化した地面をを抉り取る。

 魔獣を握り潰すと、それは土の姿に戻った。


 こんな攻撃。俺には効かん。


「油断したぜよ!  大斧境界斬アックススラッシュ!」


 別に油断はしてないがな。

 魔獣召喚からの大斧攻撃か。

 これも大した攻撃じゃないな。

 相手の虚を突く連続攻撃ってのは、対象の姿勢に踏ん張りが効かない時に有効なんだ。


 やれやれ。

 大斧の刃先がまだあんなところにあるよ。

 当たるまでに何年待つんだ?


 俺は裏拳をトサホークの胸部に命中させる。


バギィイイッ!


「ぐぉおお!」


 この手応え。


「胸骨が折れたかな?」


「ま、まだまだぁ!  大斧連斬アックスラピッド!!」


 今度は斧単体の連続攻撃か。

 その速さで残像がいくつも見えるな。

 打撃の力を犠牲にして速さに全振りしているだけだ。

 まぁ、俺くらいの小さな対象にはそれなりに有効なのかもな。

 でもな。当たらなければ意味はないんだよ。


 俺は全て大斧攻撃を最小限の動きで躱す。


「ぬっ! は、速い!!」


「連撃ってのはこうやんだよ」


バババババババンッ!


 俺の拳がトサホークに命中する。

 それは顔、首、肩、胸、腕、腹、太もも。

 1秒間で全ての急所を捉えてやった。


「グブゥウウウッ……!」

 

 奴は20メートル以上吹っ飛んで倒れた。


「ずいぶんと弱かったんだなトサホーク。俺に剣技を教えてくれていた時は、こんなに本気を出していなかっただろ。本気を出してこの様じゃあ、はっきりいって拍子抜けだな」


「お、おんしが強ぉなっただけじゃ」


「おまえレベルじゃあ、剣を抜く気にもなれん」


「こ、殺せ……」


「…………………はぁ?」


わしの全身は骨が折れてボロボロじゃ。もう立てん。殺せ」


「ふざけんなよ。おまえみたいな雑魚を殺してどうすんだよ?」


「ざ、雑魚じゃとぉ!?」


「ああ。犬っころの雑魚戦士だ」


「ぐぬぅうう……」


「G級の荷物持ちにやられた気持ちはどうだ?」


 3年前。

 こいつは俺のことを格下だと思っていたんだ。

 だから、優越感で俺に剣技を教えていた。


「3年前の修練の時はさ。組み手をやっても手を抜いていたよな?」


「…………」


「A級戦士のおまえが本気を出したら、G級の俺は死んじまうもんな。当然か……」


「…………」


「でもさ。おまえは、そんな実力差を鼻にかけることはなかったな。同じ冒険者としてさ。平等に見てくれていたんだ」


「…………」


「優しさか? それとも優越感からの余裕か?」


「ち、違う……。そんなんじゃないっちゃ」


「ああ、わかっているよ。違うよな。おまえはそんな奴じゃない。俺に剣技を教えてくれた切っ掛けは、格上からの余裕ってやつだよな。でもさ。実力差を鼻にかけなかったのは、そういうんじゃないよな?」

 

「…………」


「気が合ったんだ。俺たちは、なんかお互いに一緒にいてさ。居心地が良かったんだ。お互いに尊重してたからさ。自分の強さを鼻にかけるような、嫌なことはしなかった。だよな?」


「…………」


「お互い可愛い妹がいてさ。俺はアリンロッテ。おまえはトサコちゃん。俺たちは兄バカでさ。いつも自分の妹を自慢して。似た者同士だった。それになんだかんだいって、根が真面目なところがあってさ。なんか、陰キャつうか。陽キャになれない雰囲気があってさ。俺たちは似てたんだ。……だよな?」


「…………」


「おまえと一緒に冒険をした3年間さ。仕事終わりにはよく酒を飲んだよな?」


「…………」


「なんで、言わなかったんだよ?」


「…………なんのことじゃ?」


 こいつの妹は重い病だった。

 体内に腫瘍ができるので、それを定期的に切ることが要求されたんだ。


「トサコちゃん。手術が必要だったんだろ?」

 

