第十三話「敵襲」

 アリスの後ろから出て来た嬉野さんの足取りはどこかぎこちなかった。


「え、靴どうしたんですか!?」


 嬉野さんは靴を履いてなく、白かったであろう靴下はすっかり汚れてしまっている。

 どこかに靴を落として来たなんてことはあるまいし。

 それに嬉野さんの様子がちょっとおかしい。顔色も良くないような……。


「ごめんなさい。アリスちゃん連れ出しちゃって。私はもう大丈夫だから」


 どう見ても大丈夫には見えない。

 痛そうにしている足。

 足裏に近い側面は少し赤黒くなっているようにも見える。

 まさかその足で走ってここまで来たんじゃないだろうか。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 今にも踵を返そうとする嬉野さんを呼び止める。

 いくらなんでも、ここではいそうですかと別れるほど薄情にはなれない。


「絶対大丈夫じゃないですよ。それにそんな足で歩いたら危ないですし、取り敢えず俺の履いて下さい。俺、自転車なんで」


 嬉野さんを自転車の後ろに……なんて発想もあったけど、流石にこの状況で下心は出せない。


「いえ、そう言う事でしたら私の靴を使って下さい!」

「いや、お前のは小ちゃくて入らないだろ」


 あ、俺の靴も入らなかったらどうしよう。失礼になるかも。

 なんて思いながら、嬉野さんの足の横に置く。

 よかった。俺のサイズの方が大きそうだ。


「とりあえずどこか落ち着ける場所に行きましょう。って、うちが近いんで一旦帰ってからの方がいいですかね?」

「家に戻るのは危ないです!」

「なんで家が危ないんだよ」

「家が襲撃されたのです!」

「は? 襲撃?」


 何言ってんだ? 宇宙人にでも襲撃されたのか?


「アリスちゃんありがとうね。私から説明するから」


 嬉野さんがアリスの肩に手を乗せる。

 でも、そうか。考えてみれば靴を履かないで外に飛び出した状況なのだから、確かに家でなにかがあったのだろう。


「私ね。結構前からストーカー被害に遭ってるの」


 その言葉だけでおおよその事を察する事ができた。

 そして、その後の嬉野さんの話は、だいたい俺が察した通りだった。


 嬉野さんはストーカーに付き纏われていて、遂に自宅まで侵入して来た。

 ただ事ではない嬉野さんの悲鳴に気づいたアリスはバルコニーから嬉野さんの部屋のバルコニーに移ると、襲われている嬉野さんに声を掛けて、嬉野さんを連れてバルコニーから脱出。

 そのまま俺のバイト先まで連れて来たと言う。


「ごめんなさい。アリスちゃんを危ない事に巻き込んじゃって」

「いえ、嬉野さんが無事で良かったです。アリスもよくやった」


 アリスの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。


「でも、確かにその話だとアパートには戻れませんね」


 というか、もはや俺があれこれしても解決できるものではない。

 事件であり、警察の仕事だ。


「警察には?」

「スマホ、持ってくる余裕なくて」


 そりゃそんな余裕はないよな。


「シノさまは持ってないのですか?」

「俺も家に置いて来ちゃったな」


 店長ちゃんから電話がかかってきた時に、バッテリーがもう少なかったから充電器に挿しっぱなしで出てきたんだよな。

 となると、どうしたものか。

 そうだな。ここから駅前の交番に行くよりも、俺が自転車でスマホを取ってきた方が早いか。


「じゃあ俺取ってくるんで、嬉野さんはここで待っていて下さい」

「私もお供します!」

「いや、自転車で行くからお前もここで待ってろ」


 やばい奴がアパートの近くにいるって言ってもストーカーだ。

 無差別殺人みたいな犯罪者じゃないし、関係ない野郎の俺が行ってもストーカーは興味はないだろう。


「あ、あの」

「あ、靴ですか? 大丈夫ですよ。ペダル漕ぐだけなんで。それに家に戻れば履くものあるんで」

「そうじゃなくて、ごめんなさい。さっき大丈夫って言っちゃったけど、やっぱり怖いみたい。一緒に行っちゃダメかな?」

「一緒にって……」


 嬉野さんが一緒となると話が変わってくる。

 相手は勝手に家に入ってくるようなヤバい奴。へんたいふしんしゃだ。

 つまりネットで文句だけ言ってなにも行動しないお前たちと違って、実際に行動しちゃうヤバい奴って事だ。会敵した時になにをしてくるか分からない。


 でも、確かにアリスと二人で置いていくのも危ないか。


「分かりました。さっと戻って、さっと通報しちゃいましょう」

「アリスもお守りします!」



 この時、交番よりも自宅の方が近いからなんて横着をしなければ、もう少し考えれば店の電話を借りるなんて選択だってあったのに。

 そう、俺は後悔する事になる。

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