第十七話「髪は女の命」

「さっきからなにやってんだ?」


 いつものようにベッドに寝っ転がりながら、なりたいの執筆をし進めていると、普段この時間は動画サイトを観ているアリスが、なにをするわけでもなく床に正座しているのだ。

 一見、なにもしていないように見えるけど、顔が少し上がっていることから、どうやら壁に掛けてある時計を見ているようだった。

 それもかれこれ三十分くらい経とうとしている。


「十五時になるのを待っています」

「十五時になるとどうなるんだ?」


 知らんのか。おやつの時間が始まる。

 なんて事はない。


「かもめさんと会う約束をしています」

「嬉野さんと? え、嬉野さん来るの?」

「いえ、私が行きます」

「お前、そういうのは事前に言っとけな」


 親がいちいちどこに出かけるか聞いてくる気持ちが少し分かった気がする。

 まだ俺は親父になるような歳じゃないけど。


「ちなみになにしに行くんだ?」

「……内緒です」

「な……」


 なんだと?

 あのアリスが内緒事だと?

 今まで俺には嘘秘密がなかったアリスが?


 いや、初っ端に嘘ついてたわ。年齢詐称。

 でも、そうか。秘密ね。

 そりゃアリスにだって秘密にしたい事はこれから幾らでも出てくるか。


「まぁいいけど、迷惑はかけるなよ」

「はい!」

「あと、あまり遅くなるなよ」

「はい!」

「あとは……お前、嬉野さんに余計なこと話てないよな?」

「はい! かもめさんにはシノさまの素晴らしい事しか話をしていません」


 こいつ絶対余計なこと話してるだろ。

 どうしよう。

 次嬉野さんに会った時に冷ややかな目で見られたら。

 俺、落ち込むよ?


「てかまだ十三時だろ。なんでそんな時計ずっと見てるんだよ」

「遅れたらいけませんので」

「それはいい心がけだが、いくらなんでも気をつけすぎだ。過ぎたるは及ばざるが如し。いい事でもやり過ぎは良くない」

「過ぎたるは及ばざるが如し……覚えました」


 うむ。何事もいい塩梅があるってもんだ。


「そんなに心配ならアラームセットしといてやるよ。五分前でいいよな?」

「十分がいいです」

「ん、いいけど十分もなにするんだ?」

「色々と準備があります。おトイレとか、お手洗いとか」


 まぁ時間にルーズになるよりかいいか。




 ピピピピ……ピピピピ……。


 アラームと同時に待ってましたと言わんばかりにアリスがバッと立ち上がる。


「時間です!」

「十分前な。早く行き過ぎても迷惑だから、時間になってからにしろよ」

「はい!」


 なにをそんなに楽しみにしているのやら。

 俺には内緒らしいけど、楽しみがあるのはいい事じゃないか。



÷−÷



「シノさま。ただいま戻りました」


 アリスが出てから一時間程度だろうか。

 玄関の方からアリスの元気な声が聞こえてきた。


「おー。おかえり。楽しかった……か?」


 振り返ると、そこには様変わりしたアリスが立っていた。

 スラっと腰まで流れていた髪が、変わっている。

 髪型の名前は詳しくないけど、左右の耳辺りから綺麗な三つ編みが後頭部で纏められていて、ウェーブがかかっている。


「どうでしょうか?」


 アリスがステップを踏むかのように回って見せる。


「……可愛すぎる」

「……え?」

「髪型が変わるだけで随分と印象かわるな。まぁお前はもともと……っておい」


 なぜだか、アリスが回れ右をして家を出て行く。

 慌ただしいやつだな。

 また嬉野さんのところに行ったのか?

 とりあえず、アリスがお邪魔していた理由がなんとなくわかったし、お礼しに行っとくか。


 外に出ると、アリスの姿はもうない。

 あいつ、ノーチャイムで嬉野さんのところに行く権利を得ているのか?


 チャイムを鳴らすと、程なくして嬉野さんが顔を出す。


「シノくんにはお話があります」

「へ?」


 少し眉が上がった嬉野さん。その後ろに隠れるようにしてアリスがいる。

 え、俺なにかしちゃいました?


「アリスちゃん、せっかく髪を可愛くしたのになにか言う事はないの?」


 なに? 俺の言い方が悪かったのか?

