第二十話「お手伝い先」

「アリスちゃん遅い遅い」

「お待たせしました。お皿を片付けてました」

「え、そんなの置いとけば叔父さんが勝手にやるのに。ね?」

「その通りですが、かもめさんは少しアリスさんを見習った方が良いです」


 それに嬉野さんはどこ吹く風で、花火の袋の紐を解いている。


「奮発して一杯入ってるの買っちゃったけど、これだけ種類があると年甲斐もなく楽しみになってきちゃった」

「ほんとですね。このデカい筒のなんて初めてやりますよ。ほら、アリスはどれやってみたいんだ」


 いい年した二人が花火で盛り上がっている中にアリスが腰を落として混ざる。

 でもよく分かっていないようで首を傾げている。


「じゃあシノくんのやるの見てみよっか。叔父さんライター」

「はいどうぞ」


 嬉野さんがライターを使ってロウソクに火をつけるが、風に煽られてすぐに消えてしまう。


「ありゃ。ロウソクは難しいか」

「火がつかないと中止ですか?」

「いや、直接つけちゃおう。アリスは危ないから俺の隣にいろ」


 嬉野さんからライターを借りると、手持ち花火の先端にあるひらひらに火を付ける。

 すると小さな火が紙をつたって火薬に届くと、シューっと音を立てて色鮮やかな花火が吹き出した。


「ほら、アリス持ってみろ。危ないから人に向けないようにな」


 アリスに手渡すと、アリスの視線は花火に釘付けになっていた。瞳に花火の光が映っているせいか、輝いて見える。


「わぁ……」

「どうアリスちゃん。魔法みたいで凄いでしょ」

「魔法より凄いです!」


 そうか。魔法より凄いか。

 アリスならではの感想だな。


「よし。終わっちゃう前に火をもらうぞ」


 別の花火をアリスのもつ花火から火を移して着火する。

 命のリレーだ。

 これならロウソクは使わなくても大丈夫だろう。


「こっちは途中で色が変わるやつみたいだぞ」

「本当です変わりました!」

「アリスちゃん、まだ一杯あるから色んなの試して見てね」

「はい!」

「終わったやつはバケツの水の中に入れるようにな」

「はい!」


 それから三人で花火を楽しんだ。

 店長さんはというと、大人の花火を吸いながら見守っていてくれていた。


 あんなに沢山あった花火もあっという間に減っていって、最後はお決まりの線香花火で締めくくった。


「アリスちゃん花火どうだった?」

「凄い楽しかったです!」

「こんなに喜んでもらえると奮発した甲斐があったね」

「ありがとうございます。かなり良いやつ買って貰っちゃったみたいで」

「ううん。これくらいで単位が買えるなら安いものなんだから。シノくんも本当にありがとう。すっごい助かっちゃった」


 終わった花火も片付け終わって、今度こそお開きの時間だ。


「かもめさんありがとうございました! 花火、とても素敵でした」

「どういたしまして。また来年もやろうよ。あ、それよりも花火大会の方がいいかな」

「大会があるんですか!?」

「うん。すっごい花火なんだから」

「やっぱり決勝戦となると凄いんですね」

「ん? 決勝戦?」


 アリスがイメージしてる大会と違うけど……、まぁ来年に実際に見た時のために言わないでおくか。

 ってもしや来年嬉野さんと花火デートにいけるって事か?

 アリスお前でかしたぞ。


「んじゃ。帰りますか」


 それぞれ帰路につく、といっても店長以外は同じ方向だけど、そんな時、アリスは立ち止まって動かなかった。


「シノさま。あの……」

「どうした? なんか忘れ物か?」


 なにか言いたげなアリスはチラチラと時折店長の方を見て、それに店長は静かに頷いている。

 なんだ?

 もしかしてお皿を割っちゃって弁償しないといけないとかか?


「あの、ここで働いてもいいでしょうか?」

「は?」


 突然なんだ?

 ここで働くってなんだ?


 突拍子なくて話が見えない。

 さっきの店長さんとのアイコンタクトを見るに、もう店長さんとは話がついているのか?

 九歳のアリスがアルバイトをする事を?

 そんなバカな。


 そんな程度の状況予想をしたところで、店長さんが説明を加えてくれた。


「アリスさんからは色々と事情は聞きました。流石にアルバイトと言うのは法律的に難しいですが、姪の友人が店のお手伝いをしてくれて、たまにお小遣いをあげている。それくらいなら世間も許してくれるでしょう」


 との事だ。

 やはり店長さんとは話がついていて、あとは俺の許可だけと。

 てか事情はどんな事情で伝わってるのかなアリスさん?

 その辺はあとで本人から聞くとして。

 そうか。アリスは働きたいのか。

 前にもそんな事言ってたな。自分にかかる生活費は稼ぎたいって。


 きっとアリスの考えは俺に出来るだけ迷惑かけたくないし、俺のためにもっと色々なことをやりたい。なんて考えているのだろう。

 まだ来た当初の奴隷思考が抜けきっていないのかもしれない。

 だとすれば、無理して働くなんて事はしなくてもいい。


「すみません。気を利かせて貰って申し訳ないんですが、アリスにはまだ仕事はちょっと……」


 お断りの文言にアリスは下を向いてしまう。

 

 おいおい、そんなガッカリしてくれるなよ。

 仕事って大変なんだぞ?


