第43話 ナイレウスの死因調査【後編】

 盗賊団デーモンスターの襲撃以来、ズックは音信不通になり、その死体は見つかっていない。

 その上、その日を境にエンフィールとの貿易は破談が続いており、まるで国同士の断交状態になっているのだ。


 従来、断交には正式な発表や話し合いが持たれるのだが、その辺があやふやで、デーモンスターの襲撃を知らない王都の王室としては混乱が続いているのである。

 大剣使いのゴルドンは、ノーラ姫の醸し出す冷たい雰囲気をある程度察していた。彼女は、デーモンスターが王都の差し金であることに気がついているのだ。

 この不思議な断交状態は、確実にそれが起因しているのである。今回、眼帯のナイレウスがこのクエストに参加したのは、このエンフィールの内情を探るためだった。

 ナイレウスがミギトを誘ったのは、これらと関係があるのは間違いないのである。


 ゴルドンがナイレウスに渡していた魔道具、魔法の奴隷首輪マジックスレイバーはミギトに使われる物だったはず。このアイテムの効果で、ミギトを自由に操ってエンフィールに忍び込み、内部情報を調べる算段だったのだ。

 そんな魔道具が、ナイレウスの首に身に付けられていたのである。


 ゴルドンはミギトを睨みつける。ナイレウスの死体から取り上げた魔法の奴隷首輪マジックスレイバーを見せた。


「これに見覚えは?」


「なんですか、それ?」


「いや。知らないならいい」


 ミギトの聞き込みは終わった。


 ゴルドンとジャスティは腕を組む。

 事件は暗礁に乗り上げたのだ。


「腕斬りにやられたって感じだね。何一つ証拠が出ないよ」


「なにかが引っかかる……」


「なにかって?」


「上手くいき過ぎているのだ」


「どういうことさ?」


「全てにアリバイがあり、筋が通っている」


「うん。だから、手がかりがないってことでしょ?」


「完璧すぎる……」


「腕斬りはいつもそうじゃない」


「エンフィールからポーションを運ぶクエストが出ているな。このタイミングで……」


「王都とは断交状態だけどさ。エルフ間の繋がりは別でしょ? 仕事をあげないと王都で困窮しちゃうじゃない。エルフ特有の助け合いの精神ってやつだよ」


「しかし、よくよく考えればおかしいかもしれん。エンフィールからの依頼なら、天光の牙が食いつくのは目に見えている。まるで撒き餌を撒かれたような気分だ」


「じゃあ、腕斬りが根回ししたのかな? 手間すぎない??」


「そこなんだ……。手間がすぎる。そんなことをする意味がないのだ」


「だよね。彼は睡眠魔法も木属性の魔法も、自由自在に使えるって話だよ。それを、わざわざクエストを仕込んで右腕を斬り落としにいくのはね。流石に効率悪すぎないかな?」


「その通りだな」


「ナイレウスの寝込みを襲うなり、なんなり。ボルボボンやグシェムンより簡単にできると思うけどね。彼の住居に護衛なんていないんだからさ」


「そうだな」


「偶然じゃない?」


「………………………違和感はあるがよくわからん。調べると必ずアリバイがあり、問題がない」


「探りすぎじゃない? 深く考えすぎだよ」


「……いや。魔法の奴隷首輪マジックスレイバーのことに説明がついていない。あの魔道具を、ナイレウスが身につけていた理由がまだわかっていないのだ」


「うーーん。状況証拠だと、参加したメンバーは、初めて見るアイテムってことになっているね」


「つまり、あのクエストで、魔法の奴隷首輪マジックスレイバーのことを知っていたのは、ナイレウスと腕斬りだけだ」


「ナイレウスが自分で身につけることはないだろうからね」


「腕斬りだ。奴がナイレウスに身につけさせたんだ」


魔法の奴隷首輪マジックスレイバーは簡易的に奴隷状態にして、なんでもいうことを聞かせるアイテムでしょ? 腕斬りは、彼になにを命令したんだろうね?」


「……我々のことを探ったのかもしれん」


「それはあるかもね。ヒダリオを使って王都を征服しようといていることとかさ。知られたらまずいよね」


「……………………………いや、違うな」


「え? なにが?」


「回収していない……」


「なにを?」


魔法の奴隷首輪マジックスレイバーだ」


「そういえば……。魔法の奴隷首輪マジックスレイバーはナイレウスの死体にかかったままだったね」


「おまえならどうする? 魔法の奴隷首輪マジックスレイバーを使った後の話しだ」


「そりゃあ、こんなに便利なアイテムだよ。回収して他の人間に使うよね……あ!」


「そういうことだ。こんな貴重なアイテムを見捨てる理由がない。他の人間にも使って自分に有利な情報を引き出すはずだ」


「ひ、必要ないんだ……」


 ジャスティは、自分の手の中が汗だらけになっていることに気がついた。

 これほどまでに大量の手汗をかいたことはない。

 

「つ、強いね。……腕斬り」


魔法の奴隷首輪マジックスレイバーが必要ないほどにな。奴が、どれほどの情報を握っているのかはわからない。だが、確実に余裕がある」


「まるで遊んでいるみたいだね……。腕を斬ることを楽しんでいるんだ」


「このクエストでナイレウスを殺したのは偶然かもしれない。しかし、その偶然を楽しむほどに、奴には余裕があるんだ」


「ナイレウスは相当に腕が立つよ。彼はS級に相応しい実力者だった。そんな彼を殺すのに余裕があるなんてね。……悪夢だよ」


「腕斬りと1対1は危険だな。まず勝てんだろう」


「部下を強化して身を堅める必要がありそうだね」


「魔力封じの魔道具を用意させよう。組織全体で対策するんだ」


「だね。天光の牙が半分もやられちゃったよ。みんなA級以上の実力者ばかりなのにさ」


「残ったメンバーは6人。明日は我が身だ」


ゴクリ。


 ジャスティは唾を飲み込んだ。


 ゴルドンは汗を拭った。

 しかし、絶望はしていない。

 その瞳には大剣使いの闘志が宿っていた。


「腕斬りを見つけるんだ。奴は王都周辺にいる」


 彼の頭はエンフィールのことも考えていた。


「ポーションを運ぶクエストは続行中だろ? 騎士団と自警団からメンバーを参加させてやろう。エンフィールの内情を探らせるにはスパイが必要だ」


「いや。この事故があってからクエストはキャンセルされたよ。なので、エンフィールに入る事情はなくなったね」


「ちっ……! クソが」

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