第50話 天使様

 俺は、ハツミを孤児院で雇ってもらうように勧めた。

 シスターペリーヌは温かい笑みで返してくれる。


「孤児院は人手が足りません。お金はあるのですが、いい人材が集まらなくて困っていたところです。天使様の推薦ならば大歓迎ですよ! 喜んでお引き受けいたします」


「ありがとう」


「えええ!? あーしが孤児院で働くっすか!? 子供大好きっすけど……。勉強が苦手っす」


「ふふふ。ハツミさん。大丈夫ですよ。勉強よりも孤児たちを面倒みてくれれば大助かりです」


「あは! それなら任して欲しいっす! 掃除、洗濯、料理! なんでもやってみせるっす!」


「ふふふ。頼もしいですね。これからよろしくお願いしますね」


「はい! よろしくっす!」


 よしよし。

 上手くいったぞ。


 2人とも、とんでもない美少女だから、この孤児院は人気になるだろう。


 シスターは女神ウーデルディーネの像に向かって手を合わせた。


「ああ、天使様。ありがとうございます。これも貴方様のお導きです……」


 うーーん。


「なぁ、その天使って?」


「黒ずくめの剣士様のことです」


 おいおい。

 俺は天使じゃねぇってば。

 間違っても普通の人間でもない。

 右手に魔神を宿して、元仲間の右腕を斬り落としているんだからな。


「天使様は孤児院の設立に寄与され、迷える孤児たちを救ってくれました。そして、目の前の火事は天使様の所業なのでしょう。例え、よくない事であったとしても、あそこは違法な娼館ができる予定でした。事前に悪業を潰したのは天使様の偉業としか言いようがありません」


 ……そんな、大層なもんじゃないけどな。

 俺はベリベーラに復讐をしただけさ。


「我々は天使様に救われているのです」


 やれやれ。

 まいったな。


「あーー! そういえば、あーしもそうかもしれないっす! グシェムン伯爵の事件といい、娼館の火事といい。あーしは2回も助けられているっす」


 いやいや。

 助けてるってか偶然だよ。

 たまたま、おまえがその場所に居合わせただけ。

 なんなら、ちょっと被害者かもしれんしさ。


「こんな素敵な就職先まで見つけてくれて、3回も助けてもらってるっす!!」


「祈りましょう。これも女神ウーデルディーネのご加護です。きっと、天使様は女神様の使い。我々を見守ってくれているのです」


「はい。天使様ぁ。ありがとうっすぅうう」


 と、2人は女神像に手を合わす。


 やれやれ。

 勘違いも大概だな。

 俺からすれば、この場所は厄介払いみたいな感じなんだがなぁ……。

 

 でもまぁ、この2人なら仲良くやってくれそうだな。


「じゃあ、私はこれで。ハツミ。がんばってな」


「えーー! ミギエちゃんはここで働かないっすか!? せっかく仲良くなったのにぃ」


「柄じゃないよ。私は冒険者ギルドにでも行こうと思う。戦っている方が性に合ってるよ」


「そっかぁ。ミギエちゃんは強いっすもんねぇ。また、会いたいっす」


「うん。気が向いたら顔を観にくるよ」


「あはは! 絶対っすよ!!」


 シスターは俺の顔を見つめた。


「……あなたは天使様のことは知らないのですか?」


「ああ。なんにも知らないよ」


「……………そうですか」


 そんな残念そうな顔するなっての。


「その……。天使様だっけ? そんなに良い奴なのかな? 人殺しのヤバイ奴かもよ?」


 シスターは微笑んだ。

 それはもう、後光が差すくらいの温かい笑み。


「あの方は優しい人です。困っている者を見過ごせない。本当に……天使」


 やれやれ。

 勘違いなんだがなぁ。


「私は天使様に御恩返しをしたいと思っております。きっと、あの人は闘っている。辛い想いをしているのです。私は、一生をかけてでも、あの方の苦悩を癒してあげたいと思っております」


「………ふーーん。もう救われているかもしれないよ。シスターペリーヌ。からさ」


「……………え?」


 彼女は眉を寄せた。

 その言葉になにかを勘付いたように。

 俺の顔をジッと見つめて、その瞳の奥を探る。


「あなたは……?」


 ヤバッ!

 なんか気づかれたか!?


「じゃ、じゃあ、私はこれで失礼するよ!」


「ミ、ミギエさん! 天使様にお会いしたらお伝えください! 私はいつでも力になると!」


「あ、うん。伝えておく。会えたらね。じゃあ」


 ふぅ。なんか焦った。

 彼女。ちょっと鋭い感じがするんだよなぁ。




 俺は空を飛んでエルフの国エンフィールに向かっていた。


「さて、帰ったら作戦会議だぞ」


『ほぉ……。珍しいの。エルフの姫、ノーラの力を借りるのかえ?』


「まぁな。ベリベーラの娼館は、俺を誘き寄せるものだったからな。また、こんなことをされちゃあ堪んないよ」


『ゴルドンの差し金じゃろう。王城に忍び込んで暗殺すればことは済む』


「それじゃあ、奴らは英雄になっちゃうよ。魔神デストラを討伐したことが永遠に語り継がれるんだぜ?」


『おえぇ……。吐き気がするわい』


「ゴルドンの悪事を王都に知らしめなくちゃな。そのための作戦会議さ」


『なるほどのぉ。たしかに、簡単に殺しては面白くない。苦しめて、自分のやったことを、とことんまで後悔させてやらんとなぁ。ククク』


「あいつらは、悪い事ばっかり考えているからな」


『本当じゃわい。魔神より悪どい奴らなのじゃ!』


「だな」


『それにしても納得がいかぬな。なんでわらわが王都を助けなくてはならんのじゃ!』


「ハハハ! 魔神が王都を救う……か。フフフ。それも面白いじゃないか」


『笑い事ではないのじゃ!』


「まぁ、これも運命さ。さぁ帰って会議だけどさ。まずはアリンロッテで癒されるのは必須事項だからな」


『むぅうう! また、アリンロッテか!』


「腹減ってるだろ? シチューを作って待ってくれてるぞ」


『むむむむ。5杯はお代わりしてくれよう』


「食い過ぎだっての。太るぞ」


『ふん。そんなことがあるものか。わらわのスリムな体型は魔力によって維持されておるのじゃ』


「でもさ。なんか最近、下腹がポコっと出てるんじゃないか?」


『うなーー! わらわの美貌は永遠なのじゃぁああ!』


「ははは」


『ライトは意地悪なのじゃ……うう。まぁ、そういうのは嫌いではないが……』


 こいつ、普段は強気なくせに、攻められると喜ぶ癖があるんだよなぁ……。

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