第十五話「宇宙人か、異世界人か」
どうやら、たまたま近くをパトロールをしていた警察官が嬉野さんの助けを呼ぶ声に気づいて駆けつけてくれたらしい。
いきなり警察を目の前にした俺はビビってきょどることしか出来なかった。
その俺の姿は誰がどう見ても不審者だったろう。
「ちょっと話いいかな」と言われて、余計パニックになる。
だってしょうがないだろ。
いきなり警察のおっちゃんに手首掴まれたら誰だって怖いって。
なんとか振り絞って男のいる方を指差すも、あろうことか、さっきまで伸びていたはずの男の姿が消えているではないか。
逃げた?
嘘だろ?
現場に不審者は俺だけ?
詰んだ?
そんなピンチを助けてくれたのは嬉野さんだった。
事のあらましを説明して、俺の無実を証明してくれた。
別にストーカーがいて、それを俺が追い払った事にしてくれた。
被害者の嬉野さんの言う事だ。
警察もそれで納得してくれた。
つまり、今回の件は男に襲われた時にアリスに助けてもらい、警察に疑われた時には嬉野さんに助けて貰ったわけだ。
男は俺だけだからと息巻いていたのに、全部女の子に助けてもらっているのだが?
「すみません、役立たずで」
警察への説明を終え、アパートの前まで送ってもらった後、俺は自分の不甲斐なさを謝った。
「ううん! 一番に助けてくれてありがとうね。怪我とか大丈夫? お巡りさんには大丈夫って言っていたけど、離れた所からでも結構痛そうな音聞こえたから」
嬉野さんが心配そうな顔で俺を見ている。
「いえ、俺は全然大丈夫ですよ」
本当はクソ痛かったけど、せめてもの強がりだ。
「俺よりアリスは大丈夫か? お前も結構派手に吹き飛ばされてたろ。どこか痛くしてないか?」
「私は大丈夫です!」
「本当か? お前我慢するからな。後で体見せてみろ」
「パンツの中もですか?」
「だからパンツの中は見ねぇって言ってるだろうが」
なに? お前見せたいの?
それに俺がいつもアリスのパンツの中確認してるって嬉野さんが勘違いしたらどうすんだよ。
「すみません、アリスはいつもこんなんなんで気にしないで下さい」
「アリスちゃん面白いね」
くすくすと笑われてる。
変に勘違いされずに笑ってくれているならよかった。
「それで、さっきのアリスちゃんの事なんだけど……」
やっぱり、その件は誤魔化せないよね。
どうしたものかな。
警察に送ってもらっている間もずっと考えていたけど、答えは出ていない。
アリスを見る。
この問題はアリスにとってマイナスにならないかどうかだ。
嬉野さんがアリスにとって悪い事をするような人には見えない。
でもまだ知り合って間もない間柄でもある。
しかし、今後アリスの事情を知っているのが俺だけっていうのも良くないのも確かだ。
そして、今の俺の生活の仕方で、今後人と接点を持つ事が少ないのも事実。
なら、嬉野さん。しかも女性に、アリスの事を理解してもらうのは滅多にない機会なんじゃないのだろうか?
そこまで頭の中で整理して、覚悟を決めた。
「その話なんですけど外だとあれなので、もし良ければウチの中でもいいですか?」
「うん。大丈夫」
何故だか、期待に満ちた顔で頷かれる。
嬉野さんも好きなのか? ファンタジー。
÷−÷−
嬉野さんを招くと狭い部屋が余計狭く感じた。
まぁ、間取りはお隣である嬉野さんのところも同じはずだし、それは承知の上だからいいとして、散らかっているかが不安だったが……そこは日々のアリスのお掃除が行き届いているお陰でよそ様に見せても恥ずかしく無いレベルに達している。はず。
アリスが「お茶をお出しします!」と言って、人数分用意してくれた。今日は特別に薄めていない濃いお茶だ。
お茶がうめェ……。
さて、一息ついたところで。
「それで、アリスのことですが、他言無用でお願いします」
「もちろん。だってあんなの、普通じゃないもの。だってあれって……」
そうだよな。あんな超常現象。ファンタジーでよく使われるあれししか考えられないよな。
嬉野さんが身を乗り出す。
「超能力だよね! 絶対!」
そっちかー。
確かに、吹っ飛んでだからサイコキネシス? テレキネシス? 的なものに見えてもおかしくないか。
まぁ、超能力と魔法がどう違うのかって言われても説明はできんな。よく考えてみれば呼び方の違いだけなのかもしれない。
「超能力違います」
アリスが速攻で否定する。
そしてどこか不満気だ。
なに、超能力と間違えられるの嫌なの?
「あれ、そうなの? だってぐあって吹っ飛ばしちゃってたよね?」
「あれはですね。実は魔法なんです。アリス見せてくれ」
「はい!」
アリスはペットボトルのキャップをテーブルに置くと、それがクルクルと回って宙に浮く。
これこそ俺が最初に見せてもらった魔法。お掃除魔法だ。
「えー凄い! 宙に浮いてる!」
「タネも仕掛けもございません!」
宙に浮くキャップの下に手を通して本当に浮いている事をアピールする。
どう見てもマジックのそれで、逆に胡散臭く見えんぞ。
でも、嬉野さんは小さく拍手をしてくれて、アリスは得意気だ。
「と、まぁ。こんな感じです」
「マジックじゃなくて本当に魔法なんだよね? シノくんも使えるの?」
「え、俺っすか? 俺は使えないですよ」
「そうなんだ。アリスちゃんが特別なんだね」
なんで俺も使えると思ったんだ?
