第2章 魔神の右手と女神の左手

第35話 その名は『腕斬り』

〜〜ヒダリオ視点〜〜


 僕はヒダリオ・アッシュ。

 僕の人生はいつも安泰さ。

 全てにおいて完璧な計算ができているからね。


 僕は最強の存在。

 絶対に、誰にも負けない。

 無敵なんだ。


 王都ロントメルダの城内を歩けば、そこかしこからヒソヒソと声が聞こえる。


「見て、ヒダリオ様だわ。チェスラ姫と婚約されたんだって」

「んまぁ、素敵ねぇ。知的で、イケメンだわぁ。銀髪が輝いて見えるわね」

「伯爵様のご子息らしいわ」

「完璧な美貌の持ち主ね。全身白銀の装飾で輝いているわ。本当にお美しい」

「見惚れちゃうわね」

「剣も魔法も、軍事戦略も最強クラスの実力者らしいわよ。冒険者ランクはSランクなんですって」

「なんでも、魔神デストラを倒した天光の牙のメンバーだったとか」


 やれやれ。

 女は噂話が好きだな。


 廊下を歩いていると、騎士団長のゴルドンと会った。


「これは、ヒダリオ様」


 と、頭を下げる。


「おい。城内では呼び捨てで呼べと言ったはずだぞ」


「いいではありませんか。あなたは、もう私の部下ではありません。次期国王になられるお方だ」


「………2人だけで話したい」


「承知しました」


 僕は王室から、僕専用の部屋を与えれている。

 僕たちはその部屋で話すことにした。


「ゴルドン。君が天光の牙のリーダーなのは周知の事実だ。これは揺るがない。いいね?」


「もちろんです。しかし、本当のリーダーはあなただ。ヒダリオ様、あなたは影のリーダーなのです」


「そのことを知っているのは僕と君だけさ。自警団の団長ジャスティでさえ、僕が裏のリーダーってことは知らない。あくまでも僕は君の部下だ」


「そうでしたね。裏で組織を操る最強の存在。それがあなたでしたね。牙の成長はあなたの指示があってこそ。最高の指導者です」


「僕の計算はいつも完璧だからね。魔封紅血族を見つけ出し、魔神を倒して、ここまで上り詰めた。あとはチェスラと結婚するだけさ」


「まさか、B級冒険者パーティーだった『翡翠の鷹』が、国を乗っ取ることになるとは、誰もが夢にも思わなかったでしょうな」


「全ては計算なのさ。何事も予定通りに順調……。と、いきたいところだがな。まさか、エルフの国エンフィールが健在なのには驚かされたよ」


「盗賊のズックは失敗したのだと思います」


「…‥……奴か?」


「ズックの死体は見つかっていませんが、おそらく……『腕斬り』」


 最近流行っている、腕斬り殺人事件。

 その対象は天光の牙のメンバーばかり。

 特徴として、右腕を斬り落として殺害する。

 僕たちは、犯人のことを『腕斬り』と呼んでいた。

 おそらく、ズックは腕斬りに殺されたんだ。

 僕の計算に狂いが生じている……。腕斬りめ。一体何者なんだ?


「エンフィールとの貿易が次々と破談になっている。王都としてはずいぶんな損失だ。金が無ければチェスラとの結婚が破談になるやもしれん。伯爵の息子より、金のある他国の王子と結婚させた方が、王都にとっては利益になってしまうからな」


「困りましたね」


「金は必要だ。ストーン教団からいくら引っ張れる? 信者からお布施と称して金を集めれば結構な額になるだろう?」


「それが……。数日前から連絡が途絶えているのです」


「なにぃ? ジィバは王都から離れて余生を送ると言っていた。それを許可したのは、教団の金をこちらに補充してくれるからだ。約束の反故は裏切り行為だぞ」


「ジィバが裏切るとは思えません。王城の騎士団と王都の自警団を敵に回すことになりますからね。あの爺さんにそれだけの度胸はありませんよ」


 ふぅむ。……気になるな。


「よし、テス島に行こう」


「罪人を集める流刑島になんの用事ですか?」


「魔法の実験を兼ねて、全ての罪人を石化しているんだ。いわば実験材料のストックだな。石化人の移動はストーン教団にやらせているよ」


「なるほど。では、教団とのコンタクトもテス島で取れるわけですか」


「通信用の魔法陣があってね。ジィバが罪人の生き血で作った 血の禁止魔技ブラッディアーツさ。その陣があれば、どれだけ離れた場所にいても会話をすることができるんだ」


「では、テス島に行けば、ジィバの居場所がわかるのですね」


「ああ」


 僕とゴルドンは船に乗った。

 テス島に行くのは非公式だからな。船頭は雇わない。


「私が漕ぐのですか?」


「まさか。僕の風魔法を使って船を動かすのさ」


 風の神ウインダムの加護にて天空の雲を散らさん。


乱気流魔法ストーム


 僕の手の平から暴風が吹き荒れる。

 それは凄まじい速さで船を動かした。


「は、速い! 流石はヒダリオ様だ」


 船はあっという間に島に到着。

 船の移動は相当に派手だったらしく。

 上陸すると、大勢の罪人に囲まれた。

 30人以上はいるだろうか? 流刑にあった罪人たちだ。


「ヒャッハーー!! 最高だぜ! こんな所に貴族が来るなんてよぉおお! しかも、護衛は大剣使いの1人だけだぜ。2人だけで来るなんてバッカじゃねぇの?」


 どういうことだ?

