第16話 古代図書館⑥ 仮定と推測

 ダークエルフの名は「ギルモ」。転生前は「比嘉真斗」という名の日本人ということだった。歳は24歳のサラリーマンで、こちらの世界に来たのは三年前。奇遇にもタルオと同時期らしい。気がついた時には、今の身体になったいたそうだ。

 土下座後の彼は、とても従順で素直にタルオの質問に答えてくれた。


 タルオが行儀悪く机に腰掛けているのとは対極にギルモは床で背筋を伸ばして正座していた。

「それで、アニキはどうやってドラゴンから人間になったんです?」上目遣いでタルオに問うてくる。


「それがよく分からないんだ?あの時、いきなり魔法陣が現れて…まぁ魔法の効果である事は間違いないはずなんだけど…それより何だ?アニキって?」

「あんなに腕っぷしが強いんだし、アニキって呼ばせてくださいよ。オイラ、アニキより強いお方に、この世界でも出会った事ないんですよ。ダークエルフの連中もそれなりに強い奴はいましたが、アニキには及びませんぜ。」

 ダークエルフの容姿と砕けた口調が合っていないような気がして、違和感を感じてしまう。

 舎弟感が満載なダークエルフ…何か違うような。


「お前だってかなりのモノだろ。さっき部屋に入った時に感じた威圧感や、俺に使った魔法だって威力があった。」

「アニキには全然効いてませんでしたがね。それに…」

 そう言ってギルモは、両腕のローブを捲り上げた。黒光する腕輪を左右の腕に着けており、それぞれ複雑な紋様と文字が描かれている。右の腕輪には真紅の色に輝く宝珠が埋め込めれ、左の腕輪には緑色の宝珠だ。

 こっちの赤いのが衝撃派を生む魔法を発動する魔術具で、緑の方が相手に威圧感を与えてちょっとだけビビらせる魔法の効果が付与された魔道具なんです。

「赤はともかく、緑の方の魔道具の効果は何だ?意味あるのか?」

「でも意外と使えるんですよ。何かみんな一目置くっていうか。ハッタリが効くっていうか。これのお陰で。なんかこの人強そうとか、凄そうとか、勝手に相手が思ってくれるんで…」

 モテない人とか自分に自信のない人が、ブランドとか高い装飾品を身につけてドヤ顔するようなモノなのだろうか?自分を偉く見せるとか??


「オイラ、こっちに転生してきたはいいけど、魔法の類がまったく使えなくて…ダークエルフの連中には散々馬鹿にされて…悔しかったんで、村から逃げ出す時にあいつらが大事にしている宝物のコイツらを盗んできたんすよ。へへ。」

 両腕に身につけた腕輪を見せびらかす。彼は彼なりにこの世界で苦労をしてきたのだろう。まぁ、その辺りの話は別の機会に聞くとして、タルオは腰掛けていた机から下り、居住まいを正した。そろそろ本題に入らねば。


「俺たちが異世界転生したのは間違いない。ただ、違和感があるのは、前世の記憶があること。」

「そうなんですよ。オイラの場合は、最初からこの見た目でした。母親から生まれたとかじゃなくて…転生というよりはこの身体を乗っ取ったみたいな感じで…」

「その身体の元の人格は?記憶はあるのか?」

「ないっす!ただ、村の連中は知ってました。この身体の持ち主のことを…」

 それがギルモだったという。

「出かけたまま数日戻らなかったそうなんですが、偶々森で倒れている所を見つけ村に連れいかれたそうで。」

 目覚めた時には、比嘉真斗の人格と記憶が備わっていた。


「それで、お前はどうしたんだ。未知らぬ土地で、未知らぬ種族の中に転生したんだしパニックだったろう?」

「そりゃもう!でも意外とそういう所の応用が効くタイプでして。といっても、ボロが出ちゃマズイって思ったので、取り敢えず『記憶喪失』ってことにしときました。」

 記憶喪失最強説!ここでも実証だな。タルオは思った。

 だが、ギルモはかなり頭の回転が早く応用力もある。この部屋に入ってからの作り話とブラフでタルオを煙に巻いた話術や演技も見事だった。


 彼が古代図書館にいたのは、情報収集のためだった。自分と同じ異世界転生者がいる可能性があるかもと、それを探り元の世界に戻る方法や、それが無理な場合でも、この世界で生き残るための情報を得られるかも知れない。その中で、たまたま異世界転生というキーワードを探った所でヒットしたのがタルオが探していた日記であり、さらに、文章検索までワードを広げた事で見つかったのがタルオの日記だったのだという。


