第17話 古代図書館⑦ ラスボス?!登場

 突然現れた闇。そこから現れたのは威厳と圧倒的な力を兼ね備えた人の形をなした存在。その肌は夜空のように深い青色で、深紅色の鋭い目は心の奥底まで見透かされるような冷たさがあった。長く流れる銀髪は、月明かりに照らされた夜の帳のように背後で静かに揺れ、その身にまとう鎧は、古代の魔法で強化された黒曜石でできており、表面は複雑な紋様で飾られている。彼の存在感は、周囲の空気さえ支配しているようだ。


「我が名は、エレガル・シャドウハート。ダークエルフたちの統治者であり、世界を支配する影の王。」

 ただ立っているだけで、周囲の空気が震える。

 彼が歩くたびに、静かなる威厳を放つ。声は、深い洞窟から響く低い音色で、言葉一つ一つに、命令とも呪文とも取れる力が宿っているかのようだ。


 タルオの脳内に激しい警戒音が鳴り響く。この絶対的なボス感は間違いなくヤバイ!

 そもそも、自分で「世界を支配する王」なんていう奴は違う意味でもヤバイ!

 それに、物語の世界では、このタイミングで現れる敵には、大抵勝てない設定になってるし…現実的にみても目の前の男には勝てる気がしない。


 隣のダークエルフは、片膝を地に着け頭を垂れている。表情から読み取れるのは畏怖だ。


「龍どもは、我を恐れ逃げ去った。卑怯者どもめ。」

 タルオは身体に強力な圧力を感じた。立っていられない…上から凄まじい力で地面に押さえつけられているようだ。

「肉体を消滅させ、魂を切り離し次元の彼方に身を隠した。お前が…転生者の魂が迷い込んだ龍の肉片は、奴らがこの世界との繋がりを残すために残した錨のようなもの。」

 タルオの体に掛かるプレッシャーが更に増す。肉が骨が軋む、激しい痛みが襲ってきた。


「その肉体を消滅させれば、龍どもはこの世界との繋がりを失うはずだった。だが、まさか転生者がその肉体を使って人に成り下がるとはな。答えよ下等な劣等種よ。何故にそのような真似を?肉片といえ龍の膨大な魔力と繋がりし力を使って何をした?」


 不意にタルオは痛みから解放された。今の問いに答えろということなのだろう。

 だが、問われても分からない。龍から人間になった理由や方法などタルオが知る由もない。


「アニキ答えた方がいいぜ。逆らってもいいことねぇからよ。」

 隣で膝まずくダークエルフが小声で呟く。額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 確かに彼のいう通りだった。黙っていたり解答を拒否したらさっきの「あれ」が待っている。ならば…チラッとダークエルフを見やる。「ハッタリか。」


「そう願った!」嘘では無い。が、正しい解答かもわからない。

「願った?だと?」


「人間になりたいと願った。元々異世界では人間だったから。」

 正確では無い。本当は「エルと仲良くなりたい!」と願ったのだが、そんな恥ずかしいことは言えない。ただでさえ恥ずかしいのに、ましてこんなに緊迫感のある場所では尚更いえない…


