第12話 古代図書館② 注意事項
受付のドワーフに、エルは来訪の理由を告げた。
消えたドラゴンの謎を解明する調査の為であるのだが、他にもタルオの記憶を戻すための方法も調べたいというのだ。
それを聞いたタルオは非常に(記憶喪失と偽っていることに)心を痛めたが、記憶喪失という設定があるために、この世界の住人であれば当然知っていることを知らない不審者として、あらぬ疑いを掛けられずに済んでいるし、知らないことを丁寧に教えてもらえるのだ。見知らぬ世界で生きるため記憶を失った設定は必要なことなのだ。
エルから「この男は記憶を失っており、自分が何者かも含めて何も覚えていない。だから詳しく教えてやってくれないか。」と、告げられた受付のドワーフは、上目遣いでチラッとタルオを見遣った。
「まずはこれを」
目の前にドサッと一冊の本が置かれた。
タルオは、パラパラとページを捲ってみる。
一、本を傷つけてはならぬ
一、本を汚してはならぬ
一、本に折り目をつけてはならぬ
…
途中で読むのが億劫になる位、ずっと本の取り扱いについて書いてあるようだ。
これは古代図書館の取扱説明書なのだろう。それにしてはかなり分厚い。
「こんなのを読んでいたら日が暮れるぞ」
タルオはウンザリした表情を浮かべた。
「大丈夫だ、何かあれば本が教えてくれる。分からないことがあれば、それも本が教えてくれる。本に『聞け』ば良い」ドワーフの受付は机に肩肘をつきながら告げる。
「どういうこと?聞く?読むんじゃなくて??」
「本に手を置いて。それで契約完了。古代図書館にいる間、その本はあんたに従うよ。」受付は自分の手をヒラヒラしてタルオに促す。契約の意味は分からないが言われたまま従った。本にそっと手を置く、うっすらと本全体に光が灯り消え去る…不意にタルオは手を引っ込めた。ゴソゴソと本が蠢いたように感じたのだ。それは気のせいではなかった。だって…
「本が浮いてる?…っていうか飛んでる??」
本が左右に開き、それをパタパタと上下させ彼の周りを飛び回っているのだ。「この世界の本って飛ぶの?」流石は、剣と魔法の異世界だなぁと思った。
「さぁ、これで準備はできたな。行こうタルオ。」エルがそう言って顔を微かに左に向けた。その先には扉があった。
「エルは本はいらないの?」
「私は何度か利用しているので大丈夫だ。ここでタルオの記憶を戻す手段が見つかれば良いのだけれど。」エルの美しい眉が微かに下がった。エルフは滅多に表情を変えないが、これは心配をしてくれているのだろう。
彼女の優しさだと思うが、できれば愛情からの発言であって欲しいと願う。彼はこれまで自分の気持ちを伝えようと努力はしてきたつもりであるが、あまりに奥手で恋愛経験のない彼の行動は…かなり変なものであった。
その辺りの彼の行動の結果、只でさえ人間に対して悪印象を持っていたエルフたちは、タルオに対してこう思った。「何だコイツ!?」「キモっ」「えっ、もしかしてエルを狙ってる!?」「バレバレじゃん」などなど…彼のエルへの気持ちも行動も村のエルフ達にバレバレだったのだ。ただ一人エルを除いて。そう彼女もタルオと同じく奥手で恋愛に対しては鈍感であったのだ。
エルが扉を開けその先へと歩を進めると、タルオも慌ててそれに続く、本もヒラヒラと後を付いて来た。
その部屋は、受付よりもさらにふた回り程狭く円形の形をしていた。
エルは先に部屋の中心へと進み、タルオの方に振り返る。
「さぁ、ここからが見ものなんだ。」
悪戯っ子のような笑顔を見せる。タルオの鼓動は大きく鳴った。初めてみる表情だったからだ。普段の彼女は常に冷静で立ち居振る舞いも大人の女性そのもので、タルオのいた世界での隙のないキャリアウーマン上司のようだった。
仕事上での付き合いしかなかったが、あの上司もプライベートではエルが見せたような表情をしたのかも知れないな。そんなことを漠然と考えていると、ガタンと床が沈むのを感じた。
上を見ると周囲の赤茶けた壁がずっと上に続いている。わずかな時間でかなり下降したようだ。かなりの速度で進んでいるようだが、微かな振動しか感じない。エレベータのようなものだと思うのだが駆動装置も見当たらないので、これもやはり魔法なのだろう。もはや天井の光は小さな点にしか見えない。
不意に、二人が立つ円盤状の床の周りの壁が消えた。
床は完全に宙に浮いている格好になった。落下の速度は変わらず下へと下降を続けている。タルオは周囲を見渡し圧倒された。
「地下にこんなに巨大な場所があるなんて…」
二人の周囲には広大な空間が現れた。彼らの周囲をぐるっと壁が取り囲むように聳え、その壁は規則正しい格子状になっている。その格子状の構造物は更にいくつかの仕切りで区切られ、その中に様々な本が収納されている。壁全体が本棚になっているのだ。
タルオも偶に図書館を利用したこともあるが、この古代図書館は規模違う。それも圧倒的に。この空間はタルオの知る高層ビルほどの巨大さなのだ、一体どれほどの本が所蔵されているのだろう。
そうこう考えている間も、まだ床は下降している。壁の本棚もずっと続いている。
本棚が永遠に続く光景に圧倒されていたがふと気になった。壁には本棚しかない。
「一体どうやって本を取るのだろう。」
それは独り言に近かったが、返答があった。
『本の方がやって参ります。調べたいことを私にお伝えいただければ最適な本をあなたの元にお届けいたします。』
タルオは声の方へ顔を向けた。ここにはタルオとエルしかいない。エルの声ではない。とすると…
「本が…喋ったの??」
彼の目の前を本がパタパタと飛び回っている。
その視界の端に別の動くものを捉えた。鳥かな?と思ったが目を凝らすとそれも本である。周囲を見回すとあちこちで本が飛び回っていた。
まさに何でもありの剣と魔法の異世界である。
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