第54話 ロントメルダの監獄

 俺はミギトの姿で巡回兵に捕まって連行されていた。


 馬車で移動するみたいなんだがな。その荷台には俺と似たような黒づくめの剣士が数人乗っていた。

 彼らは俺と間違って連行されているのだろう。俺の顔を知っているのは、天光の牙のメンバーと一部の関係者くらいだからな。

 ずさんなやり方だが、なんとしても俺を捕まえたいという牙の意向が伺える。ゴルドンたちは必死なんだ。

 

 手首についた手錠には、ご丁寧に魔力封印の術式が仕込まれていた。

 こんなちゃちな対策で俺を捕まえられると思っているのがザルだよな。


 馬車は王都を出て半日走る。


 そこは岩場の寂れた土地だった。


 その中に大きな建物がある。


 そこが王都の収監所。王都の罪人を一手に引き受けるヤバイ所。ロントメルダ監獄。

 

 馬車は何台かあるようだ。

 荷台には同じように黒づくめの剣士を乗せている。

 いや、若い女を乗せているのもあるな。あれはなんだろう?


「ほら着いたぞ。降りるんだ」


 兵士が俺たちを誘導する。

 隣りの馬車からは若い女が降りていた。

 歳の頃は15、6。同じような背格好。みんな不安そうに涙目になっているよ。


「おまえたちはこっちだ」


 おっと、俺たちとは別々の場所か。あの女の子たちが気になるな。

 ちょっと、追ってみますか。

 

 俺は右手から目玉を出した。


  追跡飛行眼球トラッキングアイ


 それはフワフワと飛行して女の子たちの行き先を追う。


 この魔法は、眼球が空を飛んで、その見た光景を俺の脳内に伝える便利なものなんだ。

 眼球なんだが周囲の声もしっかりと聞こえる。


 さて、あの子たちは一体?


 女の子たちは監獄に入ると、特別な部屋に通された。

 そこにはネズミの顔をした獣人が1人いた。着ている服はなかなかに豪華で、この監獄では上位職なのが伺える。

 ネズミらしく嫌らしい笑みを見せた。


「チュッチュッチューー。さぁ、娘ども、顔をよく見せるんだ」


 やれやれ。

 こいつは見覚えがあるぞ。天光の牙のメンバー商人のグシェムンと懇意にしていた商人だ。

 ネズミ人のチュウチュウ。あの嫌な笑みは昔から変わらないな。


 チュウチュウは女の顔を見ては、


「ええい。違う。違う。どいつも違うッチュウ!」


 と、苛立ちを見せる。そして、1枚の絵を兵士たちに見せた。


「この能無しどもが! 連れて来るのはこの女ッチュ。よく見ろッチュウ!」


 あの似顔絵……。あの特徴。

 どう見ても……。


「アリンロッテ・バンジャンスを連れて来るッチュウ!!」


 なるほどな。

 チュウチュウは俺たち兄妹の顔を知っているからな。

 大方、天光の牙はアリンロッテを人質にしたいのだろう。

 その選別人にチュウチュウを選んだんだ。


 それにしてもアイツの服装……。

 首には宝石のネックレス。他にも、腕や指にも豪華な装飾品をジャラジャラと身につけているぞ。

 明らかに3年前より羽振りが良くなっているな。

 天光の牙が出世して、そのお溢れでコイツの身分も良くなったと考えていいだろう。


「全員違うッチュウ! 適当に王都に送り返してやるッチュウ!」


 やれやれ。

 勝手に捕まった女の子たちは、いい迷惑だよな。


「ぐぬぅうう! アリンロッテはどこに居るッチュか!?」


 ふふふ。

 残念ながら王都には行ってないんだよな。

 彼女はエンフィールで楽しく暮らしているよ。

 まぁ、王都で流行っている最新の服が買えないことには少し不満があるようだがな。

 それも、天光の牙を倒したら解決する問題さ。


 さて、女の子の件は解決したな。

 チュウチュウはハズレを引きまくって顔を真っ赤にする毎日だろうよ。

 

 次は俺の番だな。


 俺たちは特別な部屋に連れられた。

 そこは拷問道具があちこちに置かれた物騒な部屋だった。

 奥の部屋では兵士が報告をしている。


「獄長。黒づくめを剣士を連れて参りました!」


 大方、その獄長が選別人なんだろう。


 奥の部屋からはの太い声が響く。


「なんや、エルフも連れて来たがか? ったく、ライトは人族や言いゆーろうが」

「申し訳ありません。その男はフードを被っておりまして。連行時は耳の形までは確認できなかった模様です」


 奥の部屋から大きな影がニュウっと出て来る。

 それは2メートルを超える大男だった。

 その顔はいかつい犬。頬の肉はタップリと落ちており、両側についた耳は豚のように垂れていた。

 髭なのか、皮膚の色なのかはわからないが、口と鼻の周りは真っ黒である。


「どれ……。ああ、どいつもこいつもライトじゃないっちゃね。返しちゃれや」


 獄長は面倒臭そうに手を払った。


 ふっ……。この特徴的な喋り方。

 変わってないなぁ。


 連行された男が部屋を出ていく中。俺だけは部屋に残った。


「なんじゃ? もう用はないぞ。とっとと帰れ。馬車で送っちゃるき、そいでえいじゃろう」


「おいおい。勝手に連れて来て、帰れってのは不躾だな」


「王都には犯罪が蔓延っしちゅー。それを取り締まるがはわしらの役目でもあるぜよ。おんしの服装がたまたま犯罪者に似ていただけじゃ。ハズレくじを引いたぁ思うてくれ。別に危害を加えるつもりはないきな。わかったら、とっとと帰ってくれや」


「勝手な言い草だな」


「規律を守るがわしの仕事や」


「そんな堅物だから女にモテない」


「なに!?」


「マタタビ亭の女主人は、あんたが狙っていた猫人の女だろう? 彼女は堅物が嫌いだったはずだぜ」


「……どいて、そがなんを知っちゅうがか?」 


「この部屋は狭い。できれば広くて、ゆっくり話せる場所に移動しないか?」


「……ええやろ」


 俺は地下室に案内された。

 直線を引けば100メートル以上はあるだろうか。ずいぶんと広い場所だ。


「ここは訓練場や。防音は完璧にされちゅう。今は、おんしとわしと2人だけじゃ。誰にも会話を聞かれることはないぜよ。ここならゆっくりと話せるやろう」 


 俺は 物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョンを解いた。


「久しぶりだな。犬人戦士 トサホーク・ガブリエル」


「ライト……。なるほどな。 物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョンは景色だけやなかったんか。エルフにも化けれるがか……」


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