第48話 白銀剣士の正体

〜〜三人称視点〜〜


 少しだけ時間は戻る。

 ライトがベリベーラの娼館に潜入した時点の話。


 ここは王都ロントメルダの城。

 老婆は水晶が真っ赤に光ったことを確認した。


「ゴルドン様。ベリベーラの娼館に高魔力の持ち主が侵入しましたのじゃ」


 その水晶は、ライトの侵入を知らせる物だったらしい。

 そもそも、娼館は『腕斬り』をおびき寄せる罠だったのだ。

 魔神クラスの魔力持ちが侵入すれば、この水晶が赤く光って知らせる仕組みになっていた。


 大剣使いのゴルドンは銀髪のヒダリオと共に、王城の地下にある秘密の部屋へと足を運ぶ。

 この場所は、王城でも知っているのは2人だけである。

 その部屋の床には、大きな魔法陣が描かれていた。


 ヒダリオは全身白銀の鎧に身を包んでいた。

 兜を被れば正体はわからない。


 魔法陣が光れば転移の合図である。

 ヒダリオは兜の中でニヤリと笑った。それは勝利を確信したような、満面の笑み。


「ベリベーラが転移魔法陣を発動させた。敵がかかったらしい」


 彼女には、魔神級の対策ができていると伝えいていた。

 腕斬りの脅威に対抗すべく、ヒダリオは自分自身が正体を隠して戦う計画を練っていたのである。彼は魔神デストラの討伐をした3年前より明らかに強くなっていた。

 新技 次元両断殺ディメンションマーダーはどんな物体も切断してしまう剣撃。これさえあれば、たとえ魔神クラスの相手でも勝てる見込みがあったのだ。


「ヒダリオ様……。お気をつけて」


「ふふふ。僕が奴の正体を暴いてやるよ。ついでに殺せば事件は解決さ」


「腕斬りは強いです。くれぐれも油断せぬよう」


「ふん。僕は負けない。最強の魔法に、最強の剣技。そして、最強の頭脳。この計画を立てたのは僕だ。おまえたちが翻弄されていた『腕斬り』の正体も、僕にかかれば簡単に見つけてしまうのさ。安心しろ。すぐにでも殺してやるよ」


「ご武運を」


「すぐに終わらせてやるよ。この白銀剣士がな。ククク。腕斬りの首を持って帰る。楽しみに待っていろ」



──10分後。


 転移魔法陣は再び淡い光りを発した。

 出てきたのは白銀剣士ことヒダリオである。

 しかし、その左腕は切断されておりダラダラと血を流していた。


「ヒ、ヒダリオ様!?」


「やられた……。僕の左腕が斬られたよ」


「切断された部位は持ってこられたのですか!? 腕の良い回復術師に治させます!」


「魔法で飛散したよ。バラバラだ」


 無くなった部位を再生させるには特別な自己再生能力が必要である。

 それは魔神クラスの能力で、とても人間にできる芸当ではない。

 つまり、今現時点で彼の無くなった左腕を再生することはできないのである


「義手を付けるしかありませんな……。傷の手当をしましょう。しかし……、一体誰にやられたのですか!? ヒダリオ様ほどの実力者が!?」


「ライトだ」


「え?」


「……腕斬りの正体は、ライト・バンジャンスだった」


「そ、そんなバカな!? 奴はG級の剣士。天光の牙では荷物持ちをしていたんですよ!?」


「右手に魔神デストラを宿していた……。僕の左腕を、いとも簡単に斬り落としたよ」


「そ、そんな……。あり得ない!?」


「魂在融合だ」


「ど、どうして!? 人間が魔神の魂を取り込むなんてできるわけがありません!?」


「おそらく魔封紅血族の血だろう。魔神を封印する力が、デストラの魔力を抑え、その魂を取り込んだんだ」


「で、では……。魔神デストラは生きていたのですか?」


「ああ。ライトの魂と同化してな。斬り落とした右腕の代わりになっていた」


(まさか、 次元両断殺ディメンションマーダーが躱されるとは思わなかった。3年前の魔神デストラレベルなら、僕1人でも倒せていたんだ。僕は3年前より確実に強くなっていたのに……。デストラは……。いや、デストラを宿したライトは3年前の魔神より明らかに強かった。魂在融合の影響か……。ライトは本気を出していなかった。あの余裕……。3年前の倍以上の強さだ。今のままではとても勝てん)


「そ、そんな……。まずいことになりましたな」


「ああ……。このことが王立魔法審議会に知られては、僕たちの計画はおしまいだ。チェスラ姫との婚約は破棄。僕たちは 血の禁止魔技ブラッディアーツを使った罪により投獄される」


