第49話 ヒダリオの左手

 銀髪のヒダリオは、失った左手を再生させるために旅に出ることにした。


 その行先は新宗教団体の支配下であるハンド霊山である。

 そこは、義手を作る技巧師がいる村とは違う場所。違和感を覚えたゴルドンは眉を寄せた。


「ハンド霊山とは聞いたことがありませんな。それにこの地図の場所、馬車で行けば2週間もかかりますよ。こんな所になにをされに行くのですか?」


「もちろん、失った左手を再生させるためさ。僕が馬を走らせれば1週間で着く」


「お、お1人で行かれるのですか?」


「ああ。君には、粗方の作戦は伝えただろう。あとの指揮は任せるよ」


「ご、護衛もつけずに馬を走らせるのですか? あ、あなたは左腕が無いのですよ!?」


「ふん。僕に護衛は不要だよ。右腕だけでも戦力は間に合っているさ。それに1人の方が早く動けるしね」


「し、しかし、そんな遠くの場所になにをしに行かれるのですか?」


「女神教の分派がある」


 ゴルドンは目を見開いた。


「初耳です。信仰対象は女神ウーデルディーネですか?」


「いや。妹女神のサハンドリィーネだ」


「女神に妹がいたのですか?」


「最近降臨したらしい。ハンド山の大樹に宿って周囲に加護をもたらしているんだと。最近になってハンド霊山と名前が変わったんだ」


「新宗教ですか?」


妹女神教いもうとめがみきょう。信仰者は1000人程度の小さな団体さ。信者が1000万人を超える女神教とは桁が違うな」


「しかし、女神の加護があるのならば、新しい魔法も生まれるやもしれません。団体は拡大するでしょうな」


「女神教は武装兵が多い。とても敵に回したくない存在だ。しかし、信仰者が1000人程度の妹女神教なら、僕が入る隙はあるのさ」


 ゴルドンは把握したようにニヤリと笑う。


「支配……されるのですか?」


「以前から考えていた。左手を失った今。義手の代わりに女神を宿すのも悪くないと思ってね」


「女神を……宿す?」


「魔神を封印するのは魔封紅血族の生き血が必要だ。しかし、女神を封印する場合は常人の血でも構わない。たった数千人程度の生き血があれば 血の禁止魔技ブラッディアーツは成功するのさ。もともと、女神族と人族は親和性があるからね。女神の加護を受けれるのはその象徴だ。互いに相性がいいんだろう」


「信者を殺して女神を体に取り込むわけですね?」


「そういうことだね。そのためには千人程度の犠牲があるだろうけどさ。ふふふ。僕の血肉になるんなら光栄なことだろうよ」


「ええ。本当に」


「僕はこの世を救う救世主だ。いわば、正義の味方。正義のためならなにをしたって許されるのさ」


「そのとおりでございます。ヒダリオ様は正義。敵対する者は悪です」


 ヒダリオは満足気に笑った。

 それが自分の使命だと実感するように。




「僕は正義。ライトは悪だ」




 ヒダリオは馬を走らせた。

 その操作はとても片腕とは思えないほどに早い。

 彼が向かうのは、妹女神教が存在するハンド霊山である。




〜〜ライト視点〜〜


 俺はエルフの少女ミギエに変身していた。

 眠ったハツミを連れてシスターペリーヌが運営する教会に潜る。


 教会の外は騒がしかった。

 なにせ、大通りを挟んだ対面の建物が火事だからだ。そこはベリベーラの占い館。

 俺がファイヤーボールを放って燃やしてやった。だいたい、占い館なんてのは表向きで、その内情は違法な娼館になる予定だったんだからな。

 燃やされて当然だろう。


「あ、あれぇえ!? こ、ここはどこっすかぁ??」


 顎にホクロがある爆乳少女ハツミは目を覚ました。


 俺はミギエの姿で、経緯を話す。


「実はさ。あなたと私が飲んだお茶には睡眠薬が入っていてね。2人とも眠らされちゃったのよ」


 ハツミは股間に手を突っ込む。


「え!? じゃあ、あーしは奪われちゃったっすか!?」


 彼女は目に涙を貯める。


「あ、あーし……。初めては好きな人に捧げるって決めてたっす。うう……」


「お、落ち着けって。黒ずくめの剣士が来てね。私たちを助けてくれたんだ。私はギリギリ起きていてさ。その人の顔は見えなかったけどね。その人がベリベーラをやっつけてくれたんだよ」


「ほ、本当っすか……。ああ、良かったぁ……。あーしの純潔が守られたっす」


「ははは……」


 シスターペリーヌは外の消火活動を気にしながら、俺たちの方へと駆け寄った。


「どうぞ。熱いお茶を持ってきました。落ち着きますよ」


 この人はやっぱり優しいな。

 なにかと気を遣ってくれる。


「ミギエさん……。と、いいましたか?」


「ああ」


「ここへ来たのは、その黒ずくめの剣士様に言われて?」


 その剣士とは俺のことだ。

 自分で自分のことを話すなんて、ちょっと妙な感じはあるがな。辻褄を合わせるためには仕方ない。


「うん。シスターを頼れって」


「その剣士様の顔は見られましたか?」


「……いや、見てない」


「そう……ですか……」


 と、顔を曇らせる。


 悪いが、名乗るわけにはいかない。

 ライト・バンジャンスは王都では犯罪者になっている。

 この教会と関係があることがバレるとシスターの身が危ないからな。

 あんたはあくまでも外側の人間だ。俺の復讐に巻き込むわけにはいかないのさ。


「彼女。ハツミっていうんだけど。ちょっと、おっちょこちょいな感じはあるんだけどね。真面目で素直な子だからさ」


「お、おっちょこちょいは余計っす!」


「ははは。まぁ、私じゃなくて、その剣士からの伝言だから。シスター……。彼女を孤児院で雇ってやって欲しい」


 シスターはニコリと微笑んだ。

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