第53話 エルフシステム始動

 エルフシステムを導入してからは、ずいぶんと王都を散策するのが楽しくなった。


 このシステムは、王都に在住するエンフィール出身の120人のエルフたちを情報網として動いてもらう仕組みだ。

 120人は等間隔で管轄があり、その辺一帯の情報を俺に教えてくれる。


 エルフたちの耳には白いイヤリングを付けてもらっていて、それが通信アイテムとなっている。

 互いの顔を思い浮かべて名前を念じるだけで意思疎通が可能なんだ。


 都内を徘徊するだけで数人のエルフと顔を合わせることになる。

 エルフは俺に危険が及ばないように動いてくれているんだ。


『ライト様。100メートル先に自警団の巡回があります。お気をつけください』

『わかった。ありがとう』


 と、こんな感じで、エルフたちが情報をくれる。

 この声は通信イヤリングを通じて脳内に響いているだけなので、他には聞こえない。

 天光の牙の連中は、エルフと俺が繋がっていることを知らないからな。快適に暗躍できるというわけさ。

 

 今は、その120人のエルフたちの顔を覚えるための散歩中。

 向こうは俺を知っているんだけどさ。俺はまだ知らないからな。顔合わせをしとかないと、いざという時に俺の方から連絡が取れないんだよ。


 120人のエルフたちは王都に店を構えていた。

 それはポーション屋だったりアイテムショップ、カフェ、雑貨屋。と様々。

 王都内に12の店舗をもっており、それがエルフシステムの拠点となっている。


 俺が王都を歩くのは主に2人の姿だ。エンフィール出身の、エルフの少年ミギトと、同じくエンフィール出身のエルフの少女ミギエ。

 この2人は、エンフィールが盗賊団に襲われた時に命を落としたエルフだ。

 亡くなったエルフが天光の牙に復讐をするという図式はなんだか気分がいいじゃないか。

 

 んで、今はエルフの少女ミギエで散歩中。


「あ! ミギエちゃんっす! おーーい、ミギエちゃーーんっす!!」


 おお、まさか知人に会うとは……。


 彼女は爆乳を揺らして俺の方までやってきた。

 占い師ベリベーラの一件で友達になったハツミだ。


「偶然っすね。えへへ」


 彼女は大きな手籠を持っていた。

 買い物に出ていたのだろう。


「久しぶり。元気そうだね」


「えへへ。おかげさまっす。ミギエちゃんはどうっすか? 冒険者になるって言ってたっすけど?」


「ああ、ギルドに登録してね。なんとかやっているよ」


 冒険者ギルドにはエルフシステムのエルフが受付嬢として潜入している。

 だから、ミギエの冒険者登録などは簡単にできてしまうのだ。


 彼女を巻き込まないためにも、天光の牙はなんとかしたいよな。

 

『ライト様。騎士団の巡回兵です。馬が3頭。歩兵は5人。そちらに向かっております』


 やれやれ。

 王都内の巡回がやたらと強化されているな。

 

