第六話「俺くらいになると第二ボタンじゃ済まない」

「やっぱり決めておかないと不便だな」

「どうかいたしましたか?」


 アリスに名前をつけてから一ヶ月。

 どうしたものかと、頭を悩ませていた。

 アリスの事での悩み事は沢山あるが、一先ずは……。


「俺とアリスの関係性をどうしたものかってことだ」

「私はシノさまの奴隷ですよ?」

「その奴隷ってのが問題なんだよ」


 本当は奴隷って言う意識をやめて貰いたいけど、今は置いておこう。

 事実、俺はネット通販で奴隷としてアリスを買ったみたいだし。

 しかし現代日本で奴隷なんてものはライトノベルとかの空想世界でしか出てこない単語だ。


 これから先、俺とアリスで出かけることもよくあるだろう。

 その先で、俺たちはどんな関係か聞かれることがあっても不思議ではない。

 一緒に暮らしていることに疑問を持たれるかもしれない。

 そんな時に、ぱっと出てくる言い訳が必要なのだ。


 今の時代、血の繋がりも無い未成年の女の子と暮らしていると知られたらどうなるか。

 捕まるのだろうか。

 別にやましいことをしてないのに?

 どちらにせよ、いい方向にいかない事は間違いない。


 アリスの見てくれは日本人ではない。

 でも苗字は同じ。

 さて、どうしたものか。


「まぁ、腹違いの兄妹って事にするのが無難か」

「私とシノさまが兄妹ですか?」

「そうだ。それなら苗字が同じで見てくれが全然似てない理由になるだろ」


 普段からそんな振る舞いをしておいて、予め口裏を合わせていればその場しのぎにはなるだろう。


「となると、まずは呼び方だな」

「シノさまではダメなのですか?」

「今日日、様付けで呼ぶのはビジネス相手くらいだ」


 妹設定にした以上、呼び方なんて限られる。

 だが、血も繋がってないアリスにお兄ちゃんとか呼ばせるのも気が引くよなぁ。


「ではお兄様と呼んだ方がいいですか?」

「なんか余計犯罪臭くなったな」


 てか様付けるのは変わりないのね。お兄ちゃんでも犯罪臭漂うが。

 さすがはお兄様です。


 いや、しかしこう真面目に考えてみると難しいものだな。

 もういいか、シノさまで。

 一ヶ月もそう呼ばれてるとそっちの方が自然に思えてきた。


「やっぱシノさまでいいや。外で変に思われたらアリスは不思議ちゃんって事にしよう」

「不思議ちゃんですか?」

「そうだ。不思議の国から来たからな」

「私の名前の由来ですね!」


 困った時はその時の俺がなんとかしてくれる。

 たかが呼び方で悩むのはやめだ。


「でも、不思議の国に行くのがアリスですよね?」


 ……細かい事は気にしてはいけない。



÷−÷−



「何かやりたい事は見つかったか?」


 俺はアリスに課題を出していた。

 それは、何かやってみたいもの、好きな物を一つ探すってものだ。

 アリスの一日は家事ばっかりで終わっている。

 俺に尽くす日々だ。

 普通の九歳児が過ごすような生活ではない。


 だから課題を出したのだ。

 何かやりたい事、好きな物、なんでもいいから探せと。

 何か熱中できるものが見つかれば、少しくらいは楽しい毎日になるだろう。そう考えたのだ。


「私、働いてお金を稼いでみたいです!」

「それはつまり……お小遣いが欲しいってことか?」


 少し面をくらったが、確かに。俺もアリスくらいの歳にお小遣いをねだったものだ。

 そうなると月に五百円くらい……いや、アリスの働きぶりを見ればもっと多い方がいいか。あーでもでも俺の財布が……。


「いえ、毎日の食事などシノさまがお稼ぎになられたお金を使わせて頂いてますので、せめて自分にかかる生活費くらいは自分で稼ぎたいと思いました。

 あ、もちろん家事は疎かにならない程度にです!」


 おいおい。本当にこいつは九歳なのか?


「立派な考えだが、それはダメだ」


 俺はビシッと言ってやった。


「そもそも、九歳だと働けない。この国では十六歳からじゃないと働けないんだ。

 あとな。俺が言ったのは自分が楽しいって思えることを探せって言ったんだよ。なんで答えが働きたいだ。もうお前は十分働いてんだよ」

「でも私、もっとシノさまのために何かしたいです!」


 アリスは食い気味に言う。

 どうしてそんな考えになる。

 もう名前をつけたんだから返品はできなくなった。

 なら、俺に媚び諂う必要は無くなったはずだ。

 それに普段から奴隷みたいに振る舞わなくてもいいって言ってるのに、どうも治る気配がない。


「じゃあなんか好きなのはないのか? 結構ネット見てるんだから、これ面白いとか、好きとかなんかあるだろ?」

「私、シノさまのことが好きです!」


 はぁ……。

 額に手を当てる。


 いや、懐いてくれるのは嬉しいよ?