ああ、アリスと暮らしてるもんだから、不思議な力を持ってる同士と思ったのかな。
魔法使いの家系みたいな?
しかし、あれだ。嬉野さん勘違いするのは俺の話の順序が下手だからだよな。
まず、前提であるアリスがエルフってところを説明しないと。
「実はアリスは地球の人間じゃないんです」
「え、アリスちゃん宇宙人なの!?」
「宇宙人違います」
またアリスが速攻で否定する。
俺も異世界人ってファンタジー脳で自然に理解していたけど、確かにその異世界が宇宙のどこかにあるなら宇宙人でも間違ってはいないよな?
超能力と魔法、宇宙人と異世界人。SFかファンタジーかの違いなのかもしれないが。
いちいち話が逸れるな……。
コミュニケーション経験が乏しい俺が要点だけを話そうとするからこうなるんだ。
もう最初から最後まで全部話してしまおう。
それから俺はアリスが送られて来てからこれまでの事を話をした。
アリスが異世界から配達されて来た始まりから、アリスという名前を付けて一緒に暮らした今日までの事を。
自分でも現実離れしていると思う話を、嬉野さんは黙って最後まで聞いてくれた。
普通なら信じてもらえるはずのない話を真剣に。
「そうだったんだ……。一人暮らしの男の人と外国の小さな女の子が二人で暮らしてるって聞いた時は不思議に思っていたけど、そんな事があったんだ」
「今の話、信じます?」
「んー。正直、突拍子もなくて、まだイマイチ理解が追いついていないのもあるけど……でも、今はその話を信じる事が助けてもらったお礼だなって思うの。あ、もちろん信じてお終いって事じゃないよ?」
よかった、信じてくれようとしているだけで助かる。
俺も最初は詐欺だと思って信じなかったし。
「助かります。ひとまずはこんな感じです」
嬉野さんに話せて、少しだけ肩の荷が下りた気がする。
事情を知ってくれている相談相手ができたのは心強い。
「もうこんな時間」
時間は既に日付が変わった頃だった。
アリスはもう寝ている時間だ。
バイトが終わったのが21時頃だから、あれから色々あればそんなものか。
「私、そろそろ帰らないとだ」
そう立ち上がる嬉野はどこか寂しそうと言うか、不安気と言うか、そんなほんの少しだけ影の差した雰囲気があった。
思えばまだストーカーの男は捕まっていない。
まだこの辺りにいると考えれば、不安にもなるよな。
だからと言って、うちに泊まります? なんて提案はできないし。うーん。
「そうだ。アリス、お前今日は嬉野さんのところに泊まるってのはどうだ?」
「え?」
「もしもの時にアリスがいれば防犯的に安全かなって。嬉野さんさえ良ければですけど」
なかなかの妙案じゃなかろうか。
俺がいてもしょうがないし。てか役に立たないし。
アリスなら同じ女の子だし、魔法だって使える。
「それはとても嬉しい申し出だけど……」
嬉野さんがチラリとアリスを見た。
隣にいるアリスがあからさまに不満気だ。
なんで? 嫌なの?
こいつ俺から離れたがらないからな。一回バイト先までついて行きたがってた事もあったし。
「よし。もし嬉野さんのところにお泊まりして護ってくれたらシノポイントを10ポイントだ!」
「え! シノさまポイント10ポイントもですか!? やります!」
アリスのやる気が爆上がりした。
「シノさまポイント?」
「あー、お手伝いポイントみたいなものです」
と言っても家事はアリスに任せっきりだからお手伝いと言うか、何か素晴らしい事をしたら与えるポイントってルールになっている。
ちょっとしたレクリエーションだ。
「へぇ。ポイントが溜まったら何か貰えるの?」
「はい。100ポイントでシノさまがなんでも願いを叶えてくれます」
〇龍かな?
なんでもって言ったけ。
まぁ、子供が考える事だ。どうせ遊園地に行きたいーなんて程度だろうし、問題ないだろう。ないよねアリスさん?
「とりあえず、もう遅いし寝る準備が出来たら行かせますので」
という事でアリスは嬉野さんのところに泊まる事になった。
それから嬉野さんは自分の家に戻ってもらい、アリスとぐちゃぐちゃになった寿司を食べて、風呂やら歯磨きやらを済ませてアリスを嬉野さんの家に送った。
そして夜が明けて、何事もなく朝にアリスが帰ってきた。
一夜で嬉野さんとやたら仲良くなっていたのはまた別の機会に話すとして、どうやら朝に警察から連絡が来てストーカーは無事に捕まったらしい。
嬉野さんからは改めて感謝されて、ちょっと高そうな菓子折りを貰ってしまった。
なんでも、ストーカーに怯えていた日常の唯一救いが、隣から聞こえて来る楽しそうな声だったようだ。
このアパート壁薄いからな。有り難かってはくているけど、やっぱり今後はボリュームには気をつけよう。
アリスの声ちょっとデカいからな。
ともあれ、無事に事が収まって本当によかった。
◆◇◆◇
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