 特にタルオの日記には、この古代図書館を訪れている記載もあったために彼に会う機会もあると踏んでいたようだ。それで、ここで待ち受けていたと言う訳だ。演技プランもしっかりと練っていたそうで…お暇なことだ…


「ある程度自分が重要な情報を知ってる風に装って、有利に事を運ぼうと思ってたんですがね。」


 そこで誤算が生まれた。

「意外にアニキが切れ者で、オイラのブラフがバレそうだったんで、パニクって…」不用意に右手を動かしたときに魔法が発動してしまったのだという。

「アニキが丈夫でホント良かったっす。」

 表情があまり表に出ないダークエルフの顔をしているが、彼が話すと不思議と申し訳なさそうな様子が伝わってくる。


 今回の転生には二つの条件があるとタルオは推測してみた。

 一つは、転生前の世界で肉体が失われ・魂だけの存在になる事。

 もう一つは、転生後の世界に肉体が存在し・魂が失われている事。


 タルオは転生前の世界で死に、魂だけの存在となり、この世界に存在する肉体に魂が宿った。最初に入ったドラゴンは肉体だけの存在で魂が無かったのだ、と仮定した。


 でも、一つこの推測には問題がある。


「魂だけが消える、死ぬ?肉体は無傷で?そんな都合の良い死に方ってあるんですかね?」

 ギルモの疑問がそれだ。

 元いた世界には「脳死」という死がある、肉体は生きているが、何らかの原因で脳に深刻なダメージを受け目を覚ますことがない、いわゆる植物状態。しかし、脳も肉体の一部だ。そもそも魂とは何ぞやという話にもなってくる。


「この世界の魔法で、生き物をそのような状態にできるか?本?」

 こう言う時は詳しい人…いや本に聞くのが一番早い。

『魂は、根源そのものであり破壊や消滅は不可能です。ただし肉体と魂の結びつきは、それ程強固ではありません。生命を魔法でお問い合わせの状態にすることが可能かどうかの回答については、条件付きで可能です。』

「方法は?」

『拒否。禁忌に該当する魔法については回答できません。』

 そりゃそうだな。そんな危険な魔法の存在を簡単に広めたら大変だ。

 だが、少し光が見えた気がした。転生した理由は相変わらず分からないし、謎も多い。だが、魂の存在と肉体、その関係性が理解できた。ほんの少しだが…

 後は、ドラゴンから人間になった理由か…そういえば…


「なぁ、ギルモ。俺がこの部屋に入った時に『忌々しい龍め。』とか、『どおりで見つけられないはずだ。』って、意味深なセリフを吐いてたけど、あれはどう言う意味だ?話の前後も良く分からなくて唐突な感じだったんでちょっと気になったんだよな。」

 そういえば…という感じで軽く聞いたつもりだったが、ギルモの反応は彼の予測を超えていた。それまでの軽薄そうな態度が急に固くなったようにも感じた。それは一瞬のことで、すぐに元の態度に戻ったが明らかに妙だ。


 彼の疑念は、エルモにも伝わった。


「参ったねぇ〜。流石にアニキは鋭すぎるよ。まぁ、あの方の受け入りをつい喋ってしまったオイラのミスなんだけどさ…」

 頭を掻きながらこちらを見やる。その様子は、先ほどまでと変わらない態度にも見えるが、少しだけ距離を感じさせた。


「悪いねぇ、アニキ。オイラもこんな世界で死にたくなくてさ。」

 先ほどまでの軽薄な表情は消え、言葉を繋いだ。

「アニキは確かに強ぇよ。でもあのお方はそんな次元の強さじゃ無いんでね。」


「お前、さっき俺ほど強い奴に会ったことないって言ってなかったっけ?」

「あぁ、あれは嘘。俺、あっちの世界では詐欺師だったんだよね。」

 こいつ…本音が読めない。コロコロと態度を変えやがって。

 それに「あのお方?」誰のことを言っている?


 刹那、空間が歪む。部屋の一角が切り取られたように闇が包む。その闇から凄まじいプレッシャーがタルオを襲う。これは…恐怖?の感情か?

 本能が危険を伝えてくるかのごとく、恐れを全身に感じた。体が思うように動かせない。とんでもない存在が、来る!


「人間になっているとはな。忌々しい龍め。」

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