第42話 ナイレウスの死因調査【前編】


〜〜三人称視点〜〜


 ミギトたちはクエストを断念した。

 続行しても良かったが、ギルドマスターの死亡はギルド全体の問題になるのだ。

 

 赤髪の女剣士マルシェの指示で、眼帯のナイレウスの死体はギルドに持ち帰ることになった。

 その死因調査として入ったのが、いつものメンバー。

 王都の自警団と王城の騎士団である。

 なにせ、ナイレウスは天光の牙の一員なのだ。メンバーの死には、なにかと理由をつけて、この2つの組織が動くことになっている。

 今回の名目はギルドの秩序を保つため、ということらしい。それに、ナイレウスの本職は王城の戦術指南役である。その死因調査に騎士団が入るのは自然なことなのだ。


 自警団の団長ジャスティは、ナイレウスの遺体を見て眉を寄せた。


「体はジャイアントキラーリザードに食われてボロボロだね。骨が砕かれているよ」


 しかし、気になっているのはそこではない。

 騎士団長である、大剣使いのゴルドンは眉をピクリと動かした。

 首に巻かれている魔道具、魔法の奴隷首輪マジックスレイバーの不自然さはなにより、体の一部が明らかに欠損している。そのことに嫌悪感を抱いたのだ。


「右腕が無い……」


「マルシェの話しだと、トカゲに食われたってさ」


「……トカゲに砕かれたにしては骨からバッサリいかれている。この切り口は奴だ」


「腕斬り……だね」


「ちっ……」


「商人のグシェムン。回復術師のボルボボン。白魔法使いのシビレーヌ。……盗賊のズックもそうなのかな? 最後は眼帯のナイレウスか。5人目の被害者だね」


「いや……6人だ」


「ああ、連絡が取れなくなった解呪士ジィバのことかい? あの爺さんも腕斬りにやられちゃったの?」


「サンジ村で死体が見つかった。右腕は見事に斬られている。ストーン教は解散だ」


「あらあら、王城の財源が無くなっちゃったね。教団のお布施はなかなかの収入源だったのにさ」


「エルフの国エンフィールとの貿易が破談しているからな。王都の財源が枯渇している」


「銀髪のヒダリオがお姫様と婚約したんでしょ? せっかく天光の牙がここまで躍進したのにさ。お金が無いと伯爵の息子であるヒダリオとの婚約は破談だね。王都征服の夢は絶たれるってわけだ。僕たちが巻き起こす友情勝利の大出世はここまでだね。残念」


