第二十一話「エターナル」
「アリスー。これ確認頼むわ」
「かしこまりです!」
書き上がった新作のテキストデータをPCに送る。
いつものやり取りで、投稿する一話分の物語ができるとアリスに誤字や、同じことを繰り返し書いてないかとか、簡単な確認を頼んでいる。
「あれ?」
「どうかしたか?」
「い、いえ。なんでもないです」
「ん?」
なんだか慌てたように取り繕うアリス。
なんか変だったのか?
まだ送ってすぐだったし、物語の内容が変ってことじゃないと思うけど。
気になって、パソコンのモニターを覗き込む。
「なんか変だったか?」
「変ではありませんけど……」
けど?
「なんかあるなら言ってみろ」
「送っていただいたのは〝また〟新しい物語ですよね?」
モニターにはプロローグ.txtが格納されたフォルダが表示されている。
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
「その、この前の話の続きを楽しみにしていたので」
ああ、そういうことか。
「あー。あのへっぽこ勇者のやつな。悪いけどあれは打ち切りにした」
「打ち切り、ですか?」
「ああ、もう書くのはやめて次を書くことにした」
「ど、どうしてですか?!」
珍しくアリスが不満気に俺の意見に異を唱えていた。
珍しくというか、こんなことは初めてのことかもしれない。
「よくよく読み返してみたら、なんか微妙って思ったからだ」
俺なりに頑張って書いてはみたが、よくよく読み直してみてこの物語はつまらないのでは? と疑問を感じたのだ。
つまらないというか、恥ずかしい文章というか、似た作品があるというか。
書いてる俺がつまらないと思ったなら、きっと投稿しても誰にも読んでもらえないに違いない。
なら、これまでの物語を書くのは終わりにして、今頭の中にある別の物語を書いた方がいい。
そう思ったのだ。
でも、その判断にアリスは納得いかないらしい。
「そんな事ありません! だって、だってシノさまが今まで頑張って書いていたのに……。この前の物語だって、その前のだって途中で終わっちゃいました!」
アリスの言う通りここ最近書いている物語は尽くエタっている。
エタる。
エターナル《永遠》。
つまり、永遠に更新されず、物語が途中で終わってしまうという意味だ。
もっとも俺のは投稿までこぎ着けていないのだから、エタると言える段階までにさえいけてないが。
「確かに頑張って書いているつもりだけど、面白くなかったら投稿しても意味ないんだよ」
「面白いです! 私は面白いと思いました!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどなぁ」
アリスの場合は俺が書いているからってだけで高評価になるからねぇ。
唯一の読者だから嬉しいっちゃ嬉しいけど、アリスの意見をそのまま鵜呑みにしてはいけない。
「決めたことだ。次はもっと面白いの書くからさ」
そう。
もっと、もっと面白いものを書かないと読んでもらえない。
一作目で学んだことだ。
物語の出だしで見限られれば、いくら面白い続きを書いたとしても読んでもらる事さえない。
だから投稿する前から面白さに疑問を感じるものは上げたところでまた……。また、あんな気持ちになるくらいなら……。
「それは違います!」
アリスが勢いよく立ち上がって息巻いた。
「頑張って書いたんですから投稿した方がいいと思います!」
絶対に投稿すべきと、断固曲げない意思を感じる。
「でも読んでもらえなきゃ意味ないだろ?」
「なんで意味ないんですか?」
「は? そりゃ……」
読んでもらえないと、なんだっけ。
読んでもらって、面白いって思ってもらって、ランキングに載って、承認欲求を満たして、それから……。
「とにかく、読んでもらえなきゃ書いた意味ないだろ」
「それなら、投稿しないと書いた意味がもっと無くなっちゃいます!」
「っう」
た、確かに!
「私にはどんな物語がたくさんの人に読んでもらえるか分からないです。でも、投稿しないと一人にも読んでもらえないことは分かります!」
やめて! 正論は効いちゃうから! 正論パンチだけはやめて!