「な、なんのことっちゃね?」


「3年前。魔神デストラの討伐が決まったあの日。彼女は腫瘍を切除する手術が控えていたんだ」


「そ、それは……」


「隠しても無駄だ。トサコちゃんから聞いたんだよ」


「う、うむ……」


「手術には金が必要だ。だから、おまえは天光の牙を抜けれなかったんだ……。なぜ、そのことを言わなかった?」


「い、言えるわけないがぜよ! 魔神の封印にはライトの血が必要じゃき! じゃけんど、 血の禁止魔技ブラッディアーツの使用は犯罪じゃあ。ゴルドンさんからも口止めされちょった……」


 そうだろうな。

 しかも、俺の口封じが前提だった。

 つまり、俺は魔神を退治するのに殺されるってことだ。

 ゴルドンのことだ。トサコちゃんの手術代を取り上げて、こいつを黙らせたに決まっている。

 魔神討伐の1ヶ月前。それを知ったこいつは俺を避けるようになったんだ。


「俺たちは酒を飲んで。お互いの童貞の悩みを話すくらいに仲が良かったよな?」


「うう……。そ、それとこれとは話が別じゃ」


「友達なのにか?」


「う………………!」


「相談をしないってどういうことだよ?」


「い、言えるわけないっちゃ……。お、おんしを見殺しにする話ぜよ。魔神退治で、ライトを殺す話ぜよぉおおおお!!」


 妹を救うために友を見殺しにする。……か。

 こんな難しい話を1人で抱え込みやがって。


「バカが」


「うう……」


「でもな。俺も同じことをしたかもしれない」


「…………」


「アリンロッテにお金が必要で、そのためにおまえの命が必要だったらさ……。俺も同じような選択をしたかもしれない」


「…………」


「だからって。おまえの罪が許されたわけじゃない。おまえは友達を売った、クズ野郎だ」


「うう……。こ、殺せぇ」


「アホか。なんで俺がクズ野郎の面倒見ないといけないんだよ? おまえはG級冒険者に敗北したクズなんだよ。友達を売ったクズ野郎なんだ。今、全身骨折で動けないだろ? 惨めに生きていけよ。その痛みを抱えて無様に生きて行くんだ。じゃあな」


 俺は振り返って入り口に向かった。


 その時である。

 

「ライトォオオオオオオオオオオオオ!!」


 奴は立ち上がって大斧を振り上げた。


 背を向けた俺に向かって、背後からの攻撃か?

 俺からは見えていなくてもな。残念ながら気流でわかるんだよ。そんな攻撃は俺には通じない──。





ザクン……!!





 それは凄まじい切断音。

 振り返ると、トサホークが自分の右腕を斬り落としていた。




「ライトォオオオオオオオオ! これで手打ちにせぇえええええええ!!」




 やれやれ。

 最期の力を振り絞った謝罪か。


 でもさ。


 俺が受けた苦痛はそんなもんじゃねぇんだよ。


 どんだけおまえのこと。


 友達だと思っていたか。


 この気持ち。わかるか?


 おまえのこと信頼してさ。


 おまえとの酒呑みが楽しくてさ。


 お互いの妹を自慢してさ。


 どっちの妹が可愛いかで喧嘩した時とかさ。


 でも、いい兄貴だなってさ。


 お互いにリスペクトしてさ。


 なんか、こいつには色々話せるわって。

 

 こいつといたら楽しいなって。


 時間すぐ過ぎるわって。


 俺、こいつ好きだなって。


 いい奴だなって。


 友達に裏切られた時の、俺の絶望はよぉお?


 おまえはわかんのかよ?


 ええ、この犬っころがよぉおおお。




「……バカじゃねぇの? そんなことで許すわけねぇだろ」




 トサホークは大粒の涙をボロボロと流した。

 そして、額を地面にくっ付けて土下座する。




「すまんかったぁああああ! ライトォオオオ!! 許してつかーせぇ! すまんかったぁああああああああ!!」




 絶対に許さねぇ。

 許すもんかよ。




──


次回、デストラの復讐ターンです。

お楽しみに!

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