第3話 俺の右手は魔神の右手

『あああああああああああああ……!!』


 美少女は号泣していた。

 血だらけでよくわからないが、まだ15、6歳って感じだな。

 装飾品はボロボロだが、明らかに冒険者じゃない。


 多分、こいつが魔神デストラだ。


 俺の腕を咥えたまま、こっちに這い寄ってくる。

 どうやら、俺の味を覚えたらしい。腕だけじゃ物足りなくなったってやつだ。


 ついには、俺の真横まで到達してしまった。


『く、食わせて……』


 おいおい。

 俺はおまえを殺しに来たんだ。

 妹の石化病はこいつの魔力が原因だっていうからな。

 俺を食べて復活なんてされたらたまったもんじゃないっての。


 すると、デストラの紫の髪は真っ黒い煤になって消え始める。

 彼女は死を覚悟したように号泣した。


『あ、ああああ……。し、死ぬ……。消える』


 ふん。良い気味だ。

 おまえは何万人もの命を奪ってきたんだろう。

 だったら、死ねよ。死んで罪を償うんだ。


『あああああ! 死ぬ! あああああああああ!!』


 凄まじい涙である。

 霞んだ視界でよく見えないんが……。

 血だらけだが……。やっぱり可愛いな。

 容姿が整っていて……。かなりの美少女だ。

 っておいおい、こんな時になに考えてんだよ。

 こんなバケモンにさ。


『食わせろ……。その体……』


 それにしても不思議だな。

 そんなに俺が食いたいんならさ。勝手に食やいいのに。

 傍若無人にやってきたのが魔神デストラだろう。


『きょ、きょ、許可を……』

 

 はい?


『許可を……早く』


 聞いたことがある。

 魂の力を取り込むには、本人の許可が必要という話をな。


 俺の魂がなんになるんだよ?

 万年、荷物持ちでさ。大した功績も上げてないしな。

 仲間が俺を笑っていた時さ。ちょっと図星も突かれている感じもしたんだ。

 それが余計に悔しくってさ。剣の修練はしてたけど。

 結局、表立って見せることはできなかったしな。


 あーーあ。

 情けねぇ男だよ。俺は。

 うだつの上がらない冒険者で、妹も助けられなくて。おまけに童貞だしな。信じてた仲間には裏切られてさ。散々な人生。


『あああああ! 消える! 早く!! 許可を出すのじゃぁああああああああ!!』


 やれやれ。

 見た目の割には老けた喋り方だ。

 やっぱり魔神なんだな。


『ああああああ!! 消えるぅうううう!! 消えてしまうぅううううう!!』


 凄まじい涙だ。

 そこまで悲しいかよ?


 ああ、ダメだな俺は。

 可哀想だと思っちゃった……。


『あああああああ!! わらわが消えるぅうううう!! 許可を出すのじゃぁあああああ!!』


 アリンロッテ。

 ごめんな。

 情けない兄ちゃんでさ。


 でもな。

 俺はおまえのことが大好きだし、絶対に裏切ったりはしないんだ。

 だから、絶対に勘違いはしないで欲しい。


 それにさ。

 兄ちゃん、童貞だろ?

 最期くらいさ。女の子のためにしてやりたいなって。


 安心しろよ。

 俺の魂なんかで、魔神が助かったりはしないからさ。

 死ぬ間際のな。ほんの、わずかな満足感ってやつだよ。


 魔神は、兄ちゃんが責任を持ってあの世まで面倒見るからさ。

 なぁ、アリンロッテ。兄ちゃんのこと、わかってくれよな。


 俺は最期の力を振り絞った。

 カサカサの唇で、わずかだけ唇が動く。




「きょ、許可……。して……やる」


 

 

 か細い……。もう言葉だか寝息だかわからないような声だ。


 しかし、魔人には伝わったのか。奴は嬉々として自分の体を黒い霧にした。霧になったそれは、俺の体を包み込んだ。


 もうそっから覚えてないよ。

 真っ暗闇が続くだけ。

 ときおり、ゴブッ! グチャッ! なんてさ。物騒な音が聞こえる。

 俺の肉を噛み千切って咀嚼しているのだろうか。

 でも、痛みとか、絶望感とかなくてさ。ぼーーっとしてな。なんならちょっと気持ち良かったりさえするんだ。女の子に食われてるからかな。なんていうか、童貞卒業……ではないか。まぁなんていうかさ。



 ああ、これが死ぬことなんだ……。



 って。

 妙な合点がいった。


 もちろん、気がかりはある。


 アリンロッテ。


 やっぱり、おまえのことが心配だよ。


 アリンロッテ。兄ちゃんの分まで幸せになってくれよな──。








ポチョン…………………!!



 それは頬に伝わる冷たい感じ。


 何時間経ったのだろうか? 