 女の子の些細な変化には気づいて褒めるべき。数多のアニメ漫画ラノベで得た知識だ。

 だが、所詮は空想の物語での知識。

 そもそも俺が褒めたと思っているだけで、実際には褒めていることになっていないなんて事は十分にある。

 つまり俺が悪くて、俺が謝らないといけない。

 これ以上嬉野さんの評価が下がらないように。


「すみません。一応、可愛いって言ったんですけど、そんなんじゃダメですよね……」

「そうだよ。女の子にはちゃんと言葉にして伝えないと……あれ、可愛いって言った?」

「一応、小並感ながら」

「こなみ? って、アリスちゃん。シノくん可愛いって言ってくれたみたいだよ?」

「はい。でも可愛すぎって言いました」

「ん? よかったじゃない」

「よくないです」


 え、どして?


「なんでよくないの?」

「過ぎたるは及ばざるが如しです」


 嬉野さんが俺を見る。

 どゆこと? と言いたげだ。


「アリス。あれはケースバイケースだ」

「けーすばいけーす?」

「可愛すぎるのはいいって事だ」

「ほんとですか!?」


 とんだ勘違いがあったものだ。

 嬉野さんの後ろに隠れていたアリスが出てくると、揚々と後ろ髪をアピールしてくる。


「シノさまご覧下さい。このクルクルしてるところが可愛いです。あと、このふわふわになってるところもポイントです」

「凄いな。芸術的だ」

「全部かもめさんがやってくれました!」


 なぜだかアリスが得意げだ。

 そんな後ろ髪アピールの最中、三つ編みの片方がスルリと解けてしまった。


「あ」

「え?」


 アリスが恐る恐る、解けた三つ編みにそっと手を当てて、髪型が崩れたことに気づくと、ショックを受けた顔をして、涙目で嬉野を見上げる。


「ごめんなさい。壊しちゃいました……」

「あらら。やっぱり崩れちゃったか」

「やっぱり?」

「アリスちゃん髪がサラサラだからこういうはすぐ解けちゃうのよね」


 髪がサラサラだとそういうものらしい。

 外で髪がサラサラの人の後ろ姿を見ると綺麗な髪だなーなんて思う事もあるけど、髪型を変えるのに苦労するってことか。

 女の子も大変だな。


「私の髪じゃダメですか?」

「ううん。ワックス使えばまとまるかも。今ちょっと切らしてるけど……」


 アリスの泣き顔に困ったように答える嬉野さん。

 それに残念そうになるアリス。

 そんなにあの髪型が気に入っていたのか。

 でも、結構難しそうだし、毎回嬉野さんのお世話になるのも迷惑だから、むしろ丁度良かったのかもしれない。


「アリス。俺はいつもの髪型が一番似合ってると思うな」


 突然のことだったのか、きょとんとするアリス。


「でも、可愛い過ぎるって……」

「そうだ。いつもの髪型がお米だとしたら、さっきの髪型はカレーライスだ」


 俺の言葉にハッとするアリス。

 その横で、なんの話? と言いたげな嬉野さんがいる。


「カレーライスはとても美味し過ぎるけど、毎日カレーライスだと特別じゃなっちゃうって事ですね!」

「そうだ。だから特別な時用にその髪型はとっておこう」

「はい!」


 ふぅ。納得してくれてよかった。

 どちらにせよ、不器用な俺があの髪型をセットするのは難しいから嬉野さんに頼る他ないけども。


「ってことですみません。ご都合が良かったらでいいので、たまにお願いしちゃうかもしれません。あ、ワックスとか必要なのがあれば用意しとくので」

「それは全然いいんだけど、シノくんってなんだかアリスちゃんのお兄さんみたいだね。びっくりしちゃった」

「そうですかね?」


 俺とアリスが?

 外見もなにもかけ離れてると思うけどなぁ。


「そうだアリスちゃん。その特別な時が来る前に一人で出来るように教えてあげよっか」

「え! 一人でもできるんですか!? あの髪の毛ツルツルマシーンなくてもですか!?」

「できるできる。他にも色々教えてあげる」

「……! かもめさん好き!」


 アリスが目を輝かせて嬉野さんの手を両手で握る。

 まさかここまでアリスがオシャレ好きだったとはな。

 やっぱり女の子。というか、俺がオシャレに無関心ってのもあるけど。


「すみません。最近嬉野さんにお世話になってばかりで」

「ううん。アリスちゃんは命の恩人だしね。それに、アリスちゃんと会う口実が欲しいだけ」


 まぁ、嬉野さんがそう言ってくれてるし、お言葉に甘えておくか。

 やっぱり嬉野さんにアリスの事情を話しておいて良かった。


 今日もアリスの興味のあるものがまた一つ増えたみたいだしね。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る