 こいつらはジィバが石化魔法をかけているはずなのに。

 石化が解除されているぞ。


「銀髪の兄ちゃんは綺麗な顔してんなぁ。ケヘヘ。最高だぜ。おめぇは殺さねぇようにしてやんよ。野郎ども、ぶっ殺すのは大剣使いだけだぜ!! 銀髪は性処理にはちょうどいいんだ!」


 やれやれ。

 雑魚のくせに。


「ヒダリオ様」


 と、大剣のグリップを掴む。


「いや。僕がやるよ。君は見ているだけでいい」


 僕は腰にかけている剣を抜いた。


「なんだぁあ? まさか、兄ちゃんが戦うのかよぉおお? ギャハハハ! やめとけよ。華奢な体でよぉ。俺たちに敵いっこないってぇ。すぐに殺られるのがオチだぞ。ギャハハハ──」


ザンッ!


「──へ?」


 笑っていた罪人の首が飛ぶ。


 さて、運動の時間だ。


ザシュ、バサッ! グサッ! ザクンッ!


 僕は罪人たちを斬りまくった。

 彼らに僕の動きを捉えられる者はなく。

 ものの数分で、全ての罪人が地に伏せた。

 その傷は首を斬るか、心臓を突くかのどちらかで、いずれも即死レベルの斬撃である。

 一回で仕留めた方が効率的だからな。急所攻撃は必須。無駄な動きを省くのも計算なんだ。


「いい運動になった」


「お見事です」


 島の奥地には洞穴があって、そこにはジィバが作った魔法陣が──。


「……ない。魔法陣が消えているぞ!?」


 そんなバカな。

 どうして!?


 罪人たちの石化魔法が解除されていることといい、どう考えてもおかしいぞ?


「ジィバが 解除魔法リリースの魔法を使ったのでしょうか?」


「……罪人は30人以上もいたんだ。1人1人に 解除魔法リリースをかけるメリットがわからん。魔法実験で使う時は数人の解除が限度だ。島にいる全員を解除する利点はない……」


 考えられるのは石化魔法を操作していた威力が途絶えたこと。

  魔神聖石槍グングニルが奪われた……。

 いや、それだけだと 血の禁止魔技ブラッディアーツで作った魔法陣の消滅している理由にはならない。

 石化魔法が解除され、魔法陣が消えた。つまり……。


「ジィバが殺されたんだ」


「……ズックに続いてジィバまでもですか」


「ストーン教団の足取りを追え。どこかでジィバが殺されているはずだ」


「承知しました」


 またしても狙われたのは天光の牙だ。

 おそらく犯人は、


「腕斬り」


 クソッ!

 僕の計算は完璧なのに!!


 僕は悔しさを爆発させるように、左拳を木の表面にゴツンとぶつけた。


 ジィバは強い。 血の禁止魔技ブラッディアーツの使い手だ。

 戦闘力だけならS級冒険者に匹敵するだろう。

 しかも、 魔神聖石槍グングニルまで持っていたんだぞ!


 そんなジィバを殺しただとぉ?


 腕斬り!

 おまえは一体何者なんだ!?



〜〜ライト視点〜〜


 えーーと、訳あって、今、ギルドのクエストに挑戦中。


 もちろん、ライトの姿のままじゃあまずいんだ。

 だから、エルフの少年に変装してね。

  物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョンを使えば簡単なんだ。

 エンフィールで盗賊に殺されたエルフの少年。そのイメージを俺の体にペーストしている。


 ギルドで構成した冒険者パーティーはC級でさ。

 ゆきずりの俺を入れるくらいだし、まぁ、そんなに大したクエストじゃないんだ。

 10匹程度のゴブリンを討伐したら終わりっていうね。

 本当にくだらないD級のクエストさ。


 ──の、はずだったんだがな。

 メンバーは泣きながら死を覚悟していた。


「あわわわわわわわ……。終わったぁああ!」

「聞いてない! 聞いてないわよぉおおお!!」

「な、なんだ、この数はぁああああああ!?」

「ひゃ、100匹以上はいるぞぉおおおおお……」

「は、話しが違うぅうう!!」

「デ、デカいのは……ゴブリンボスだ」

「B級クエストレベルじゃねぇかぁあああ!!」

「終わったぁああ! 完全に終わったぁああ!」


 うん、まぁ、嫌な予感がしたからさ。

 このクエストには参加したんだよね。

 依頼者は女神教徒のシスターペリーヌ。

 クエストの目的は催事で使う『祈り草』の採取。それが採れる場所でゴブリンがうろついているから依頼を出したらしい。

 ギルドの調査では10匹程度ってことなんだがな。

 完全に調査ミス。だから、俺が参加したんだけどね。

 なにせ、彼女の依頼で、死人を出す訳にはいかないからな。

 自分の依頼で人が死ぬなんて、優しい彼女なら心を病んでしまうよ。

 彼女には孤児を任せている。寝込ませるわけにはいかないんだ。


 俺の右手は退屈そうに動く。


『ふぅむ。この程度ならば、わらわの出番は無さそうじゃの』


「ああ、寝てろ」


 さて、運動がてら、ちゃちゃっと行きますか。

 

 俺は左手で剣を抜いた。

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