 1時間……それとも1日?


 目を覚ますとダンジョンの中にいた。

 天井から落ちる水滴が俺の頬に落ちているのだ。


「は? なんだここ? ここがあの世か?」


 あの世はダンジョンとそっくりってこと?

 に、しては体中、苔がビッシリだぞ。

 俺に苔が生えている。

 どうなってんだ?? 魔法か?


 俺は苔を払い落としながら周囲を見渡した。


「あちこち苔だらけだ…‥」


 鼻腔にはカビの臭いも広がる。

 苔とカビ……。


「ここ……。魔神デストラのダンジョンだよな?」


 それは何年も人が入っていないような。

 不思議な空間だった。


 突然。女の声がする。


『ふふふ。起きよったか。お寝坊さんめ』


 はい?

 どこから?


 と、周囲を見渡すも誰もいない。

 困ったので右手で頭をボリボリとかく。


「え!?」


 み、右……。


「右手があるぞ!?」


 瞬間。

 右手の感覚は消失。

 俺の意思に反してグーパーと動いた。


「な、な、なんだ!?」


 そして、手の平からは二つの目が現れた。

 それはつぶらな瞳。

 若干吊り目で、長いまつ毛が特徴的。


 女の……目??


 と、思うや否や。

 その目はニンマリと笑った。


わらわは魔神デストラじゃ。魂の契約で、おまえの右手になった』


 えええええええええええええええええええええええええええええ!?


「じゃ、じゃあ、俺はおまえの復活の手助けをしてしまったのか?」


『許可してくれたじゃろ?』


「あ……いや。それは……」


『ふふふ。魂の許しを得たわらわ 其方そちの魂在を食したのよ』


「こ、こんざいってなんだ?」


『魂在とは魂の存在。まぁ命のエネルギーみたいなもんじゃな。 其方そちが動いておるパワーの根源じゃよ』


 俺の魂を食って……。


「……なんで右手になってんだ?」


『それがよくわからぬ』


「はい??」


『どうやら、 其方そちの魂在とわらわの魂在とが混じってしまったみたいなのじゃ。いわば魂在融合じゃな』


 おいおい……。


 突然、右手の感覚が消える。

 それは蜘蛛の脚のように艶かしく、それぞれの指が動いた。


『ククク。安心せぇ。所詮、 其方そちは下等な人間なのじゃ。わらわが右手になろうとも、自由自在に操ってくれようぞ。ククク。これからはわらわの命令に従い、わらわのために生きよ。右手を司令塔にして、奴隷のようにこき使ってくれるわ。ほほほ!」


「そんな……」


 このままこいつに支配されて一生奴隷に……。


 と、右手に感覚を集中すると、俺の感覚が戻った。


 あれ?


 動くぞ?


『わ! え!? なぜじゃ!? 体が動かぬ! ちょ! 振るでない!!』


 俺は右手を壁にぶつけた。


ガンッ!


『あぎゃああ!!』


「ふむ。ちょっと痛いが。感覚がないわけでもないのか」


『な、な、どうなっておるのじゃ!? 下等な生き物にわれが支配されておる!?』


「おまえさ。泣いて頼むから魂在を食べることを許可してやったんだぞ?」


『うぐ……。そ、それはぁ……』


「それがなんだよ。騙して支配するつもりだったのか?」


『あ、あははは』


「笑って誤魔化すな」


ガンガンッ!!


『痛い! 痛い!!』


「おまえ、あん時、俺が許可しなかったらどうなっていたんだ?」


『そ、それは……』


「どうせ消滅していたんだろ?」


『うう。反論できぬ』


「だったら俺が命の恩人だろうが?」


『ううううううううう!!』


「命を救った恩人を下等な生き物扱いとはどういうこった?」


『し、しかし、人間は下等な生きも──』


ガンガンッ!!


『痛い! 痛い!!』


「謝罪してもらおうか」


『しゃ、謝罪じゃとぉ?』


「心から謝ってもらわなければ許すことはできんな」


『だ、誰が人間に謝罪など!』


「安心しろ。こう言えばいい。『私は、命の恩人を騙して下等な生き物扱いをしてしまいました。大変申し訳ありませんでした』だ。ちゃんと謝罪すれば水に流してやる」


「言えるかーーーーーーーーーーーー!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン──!!




わらわは、命の恩人を騙して下等な生き物扱いをしていたのじゃ。大変申し訳ありませんでした。のじゃ』


「よし」


『なんじゃこれぇええええ!? わらわはどうしてこんなことを言わされておるのじゃああああああ!?』


 とりあえず、状況整理からだな。

 こいつがどんな能力が使えるのかまだよくわからん。

 あと、俺がどれくらい眠っていたのか知りたい。

 あれから、どれほどの時が経っているのだろうか?

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