 王立魔法審議会とは王都の魔法犯罪を取り締まる特別機関である。

 その歴史は王都の設立以前より存在し、独自の組織を形成していた。

 主に魔法関連の規律を取り締まり、魔法による治安の乱れを監視する組織だ。

 もちろん、王城の騎士団や自警団とは別機関。個別のルールを持っており、王都の平和維持のために強力な権限を持って活動ができる。


「しかし、ライトが審議会に申請を出そうにも、右手に魔神を宿しているのならば、そうもいきませんよ。魔神は討伐の対象ですからな。審議会に知られれば奴は人類の敵ということになる」


「だが、我々の罪が追求されるのは必須だ」


「審議会への買収は進んでいないのですか?」


「戒律が厳しいからな。部外者が入るのは難しい。だから、ボルボボン卿にそれをさせる予定だったんだ。女神教徒のシスターペリーヌを王城に連れ込んでいたのはそのためさ」


「シスターペリーヌ……。あの見た目が美しい修道女ですか? あの女が審議会と関係があるのですか?」


「審議会の構成員は敬虔な女神教徒なのさ。女神ウーデルディーネを信仰している奴らだよ。シスターペリーヌと仲が深まればそこから審議会に繋がりが作れた。僕はそこまで計算してね。自然な形でボルボボンとの仲を繋げてやっていたのさ」


「さ、流石はヒダリオ様だ。私の知らないところでも計画は進んでいた……。しかし、ボルボボンは腕斬りに……。いや、ライトに殺された。審議会の買収は頓挫したというわけですね」


「だから、婚約を早めたのさ。僕が王座につけば王都のルールは僕が操作できるからね。僕が王になれば 血の禁止魔技ブラッディアーツは解禁だ。魔法の平和維持なんぞ。僕の統率力でなんとでもなるさ。懐古主義者の審議会が、強力な魔法の監視で平和を維持できると本気で思ってやがる。ハッキリ言って愚行だね。平和はルールで作るんじゃない。能力のある人間が支配して与えてやるものなのさ」


「そのとおりです。王都の平和はヒダリオ様が作るのです」


「審議会の目がある限り、 血の禁止魔技ブラッディアーツを使った者は重罪だ。早急にルールを改変する必要がある。チェスラとの結婚を急ぎたいがな」


「姫との結婚式は王都を挙げて祝います。その必要経費は10億コズンです」


「天光の牙の財産は?」


「約5億。ストーン教団が解散し、裏の収入は無くなりました。結婚式の資金にはとても足りません」


「ちっ。解呪士のジィバもライトにやられたんだったな」


「牙の財源が無くなっています。加えて、魔神石化病でのコントロールもできなくなりました。あの病があれば、ストーン教団は救世主になれたのに」


「すべてライトか……」


「そうなると、エンフィールを襲撃したズックの盗賊団を倒したのもライトということになりますね」


「忌々しい荷物持ちだ。僕の計画が全て潰されている。まさか、あんな雑魚にここまでされるとはな」


「意外でしたね」


「とにかく金が必要だ。なんとしてもエンフィールの金鉱山が欲しい」


「エンフィールとは同盟を結んでいます。ですが、事実上は断行状態。とても手が出せませんよ」


 ヒダリオは右手の指を立てた。


「僕たちの選択肢は3つある。1つ目は、王立魔法審議会の買収だ。ここを操作できればライトが絡んでも僕たちの罪を不問にできる。 血の禁止魔技ブラッディアーツが解禁されれば僕たちは罪人ではなくなるのさ。魔神デストラが生きていることがわかっても、僕たちの地位は安泰だ。2つ目はエンフィールの金鉱山を手にいれる。土地価格数千億コズン。ここが手に入れば問題は全て解決する。チェスラ姫との結婚は進み、僕が王都の王になる。そうなれば、やりたい放題だ。目障りな審議会だって王城の兵力で潰してやるさ。そして、最後の3つ目──」


 ゴルドンは目を細めた。その最後の選択肢に耳を傾ける。



「──ライトの抹殺だ。奴が死ねば、時間をかけてでも金を貯めることができる。邪魔者がいなくなれば王都は僕たちの物になるのさ」



 ヒダリオは無くなった左手を布で隠しながら地上階に出た。3つの選択肢を実行するには入念な計画が必要である。まずは、義手を付けて、この負傷を城内に隠す必要があった。婚約者のチェスラ姫からすれば寝耳に水。婚約者の左手が急に無くなっていれば、不気味な印象を受けるのは当然なのである。


 ヒダリオの部屋に行こうとした時、部下が彼らを呼び止めた。


「ゴルドン様、大変です! ベリベーラの占い館が燃えております! 只今、自警団と共に消火作業に追われております!!」


 2人は察した。 

 ベリベーラはライトに殺られたと。

 彼女の戦闘力で、魔神の力を右手に宿したライトに勝てるわけはないのだ。


 ヒダリオは目を細める。


(このままではまずい。天光の牙は全滅だ)


 彼は奥歯をギリギリと噛んだ。


(ライト……。僕を舐めるなよ。僕が最強の魔法剣士なんだ!)

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