「だから投稿すべきです!」
強く言われて、それになんとか言い返そうと、投稿すべきでない理由を考える。
でも、出てこなかった。
本当の理由は自分でも分かっている。
それはみっともない理由。
単純に怖いからだ。
自信作を投稿すれば、結果が出るに決まっていると能天気だった頃は良かった。
でも、処女作で現実を知った今の自分は投稿することが怖くなっていた。
何十、何百時間かけて頑張って書いた作品が誰にも評価されずに埋もれる喪失感。
頑張りを否定されているようで、恐ろしいものだった。
だから逃げているんだと、自分でも思う。
もしかしたら投稿していたらある程度伸びるかもだけど、俺はもっといい物語が書けるから今は投稿しない。
なんて理由をつけて、投稿さえしなければ少なくとも自己完結して、結果はでず傷つくことはないのだから。
でも、アリスにハッキリと言われて気づいたこともある。
果たして、自分が納得する完璧な作品をいつ書けることができるのだろうか。
それはきっとないんだと思う。
ずっと書いていれば、もしかしたら自分の実力の120%を出せた作品を書ける時がいつか来るかもしれない。
でもその時、俺は何かしらのケチをつけて投稿しないだろう。
もしもその作品が評価されなかった時が怖いから。
つまり、今のまま書き続けていても投稿できず一生ライトノベル作家になることは叶わない。
「そうか……そうだよな」
「シノさま……」
俺はなにかを決意したかのようにアリスに向き直る。
アリスは分かってくれたんですね。と、表情を緩めた。
成功のために失敗を恐れてはいけない。
失敗する勇気を持たなくちゃいけないんだ。
「でも投稿しない!」
「なんでですか!!」
あまりにも会話の流れに反したせいか、思わずアリスも憤慨していた。
「だって怖いんだもん! 勇気を持てないんだもん!」
俺は情けない言葉を並べた。
いい歳をした男が、まだ九歳の女の子に向かって。
「もしまた誰にも読まれなかったら? もうあんな思いはしたくないんだよ!」
「シノさま……」
アリスは一瞬びっくりするも、憐れむような瞳で俺を見据えた。
アリスは賢い子だ。きっと、俺が一度投稿して思った通りにならなかった事を察したのだろう。
アリスの言っていることは正しいと理解している。
それでも本気で取り組んでいる分、前向きに失敗して得る経験よりも、失敗した時の恐怖の方が大きいと感じてしまうのだ。
「……わかりました。私にお任せください」
「なにを任せるんだ?」
「私がシノさまの代わりに投稿します」
アリスが投稿をする?
それで何が変わるってんだ?
「私が投稿するのでシノさまにはいつ投稿したのか、結果もお伝えしません」
ああ、なるほど。
アリスの考えがわかったぞ。
どうせ投稿しないなら、俺の見えないところでアリスが投稿してくれるってことだ。
もし結果が出ればラッキー。でなければこと知れずに終わるってことか。
確かに、これなら俺の豆腐メンタルが傷つく事なく投稿できるか。
「私は絶対にシノさまを傷つけさせません。だからご安心下さい」
「アリス……」
絶対に俺のことを守る。
まるで卵や雛を守る親鳥のように、絶対に俺のことを守る。そんな決意を感じられた。
母性。
そう。これはバブみ。
九歳の女の子母性を感じる。これは決して歪んだものではない。
古来から存在するものだ。
例えば最古のライトノベルと言われているかの源氏物語にだってバブみが表現されている。
だから俺は変態じゃない。
「アリスママ……」
「え?」
おっといかん。
うっかり口からオギャりたい気持ちが溢れてしまった。
咳払いで誤魔化しておこう。
「そこでシノさまにお願いがあります」
「なんだ?」
「もし、いい結果が出ましたら続きを書いてください!」
「んまぁ、それはいいけど」
いいというか、願ってもない結果だ。
そりゃ、作品が伸びているなら喜んで続きを書かせてもらうさ。
こうしてアリスが俺の作品を投稿することになって数日。
「シノさま。なりたいの投稿サイト以外にも投稿してもいいでしょうか」
「ん? 別にいいけど投稿サイトなんて他にあったか?」
すると、アリスは大きく息を吸うと、
「はい。アリス調べによるとなりたいの他にカキヨミとベータポリスがあります。それぞれに特徴があるのですが、なりたいは一日にある程度の話数を連続で投稿することで新着欄に露出する時間を増やし日間ランキングを狙うのが良いようです。それに比べてカキヨミは毎日一話ずつ投稿を行なっている作品が週間ランキングに載っている傾向が見えました。なのでまずはカキヨミで一話ずつ投稿して、ある程度投稿してからなりたいでも連続で投稿したいと考えています。ベータポリスでは作品の長さ。つまり文字数がランキングに影響する傾向が見えまして――」
とんでもない速さで話すアリスはもはや何を言っているか分からない。
ただ、投稿サイトについては俺なんかよりもずっと詳しくなっている事だけはわかった。
「わ、わかった! 投稿については全部アリスに任せる!」
「はい! ちょっとした工夫しかできませんが、少しでもシノさまのお役に立てるよう頑張ります!」
ふんす!
と随分と気合いが入っているアリス。
気合いを入れ過ぎて跳ねなかった時に落ち込まなきゃいいが……。
とりあえず、アリスが他の作品を投稿するらしいから、気が向いたらお前らも是非見ろ下さい。よろしくお願いします。
◆◇◆◇
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