第九話「かゆうま」
「なんか夏っぽい事をやるぞ!」
俺はなんの脈絡もなく宣言した。
まぁ聞いて欲しい。
前回に引き継ぎ、エアコンが壊れたまま。
この猛暑の中では良いものを書こうにも書けない状況なのだ。
ならば、どうせならこの状況を楽しむべき。
楽しんでこの乗り越えるべきなのだ。
「夏っぽいことですか?」
「そうだ。お前、夏っぽいことしたこと無いだろ。アリスはいろいろな経験を積んだ方がいい」
アリスには経験が足りない。
普通より圧倒的に少ない。
経験は人生を豊かにすると俺は思っている。
経験とはつまり、自分の好きを探すってことだからだ。
好きなものは多い方がいいに決まっている。
分かりやすく例えるならば食べ物だ。
好きな食べ物は多いに越した事はない。
でも、自分の好きな食べ物を探すには、一度食べてみないと分からない。
好きなものを探すには経験するしか無いのだ。
というわけで、アリスには沢山の経験をさせてあげたい。金があまりかからない程度にだが。
「というわけで、これをやるぞ」
「これは?」
「VRゲームだ」
実家を飛び出してた時に持ってきたやつだ。
当時は品薄で、わざわざ海外のAmaz○nで買ったのを覚えている。
しかし、買ったのはいいけど、結局あまり遊ばずに寝かせてある状態だったのを引っ張り出して来た。
「知ってます! デスゲームが始まるやつです!」
「この前読んだラノベだな。まぁ、それの劣化版って感じだ。これをつけてゲームをすると、まるでゲームの中に入った感じになる」
「最先端です」
でもまぁ、重いし肩凝るし慣れるまで酔うしで、まだまだ発展途上ってのが使った時の正直な感想だ。
「でも、VRゲームが夏っぽいことなのですか?」
「いや、夏っぽいゲームをやる。これだ」
俺は定番のホラーゲームのパッケージを取り出す。
「ヤベーヨハザード7?」
「そうだ。夏といえばホラー。怖いものでゾッとすることで涼しく感じるって昔の人の知恵だな」
「怖いと涼しくなるんですか?」
ふむ。どうだかな。
涼しくなるかと言われると正直なところ微妙ではある……か。
「まぁ、昔の人の知恵だしな。眉唾物も多いかもしれない。他にも風鈴の音を聞くと涼しく感じるとか、熱いものを食べると涼しく感じるとかある」
「? 普通に考えて、熱いものを食べたら暑くなるんじゃないんですか?」
「まぁ、実際は暑くなっているだろうな」
「昔の人は暑さで頭がちょっとおかしくなっちゃったんですね」
アリスは平然とした顔で辛口な事を言う。
時に純粋な言葉ほど鋭利なものはないのだ。
「日本の文化みたいなものだ。というわけで、今日はホラーゲーやるぞ。アリスは怖いの大丈夫か?」
「よく分からないですが、多分大丈夫です!」
「本当かー? 因みに俺はちょっと苦手だ」
「では私がお守りいたしますね!」
そんな調子のアリスだが、大丈夫だろうか。
女の子は特にこれ系が苦手な人が多いイメージがあるが。
その中にはきゃーこわーいと言ってる自分が可愛いと思ってる計算高い部類もいるだろうけどね。
俺なんか小学生の時に、初代ヤベーヨハザードをお年玉で買って、始めて早々に怖すぎて詰んだ苦い思い出がある。
このゲームはそれくらい怖い。
それでも案外、アリスは怖いものを見てもケロっとしてそうだ。
それでもホラーを存分に楽しめるよう、いっちょ驚かしてやるか。
「これは一人用のゲームだ。だから、このVRを俺がつけて、アリスはモニターを見ながら操作してもらう。主人公を俺だと思って頼むぞ」
「お任せ下さい!」
という事で、早速VRを装着。アリスの可愛い手にはコントローラーを握らせた。
ゲームは開始早々に不穏な空気に包まれる。
いつ驚かせに来るかと俺は身構えるが、隣で操作するアリスからはそんな気配はなく、おぼつかない操作ながらも恐れを知らずにぐんぐん先に進んでいく。
アリスの場合、ホラーを知らないから急な驚かしがあるとか知らないだけだろうが。
そしてその時が来た。
何の変哲もない扉を開けると、いきなりゾンビが背後から襲いかかって来た。
「うおっ」
「っひぃ!」
隣にいたアリスの肩が当たり、そのまま体を押し付けてきて離れない。
「大丈夫か?」
「な、なんですかあれ!」
「ゾンビだ!」
「ゾンビってなんですか!?」
え、ゾンビ知らないの?