あーしは果物を買いに来たんす。子供たちがリィンゴパイが好きなので、作ってあげようと思っているっす」


「へぇ。じゃあ、いい果物屋があるからそっちに行こうか」


 俺は巡回兵を避けるように、ハツミをエルフが運営する果物屋に連れて行った。

 露店には多種多様な果物が置かれている。


「うわぁ。エルフの果物屋っすか! こんな場所にあるなんて知らなかったっす」


 この店は俺も来るのが初めてだ。今回は顔合わせの意味がある。


「うわぁ。リィンゴがいっぱいあるっすねぇ。さぁ、新鮮なリィンゴを選ぶっすよぉ」


 リィンゴは腐るのが早い果物だからな。

 新鮮な物を選ぶにはそれなりの目利きが必要だ。


『ライト様。右から2個目。左から4個目のリィンゴが新鮮です』


 この店の経営者はエルフシステムのエルフだ。

 こうやって有益な情報を教えてくれるのは便利だよな。


「んじゃあ、私が選んであげるよ。これと、これとこれ。あと、このリィンゴはどうかな?」


『ライト様。お見事です。そのリィンゴは新鮮でございます』


「よし。んじゃ、これにしよう」


「うわぁ! すごいっす。ミギエちゃんは農家の娘なんすか? 全部、新鮮なリィンゴっすよ!」


「まぁ、エルフだからね」


 本当は違うが……。


「流石はミギエちゃんっす! そのリィンゴは全部買わせてもらうっす!」


 店員のエルフが集計する。


「では、全て半額にさせていただきますね」


「えーー!? なんすかそのサービスはぁ!?」


「あちらの方が一緒にいるので……」


 と、エルフは俺に目をやった。


「うはぁああ! エルフ同士はこういうサービスがあるんすね!」


「ははは。まぁね」


 店員は他にも果物を持ってきた。


「こちらは今朝穫れたマンゴーンとバナナーです」


「あ、いや。そんな高級な果物。買う予定はないっすよ」


「お代はいりません。初めての来店としてサービスいたしますよ」


「え!? いや、でも……。悪いっす」


「いえいえ。ミギエさんのお連れ様なら当然のサービスですよ」


「ふは! ミギエちゃんすごいっす! 一緒に来て良かったっす!!」


 やれやれ。


『サービスしすぎだろ』

『構いません。ライト様のお連れ様ならば全て無料でも良いくらいなのです』


 ハツミはホクホクの笑顔で会計を済ませた。

 手籠には一杯の果物を詰めて。


「エヘヘ。ミギエちゃんのおかげですごい得しちゃったっす」


「良かったね」


「これから孤児院に来ないっすか? 美味しいリィンゴパイをご馳走するっすよ?」


「行きたいけど遠慮しておくよ。ちょっと用事があるからね」


「そうっすか、残念っす。あーしのお菓子を食べて欲しかったっすよ」


「その内、必ず遊びに行くから」


「絶対っすよ! シスターペリーヌもミギエちゃんに会いたがっているっす」


「うん。必ず、近い内に行くよ」


 牙の悪業をぶっ潰したらね。


 俺はハツミと別れた。


『ライト様。新情報です。巡回兵たちは黒づくめの剣士の男ばかりを捕まえているようですよ』

『へぇ……。黒づくめの剣士か』


 要するに俺の普段着ね。

 本人確認が取れないから、まずは逮捕して勾留してるってことか。

 ちょっと探りますか。


 俺は 物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョンを使って、エルフの少年ミギトの姿になった。

 その服装はいつものライトの姿。黒いマントの黒づくめ。腰には剣を差している。

 尖った耳はフードで隠しますか。

 これで、王都を歩けば……。


「おい。そこの男! ちょっと聞きたいことがある! 我々と一緒に来てもらおうか!?」


 俺は巡回兵に捕まった。

 手首に鎖を付けれて連行される。

 ちょっとした犯罪者だな。


 脳内にエルフたちの声が錯綜する。


『た、大変です!』

『ラ、ライト様が捕まった!』

『ああ、ライト様ぁあああ!!』

『ライト様! 助けに参ります!』


 しまった。

 作戦を伝えておくべきだった。


『落ち着いてくれ! これはわざとだ!! ちょっと内情を探るだけだよ。心配いらないから』


『ああ、良かったです』

『ふぅ……驚きました』

『寿命が縮まりましたよ』

『安心しましたぁ……』

『ああ、本当に良かった』


 やれやれ。

 エルフシステムの弊害だな。

 1人だけで動く場合は、みんなに事前に周知させてやらないと大勢に心配をかけることになるのか。


 まぁ、なにごとも慣れだな。

 便利なシステムであるには代わりがないんだからさ。


 さて、連行先はどこに行くのか?

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