「原始の魔法を…貴様如き下等種が扱える訳が無かろうが!」

 エレガルは右手の指を軽く上げ、背後に空いた闇の空間を指し示す。

 暗闇から人影が現れた。その体が浮いている。仰向け格好で長い四肢がダラんと下に垂れ下がっている。美しい黄金の髪が風に乱れ顔が露わになる。


「エル!」意識がないのか?それとも…

 駆けつけようとしたタルオに向け、エルの身体が投げつけられた。物を放り投げるように無造作に。彼女が床に叩きつけられる寸前にタルオは受け止めた。すぐ呼吸を確認する。

「良かった、生きてる。」

 タルオはホッとした。一呼吸すると頭に血が昇ってきた。


「正直に言わねば、その女の魂を破壊するぞ。我が力は魂さえ消し去ることができるのだ。」


「魂は、根源そのものであり破壊や消滅は不可能なはずだろ!」

 本は確かにそう教えてくれたはずだ。


「くく。現代の魔法法則では不可能なこと。しかし…」


 エレガルが左手首をゆっくりと捻り手のひらを上にし、ゆっくりと肩の高さに上げる。

 同時に周囲に禍々しい漆黒の霞が揺らぎ纏わりつく。その闇が畝り回転しエルの体に巻きついた。

 エルの悲鳴が、絶叫が周囲に響き渡る。

 彼女の身体から、白銀の光の粒子が溢れ形を成す、人の形に、エルの形に…エルの身体から引き離されるこの光の粒子が魂なのか…このままではエルの魂が消えてしまう。


「よせ!やめろぉ〜〜〜!!」

 タルオの必死の絶叫がエルの悲鳴と反響した。

 その様子を口の端を歪めエレガルが楽しそうに眺めている。

「このエルフが消滅すれば、お前も人の形である必要が無いのであろう?」


 このままでは、消える!消えてしまう!エルが!

 また、「救えない」のか…俺は…!?


『た…すけたいか?…命を…ならば願え…力…その手に…』

 頭に鋭い痛みが走る。またあの声だ。以前聴いたことのある声。

「誰だ…一体…この声は…」

『助けたいか、命を。ならば願え。力を我が手に、と』


「助けたい…」


『何を』


「エルを…」


『願え』


「エルを助けたい!」


『力を我が手に』


「力を我が手に」


『…お願いしますは?』


 最後のお願いが少し引っかかったがタルオは言われたようにした。それしか方法がないよう気がしたし、必死だった。何でもありの世界だ。エルを救うためには神でも悪魔でも何にでも従ってやるさ。


「…!?…お、お願いします…」


 突然、眩い光が溢れ周囲に光輪が出現した。その輪はタルオを中心に二重三重に等間隔に広がる。

「これはあの時みた魔法陣?!人間になった時に現れた!?」

 その輪は不意に回転し彼の右腕を囲むような格好になった。魔法陣は徐々に右手首に移り、手から離れていく。

 徐々に輪の中心に光の粒子が収束し形を成していく「これは!?剣!?」

 輪は、タルオの背丈を越える刀身を持つ一振りの大剣を形作った。


 剣は、燃え沸る溶岩のように赤黒く輝き、まるで生きているかのように躍動している。半身は、ドラゴンの牙を思わせるような鋭さを持ち、刀身を包む炎は、ドラゴンが天に向かって放つ炎の息吹を彷彿とさせ、周囲の空気さえも焦がす。


 タルオはその大剣に見惚れた。そのあまりに美しく、そして身に感じる圧倒的な力に。

 彼は、自然と剣の柄を握りしめていた。


 その瞬間、刀身が纏っていた炎が剣に吸い込まれるように消えた。

 同時にタルオの全身に力がみなぎる。


「それは原始の魔法…貴様どうやって!?…」


 剣は彼の背丈を越える大剣だが、驚くべき軽さだった。

 彼が剣を握りしめ、力強く振り下ろすと、剣から放たれる炎が空を焦がし、大地を揺るがす。その一振りは、ただの攻撃ではない。それは、彼の意志と魂が込められた一撃である。


 剣が空を切り、その軌跡には炎の渦が生まれ、まるでドラゴンが天を舞うかのように、真っ直ぐエレガルに向かい彼を両断する。余りの衝撃派の速さにかわす間もなかった。


 エルから放出していた白銀の光が霧散し、静かにエルの身体へとユラユラと戻ってゆく。

「んっ、タ…ルオ!?ここは?私どうして?」

 良かった間に合ったようだ。タルオはホッとした。


「結構ヤバイ奴がいて大変だったんだ。でも、もう終わったから安心…」

 タルオは、両断したはずのエレガルの方に目線を移した。だが、そこにある異様な状態に目が釘付けになった。


 エルガルの上半身が…空に浮いていた。

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