「篠原さん、少しよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい」


 店長さんに招かれ、戸締りをしようとしていた店の中に招かれる。

 カウンターの丸椅子を勧められて、腰をかけた。


「すみません。あまりにもアリスさんから熱心にお願いされてしまいまして、私が口出しをするのも変ですが少しアリスさんの肩をもたせてください」


 どうやらアリスは相当店長さんを口説いたらしい。

 そんなに働きたいか。

 アリスは十分働いているのに。


「アリスさんから簡単な事情は聞きました。危機的な環境から篠原さんがアリスさんを引き取り、生活さていただいていると」


 なるほど。

 アリスの伝えた事情は上手い事嘘は言っていない。

 ファンタジー部分を差し引けば、概ねその通りなのかもしれない。


「アリスさんは今が幸せだと仰っていました。幸せ過ぎて、長い夢を見ているかと錯覚してしまう程だと言うのです」


 そうか。

 決して裕福でもないし、普段バイトで家に一人にしちゃってはいるけど、アリスがそう思ってくれているならよかった。


「しかし、その分不安も大きいみたいです」

「不安ですか?」

「はい。いつか何かをきっかけにこの幸せがなくなってしまうのではないかと」

「確かに、フリーター一人の稼ぎで現状を保てる保証はありませんが……」


 最近は結構シフト増やしたんだけど、やっぱり少ない。

 最近はアリスも結構財布を握る機会もあるし、ウチの家計があまり良くないことを感じ取ったのかもしれない。


「いえ、アリスさんは篠原さんと一緒であればお金の問題は些細なことのように見えます」

「はぁ。ならなぜ働きたいんですかね?」


 アリスは長寿のエルフだ。

 物凄い長い目で見れば、いつかは別れの時は来るだろう。

 そんな俺にとって遠い未来を懸念しているのか?

 それにしたって、それとアリスが働きたい事とどう繋がるんだ?

 さっぱり分からん。


「色々とあると思います。その一つが不安の解消と私は思いました。何もしていない自分を憂いておりましたから」

「いやいや、アリスはいろいろ家事とか色々やってますよ?

 何もしてないって事はないですし、そもそもアリスはまだ九歳ですよ? 家のために何かしなきゃいけないなんて普通は考えないですよ」


 俺がアリスくらいの時はどうだった。

 家のことなんて、たまにイヤイヤお手伝いくらいだ。


「アリスさんは賢い子です。きっと篠原さんと一緒に暮らすことで、負担させてしまっている事を理解しているのでしょう」

「そんなこと俺は気にして無いですし、アリスにそなこと言った事ないですし……」

「篠原さんがそうでも、アリスさんは気にしているのでしょう」


 そう言われて、思い当たる節はあった。

 食費はいくらで抑えろとか、節約を心がけろとか、確かに金銭面でアリスに意識させている事は多々ある。


「それは、そうかもしれないですけど……」

「それに、今日アリスさんとコーヒーを作ったり、掃除をさせていただきましたが、とても楽しそうにされていました。

 もし篠原さんがアリスさんが仕事をする事で大変な思いをされると考えているのでしたら、その心配はないと思いますよ」


 アリスが淹れてくれたコーヒーのことを思い出す。

 店長さんの言う通り、アリスはとても楽しそうだった。


「それに当然ですが終身雇用ってわけでもありません。アリスさんの都合のいい時に顔を出していただければいいですし、その他用事があればそちらを優先してもらってかまいません。あくまでお手伝いなので」


 それはとても都合がいいと言うか、こちらとしても嬉しいけど、店長は本当にそれでいいのだろうか。


「いいんですか?」

「むしろこれくらいで無いと、子供を働かせてしまっているって怒られてしまいますからね。それに何よりお給料、そこまで出せませんので……」


 そう言って店長さんは笑った。


「それは全然! というか頂けるだけで申し訳ないんですけど……なんでアリスにそこまで良くしてくれるんですか?」


 ここまで来ると、疑問はこれだけだ。

 今日初めて会ったアリスにここまでしてくれるなんて、店長には悪いけど、ちょっと過剰だ。


「これは個人的なお話になってしまってお恥ずかしいのですが、私は子宝に恵まれなくてですね。

 アリスさんとコーヒーを淹れた時、単純に楽しかったのです。もし自分に娘がいたらこんな感じだったのかと、思うところがありました。

 それにこのお店は趣味みたいなものでして、あまり利益とかは考えていません。前職でお金には困らない程度には蓄えがありますので。だから私がアリスさんといて楽しかったから、というのが理由になります。

 自分の口で言葉にしてみるとなかなか気持ちの悪い理由かもしれません。もし篠原さんがよくも思われなかったらこの話は断っていただいて大丈夫です」

「気持ち悪いなんて、そんな事はありませんけど……」


 なんだか店長さんもあまり話したく無いことを聞いてしまったかもしれない。

 それと同時に、今の話が包み隠されていないものだと感じた。


「わかりました。すみませんがアリスをよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうしてアリスのアルバイト(お手伝い)先が決まったのだった。


 

 

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