第15話 古代図書館⑤ ダークエルフ

「お前が異世界人…!?」

 タルオは意外な展開に思考がついていかない。自分以外の異世界転生者が居ることは理解していたが、実際に目にしていると複雑だ。それに、この得体の知れない男の目的も分からない


「私は異世界からこの世界に転生し、生を受けた。」


「前世の記憶を持ってるのか?なぜ?」


「それについては…まぁ、そんなことよりも君の方が面白い体験をしているね?君はドラゴンから人間に姿を変えた…特異の例。」

 この男、一体どこまで知っている?疑念は更に深まる。

「何でそのことを知ってるんだ!俺が異世界転生者だということ、俺が人間になったこと!」

 「しまった。」思わずタルオは口走った。ダークエルフの口端が歪む。

 ブラフか?かつてブラック企業にいた時のクライアントもこうだった。さも自分が情報を知っているかのように振る舞い匂わせ、こちらから情報を引き出す…自分を有利なポジションにする交渉術というやつだ。

 タルオは一息ついて思考を整理した。これ以上情報を与えてはいけない。あの男は全て知っているかの様に振る舞っているが、違うのではないか?タルオのことを奴が知っているのは…


 男が右手を軽く振った。瞬間タルオは身体に衝撃を受け、そのまま後ろに吹き飛ばされた。激しく壁に打ち付けられる。

 だが、痛みは無い。丈夫な身体はありがたい。ダメージも無いようだ。

 今のは魔法による攻撃のようだが、呪文を唱えたりはしていなかった…一体どうやって発動させたんだ?


「本当に身体は丈夫なようだな。」ダークエルフが呆れたように呟く。


 タルオは確信した。この男が彼のことをあれこれとよく知っている理由を…

「…あんた、俺の日記読んだだろ?」

 身体を起こし、服についた埃を払いながらタルオは問うた。


 ダークエルフは、口の端を更に歪めニヤリと笑う。


 太郎の名前も、ドラゴンへの転生も、その後の人間への変化も、強固な体のことも…全て日記に書いていた。それに…それに…エルのことも。

「くっそぉ〜人のプライバシーを勝手に…」怒りが湧いてきた。その怒りの元の感情は恥ずかしさではあるが。


 また、男の右手が動く。来る!もう不意打ちは喰らわない。空間に揺らぎが見える。魔法によって生じた歪みが高速で向かってきた。タルオは即座に身体を捻りかわす。衝撃派が彼を掠め、壁に当たり周囲を砕く。常人なら当たれば即死レベルの攻撃だ。


「ほう避けるとは。その動きドラゴンの力の残滓かな?しかし、この世の魔法は等価交換が基本。巨大な魔力を持つドラゴンと人間とでは釣り合わん。人間になったとして、残りの膨大な魔力はどうなったのか?もちろん、君が召喚されたドラゴンの器は本来のものではないが…君はどう思うね?」ダークエルフは攻撃が当たらなくても余裕のようだ。


「そんなこと、俺が知るかよ!」

 タルオはだんだん腹が立ってきた。自分だけが理解してます感、お前は何も知らないのだろうけど取り敢えず意見があれば聞くだけ聞いてやる、もちろん何の参考にもならないけど…かつてのパワハラ上司のようだ。通りでさっきから神経が刺激されるはずだ。


 でも、その問いはタルオもずっと気になっていた事だ。なぜドラゴンから人間になれたのか?あの時、あの瞬間に願ったのは…エルと仲良くなりたいだったけ?…いや、それだけじゃなくて、もっと…なんでだろう、頭にモヤがかかってるように言葉が出てこない…

『…け、たいか?』『た…すけ、たいか?』

 何だ?声が?誰が話した?


 タルオは周囲を見渡すが、ダークエルフとふわふわ浮いている本しか見当たらない。


「君には魔法の素質はないようだし、体が丈夫なこと以外は全く普通の人間でしかない。何の取り柄もないただのエルフ女に惚れて、ドラゴンの資質を捨てた間抜けな…」


 タルオの右拳がダークエルフの左頬に食い込んだ。このパワハラ上司に似た男との距離は7メートルほどはあったが、タルオの今の脚力であれば一瞬で距離を縮められる。距離を詰めた勢いそのまま拳を振るった。人生で初めて、いや二度目に人を殴った瞬間だった。タルオは喧嘩が苦手だし、血を見るのも苦手だったのだ。だが…

「エルを侮辱するな!」エルの事は別だ、彼女を悪様に言うのは許せない!


 ダークエルフは、タルオの渾身の一撃を喰らい後ろの壁に打ち付けられた。そのままピクリとも動かない。

 やばっ、死んじゃったかな?やりすぎたかもとタルオが思った時、ダークエルフは静かにゆっくりと身体を起こした。だが、壁に埋まった身体が上手く出てこないようで、何度か抜け出そうともがき、荒い鼻息も聞こえてきた。「フン!」と、今度は両手にかなり力を加え壁から抜け出した。その姿にはもうスマートさはない。肩で息もしている。


「やるじゃないか。」

 余裕の表情を作り、こちらを見やるダークエルフの鼻からは、タルオが引くくらいの血が出ている。いや、めっちゃ効いてるでしょ。脚も震えてない?


「褒美にいいことを教えてやろう。」

 ダークエルフは声に威厳を持たせようと必死だ。時間稼ぎだな、これは。


「いや大丈夫。」

 そういってタルオは右拳を握り後ろに引いた。もう一発いっとくか?というジェスチャーを作った。


「ご、ご、ごめんなさい!旦那!すいません!もうやめてください!ヒィ〜!」

 ダークエルフはタルオの足元で土下座をした。それはもう見事に流れるようなモーションで無駄な動きが全くない。そして、顔を上げ、即座に床に額を打ち付けるかの勢いで頭を下げる。タルオは理解した。こいつは俺と同類だ、と!


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