 幼女に懐いてもらえないお前らには悪いけどさ。

 でもそういうことじゃないんだわさ。


「シノさま」

「ん?」

「無理して私のことを考えなくても大丈夫ですよ。私は今のままで十分に幸せです」


 そう、俺の考えを見透かしたように言った。


「そうは言ってもな……お前の幸せハードル低すぎるんだよ」


 いや、別にアリスを幸せにしてやりたいなんて恥ずかしい事は思ってないよ?

 でも、人並みにはな?


「ではシノさまは私くらいの年頃にはどのようなことをされていたのですか?」


 アリスくらいの歳か。

 アリスくらいの歳には学校……。


 っう、頭が!

 思い出したくない記憶が走馬灯のように……!

 いや、落ち着け。

 あれは中学の時だ。

 小学校の時はまだ大丈夫。


「まぁ、アリスくらいの頃はバカやってたよ。ちょうどその時のクラスの担任が新任の若い女の先生でさ。構って欲しくてよくイタズラしたな」

「イタズラですか? あ、知ってます。教室の入り口の上に黒板消しを挟んでおくんですよね」

「お、よく知ってるな」

「ゆーちゅーぶで見ました」


 成る程な。黒板消しトラップなんてまだあるもんなんだな。


「あとよくやったのがあれだ。アリス、ちょっとそこに立って後ろ向いてみろ」

「こうですか?」

「そうそう。そうしてこうやると……」


 アリスの膝裏に、俺の膝を合わせるように当てて押す。

 すると、ヘニャリとアリスの膝が曲がった。


「膝が自動的に曲がりました!」

「こういう下らないのをよくやってた」


 背後から近づいて新任の女の先生に「きゃっ。もー、シノハラくん!」って言わせるのが好きだったんだよ。ぐへへ。

 もしかしたらあの先生のせいで俺の性癖が歪んだのかもしれない。

 あー責任とってもらいたいなぁ。


「それも知ってます!」

「ほぉ。凄いな。それも動画サイトか?」

「いえ、SNSです! あれですよね。足がコキって曲がっちゃう」

「そうそう」

「足コキって言うんですよね」

「は?」

「よくSNSで見る単語でしたけど、意味が分からなかったんです。成る程、勉強になりました」


 ちっげーよ!

 膝カックンだよ!

 なんだよ。SNSの民度低いな!

 いや、俺のフォロワーか。SNSは悪くない。


「あの……私もシノさまの……足コキしてもよろしいでしょうか」

「ちょっと恥じらいながらいうのやめろ! 足コキじゃなくて膝カックンだ!」

「え、じゃあ足コキってどう言う意味なんですか? 私、足コキやってみたいです!」

「そこに食いつくな! 知らなくていい! 忘れろ!」


 お前らが平気でそういう事ツイートするから最近の子供が変な知識付けるんだぞ。

 マジでやめろよな。


「シノさまは学生の頃はやっぱり女の子に人気だったんですか?」

「ん? ああ、そうだな。女子からの人気って点ではかなりやばかった」


 いろんな意味でな。


「こ、告白とかされちゃったりとかしたんですか?」

「いや、告白はなかった。でも似たような事はあったな」

「似たような事ですか?」

「ああ、中学を卒業する時にな。この国では好きな男の第二ボタンを欲しがる風習があるんだよ」

「第二ボタンですか?」

「好きな人がいつも身につけていた物が欲しいって思うらしいんだよ。女の子は」


 女の子に限った事でもないか。男の子だって好きな女の子が身につけていた物は欲しいものだ。下着とかな。


「なんとなくわかります」

「アリスもわかるか。んで、俺くらいのレベルになると、教科書とか上履きを取られたな」


 俺は天井を仰ぐ。


 いけない。思い出していい思い出は小学生までだった。中学生は思い出しちゃいけなかったのに……。


「……っ! シノさまどうなされたのですか!?」

「あれ……? 目から汗が……。これが青春の汗ってやつなのかな……」


 おかしいなぁ。女の子との甘酸っぱい青春を思い出していたはずなのに悲しみが止まんねぇ。

 てか俺の教科書と上履き取ったやつまじ許さねぇぞ。

 たまに虐められる側も悪いとか一言で片付ける奴がいるけど、大抵は虐める奴が悪いんだよ。


 あいつキモいから虐めようぜ。

 と、

 あの子可愛いからあの子のリコーダ舐めよ。

 で考えてみろ。


 キモいから虐められてもしょうがない。

 違うよな。

 リコーダを舐められたのは可愛いのが悪いって言うのか?

 言わないだろ。


 つまり虐めた奴とリコーダ舐めた奴が悪いんだよ。


 くそ。悲しみが怒りに変わってきた。


「大丈夫です! シノさまの過去に何があったかはわかりませんが、今は私がいます!」


 そう言ってアリスは小さい手で撫でてくれる。

 少しだけ心の古傷が癒されたような気がした。

 

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