知らないか。なんも説明してなかったからな。
「ゾンビは一回死んだのに生き返ったバケモノだ。噛みつかれるとこっちもゾンビにされるから気を付けろ」
ゲームの設定上はそうだが、主人公は主人公補正で噛まれても何故かゾンビにならないんだけどな。
アリスはコントローラーを握り直すと、ゾンビから逃げる。
だが、行く先は袋小路だ。
「に、逃げ道がありません!」
追い詰められたアリスが焦った声を出す。
そうしているうちに、ゾンビが覆い被さって腕を噛み付いて来た。
それを見て俺は叫ぶ。
「うおおおお! う、腕! 腕を噛まれたあああぁ!」
主人公が噛まれた方の腕を掴んで大袈裟にリアクションをとる。
「シノさま!?」
「アリス、これはVRゲームだ。実際にダメージも反映される!」
「そ、そうなんですか!?」
「っぐ、アリス頼む、助け……かゆい、うま……」
そうこうしている間にゲームオーバーと画面いっぱいに表示される。
俺は渾身の演技でその場に倒れた。
「シノさま! しっかりして下さい! お気を確かに! シノさま!」
数秒の間、あたふたするアリスの様子を楽しむ。
それから無言のまま俺はゆらりと起き上がった。
「シノさま良かったです! どこか痛いところは……シノ、さま?」
無言のままアリスと対峙する。
そして、
「ぐおおおお!」
「っひゃ!?」
ゲーム内のゾンビの登場シーンを再現した声を出して、アリスに襲いかかった。
アリスの小さな肩を掴み、そのままベッドに優しく押し倒す。
「ごめんなさいシノさま、私のせいで……。シノさまになら本望でございます。私もシノさまとご一緒にゾンビのお仲間に……」
アリスに覆いかぶさり、毎日磨き上げている歯を見せる。
そういや歯間ブラシそろそろ無くなりそうだったな。
そんなことを考えながらVRの機材を頭から外す。
見ればアリスは涙まじりに目をギュッと閉じて、俺に首元を授けるようにして顔を背けていた。
「なーんてな。少しは涼しくなったか?」
「……え? シノ、さま?」
「俺の演技力も中々のもんだろ。どうだ、少しは怖かったか?」
「ぅ………ぅっ………」
「ん?」
「あ〝ああああぁぁぁぁぁ!! あ〝ああああぁぁぁぁ!!」
まさかのギャン泣き。
マジ泣きのアリスが俺にしがみついてくる。
物凄い力だ。
やり過ぎた。
なんか、ものすごい罪悪感だ。
胸の中でひっくひっく泣くアリスの頭を撫でながら反省する。
好きなものをと思っていたのに、トラウマを増やしてしまうことになるとは。
「ごめんな。少しやり過ぎた」
「……シノ、さまが、ぐずっ。生きて、いて、よかったでずっ」
嗚咽混じりにながらもアリスは俺の胸の中で答えてくれる。
こんな事をしたというのに俺の心配をしてくれるなんてなんて優しい子なんだ。
しかし、俺に降りかかる問題はこれからだった。
すっかり怯えてしまったアリスは、一人でお風呂に入るのが怖いと言い出し、今日だけ特別に一緒に入った。
寝る時間になると枕を抱いて、怖くて眠れないと言い出し、今日だけ特別に一緒のベッドで寝た。
二人で寝るのは暑いが、俺が撒いた種だ。仕方がない。
因みにどちらも深い意味はない。
何度も言わせてもらうが、君たちと違って紳士な俺は何にもやましい事はしていない。
確かに怖がって、すがるように懇願してくるアリスは天使のように可愛かったが、誓って何もしていない。
そして日付が変わった真夜中。
俺は控えめに揺さぶってくるアリスによって目が覚めた。
「どうした?」
「す、すみません。あの……おトイレに……」
「ああ、便所な」
申し訳なさそうにもじもじしているアリス。
結構な時間我慢していたようだ。
「ドアのすぐそこにいるから、安心してしてこい」
重たい目蓋を擦りながらトイレのドアを開けてやる。
でも、アリスは俺のパジャマの裾を掴んで離さない。
「どうした」
「一人は、怖いです……」
そう言われてもなぁ。
「じゃあドア開けっぱでいいから。俺は見えないところにいるから」
トイレの中から死角になる場所に移動するも、アリスは俺を離してはくれない。
「シノさまが見えないと怖いです……」
「いや、そんなこと言ったら、俺がその……見えちゃうぞ?」
「私はそれで大丈夫です」
「大丈夫じゃねーよ」
まったく。なに言ってんだこいつは。
「でもでも、シノさまはいろいろな事を経験を積んだ方がいいって言いました!」
「言ったよ! でも俺がその経験を積むと俺の人生が詰んじまう可能性があるんだよ!」
こういうところだ。
アリスの感覚が大きくズレている。
無防備というか、恥じらいがないというか。
それから俺は後ろを向いているってことが落とし所になり、難を凌いだったのだった。
因みに耳も塞いだ。
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