「ナイレウスはエンフィールの内部調査をする予定だった。ギルドにクエスト依頼が来ていたからな」


「ポーションを買い付けるっていうやつね。エンフィールがそんな物を欲しがる理由はわからないけどね」


「王都に移住しているエルフ族で、エンフィールと懇意にしている連中がいるのさ。同じ種族だから助け合いの精神だろう。王城とは貿易はしないがエルフ間は別なのさ」


「ふーーん。ナイレウスが入り込むチャンスだったのにね」


「ナイレウスは剣の達人だ。頭もいい。そんな奴がやられるとはな……」


「強いね……。腕斬り」


 2人はすぐにエルフの少年ミギトに存在に注目することになった。

 彼らはミギトを呼んで聞き込みを続けることにした。


「君……。G級なのにすごいね。ゴブリンボスを倒したんだ」


「偶然ですね。上手く攻撃が当たっただけですよ」


「……眼帯のナイレウスはジャイアントキラーリザードに飲み込まれちゃったけどさ。その時は戦わなかったの?」


「剣をテントに忘れてしまったんですよ」


「ふーーん」


 と、ジャスティは、部下が持って来た報告書に目を通す。


「赤髪の女剣士マルシェが言っていることと同じだね。彼女が君の剣を持って来たんだ?」


「はい。武器を貰ってからみんなで戦いました。でも、遅かったみたいで」


「……ナイレウスの右腕のこと。なにか知らないかい?」


「右腕? なんのことですか?」


「彼はトカゲに食われる前に右腕を斬り落とされているんだよ」


「そうだったんですか? 僕が気がついた時は、ナイレウスさんはトカゲに咥えられていましたよ」


「………右腕を誰かに斬り落とされていると思うんだけど?」


「僕とナイレウスさんは焚き木拾いで行動していました。お互いに少しだけ距離がありましたからね。彼の悲鳴が聞こえて駆け寄った頃には遅かったという感じです」


「なるほど……」


「それにナイレウスさんは剣の腕が立つギルマスですよ。パーティーメンバーの中でも彼以上の者はいません」


「確かに……。マルシェや君。他のメンバーはC級以下の等級だもんね」


 ゴルドンは目を細める。


「この周辺はトカゲの群生地だ。なんでこんな所で野営を組んだ?」


「さぁ? ナイレウスさんが、人気のない所にしようって。その方が落ち着くからって。そんな風に言ってましたよ」


「なるほど……。たしかに人気のない方が落ち着くからな。では質問を変えよう。焚き木拾いはトカゲと遭遇する確率があるよな? どうして武器を置いて来たんだ?」


「剣は重いですからね。焚き火をたくさん拾いたいのなら邪魔なんです。それにトカゲは動きが遅いんですよ。遭遇しても、いざとなれば逃げればいいんです。それに、剣の達人であるナイレウスさんがいましたからね。僕としては油断しまくってましたよ」


「なるほど。全て辻褄が合うな…………………」


「まさか、こんなことになるなんて、本当に驚いていますよ」


 ゴルドンはミギトの尖った耳を一瞥する。


「おまえは……。エンフィールと関係があるのか?」


「まぁ、エルフですからね」


「このギルドには最近になって登録したばかりらしいな。経歴が知りたい。王都に来る前はなにをしていたんだ?」


「3年ほど前にノーラ姫の護衛を務めていました」


「ほぉ……。だから、剣の腕が立つのか。なぜ国を出た?」


「広い世界を見たかったんですよ。僕は180歳。人間の歳でいえば18歳ですからね。一人暮らしは色々と勉強になります」


「喧嘩別れではないのか?」


「エルフは争いを好みません。喧嘩別れなんて……。聞いたことありませんよ」


「……エンフィールとは定期的に連絡を取っているのか?」


「いえ。連絡を取るような家族はいませんからね。それにエルフは文通で近況報告をするのが苦手な種族です。その場で会って、お互いの表情を見ながら自然な会話をするのが一番だと思っています。ですから、今回のクエストで故郷に戻れるのは嬉しかったんですよ。昔の仲間に会えますからね」


「では、ここ最近のエンフィールのことは知らないのだな?」


「ええ。まったく知りません。なにかあったのですか?」


「いや……。聞いただけだ」


 ゴルドンが知りたかったのは、ズックの盗賊団、デーモンスターがエンフィールを襲撃したことである。そのことをミギトが知っているかどうか?

 それにより、ミギトの価値が変わるのだ。知っていれば、敵側に回る可能性が十分に考えれるのである。

 しかし、ミギトは3年間、エンフィールとは音信不通だという。彼が襲撃を知る術はないのだ。


 とはいいながらも、エルフには同族間だけのコミュニティがある。

 国とは直接連絡を取っていなくとも、噂くらいは聞いているかもしれない。


 ゴルドンの猜疑心がミギトの瞳の中を探る。

 しかし、彼は本当に興味のないといった瞳の色をしていたのだ。


(ちぃ……。こいつ、本当に知らないんだな。知っていれば顔に出るはずだ。眉一つ動かさない。デーモンスターの襲撃で同族が殺されているのだ。話題が上がれば絶対に顔が曇る。それが心根の優しいエルフ族というものだ。事実、ノーラ姫はすぐにわかったからな。私の顔を睨みつけおった……。エルフは嘘が苦手な種族だ。しかし、こいつは顔に出ない。襲撃のことは本当になにも知らないんだ)

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