第28話 最初の夏休み、そして、最後の決別

 寿崎和弦すざき/かいとは朝、目を覚ました。

 和弦は自室のベッド上で上体を起こし、重い瞼を開ける。

 すると、外からの光が思いっきり入ってきた。


 咄嗟に手で目元を隠す。

 自室の窓を見やると、すでにカーテンが開いていた。

 右隣で休んでいた幼馴染はすでにいなかったのだ。


「もう、起きたのかな……」


 そう思い、和弦は近くにあったスマホを見やる。

 画面を見ると、新着のメールが届いていた事に気づいた。


「……えっと……芽乃から?」


 なぜ、芽乃が自分の連絡先を知っているのか疑問だった。

 が、思い返せば、紬と去年からの知り合いと言っていたので、その時に交換したのかもしれない。

 交換しているなら、一言でもいいから言ってほしかったと思う。


「……」


 和弦は無言のまま、メールを最後まで読み終えると深呼吸をした。


 芽乃とは遅かれ早かれ、関わらないといけないのだ。


 夏休み中に付き合うかどうかの判断をしなければならず、であれば、今日中に芽乃と約束をし、自分の意見を話しておいた方がいいと思う。


 自分の意見を固め、和弦は背伸びをしてから、ベッドから立ち上がった。






「おはよう!」


 自宅リビングに向かい、扉を開けると、キッチンの方から声がした。


 キッチンから少し駆け足で、エプロン姿の優木紬ゆうき/つむぎがやって来たのである。


 昨日、和弦が貸した私服の上にエプロンをしていたのだ。


「お、おはよう」


 和弦は眠たげな声で返事をした。


「これはどうかな? このエプロン、今日の朝に自分の家から持ってきたんだけど、似合ってるかな??」


 紬は、白とピンク色のエプロンを見せ、その場で体を一周させた。

 前から見ても、後ろから見ても、似合っていると思う。


 和弦は彼女の様子を伺いながら、その服装が似合っていると、紬の姿を満遍なく見ながら言った。


「じゃあ、料理を作る時は、これを毎回着るね」

「毎回って、今後も家で料理を作ってくれるってこと?」

「そ、そうなるね。でも、いいでしょ?」


 紬は恥じらいを持った笑みを見せる。


「別に、それでもいいけどさ」


 和弦はそんな彼女を見て、逆に気恥ずかしくなってきていた。


「なんか、ハッキリしないね。でも、夏休み中も一緒に付き合っていくんだし。それに、夏休みには旅行もするでしょ?」

「……あ、ああ、そうだったな」

「忘れたの? 昨日休む前に話してたでしょ? 和弦の方は途中で寝ちゃったみたいだけど」

「ごめん。でも、旅行の話は分かってるから」


 和弦は右手で頬を触りながら、忘れていないという趣旨を紬に伝えた。






 朝の時間帯。

 紬から作って貰った朝食を食べた。

 内容は、ベーコンエッグとご飯、それと味噌汁だった。

 追加でウインナーが二つ。


 程よい量であり、和弦は十二分にお腹を満たせていた。

 食事後、使った食器は自分で洗い、片付け、それから外出する事にしたのだ。


「どこかに行くの?」


 外用の服に着替え、玄関先で靴を履いていると、背後からエプロン姿の紬から話しかけられる。


「ちょっとね」


 和弦は後ろをチラッと振り返って話す。


「夏休みの課題を一緒にしたり、夏休みの旅行の話をしたかったのにー」

「でも、昼頃には戻ってこれると思うから」

「そうなの? それで、どこに行くの? 近場なら一緒に行こっか?」


 紬はなぜか積極的だった。


「いいよ、別に。街中だからさ。ちょっと購入したいモノがあって……えっと、だったらさ、ついでに何か買ってくるよ。何がいい?」


 変に追及されないために、紬が今欲しいモノを聞いてみた。


「じゃあね、ドーナッツでも買ってきてくれない?」

「わかった。ドーナッツね。昼頃には戻るから」


 和弦は深く語らず、穏便に話を済ませると、玄関の扉を開け自宅を後にした。






 和弦は今、街中にいる。

 一応、スマホのメールフォルダを確認し、街中の中心地近くの公園で佇んでいた。


 朝起きてから少しだけやり取りをしていたのである。多分、芽乃もここへやってくると思う。


 それから数分ほど待ち合わせ場所で待っていると、誰かの視線を感じた。

 すると、遠くの方から遊佐芽乃ゆさ/かやのが歩み寄ってくるのが分かったのだ。


「来てくれたんだね」


 芽乃はジーパンに、上はTシャツといったカジュアル寄りの服装をしていた。


「一応ね」

「じゃ、別のところに行く?」

「いいよ。ここで十分なんだけど」

「どうして? 私と遊んでくれるんじゃないの?」

「そうなんだけど。君とは付き合わないから。俺はただ、それだけを直接伝えたくて。本当にそれだけだから」


 和弦は最初っから、芽乃と夏休み過ごそうとは考えていない。

 もう自分の中で決まっているからだ。

 その考え方には迷いなど生じていなかった。


「そんな冷たいこと言わないでよ」

「でも、俺は」

「でもさ、付き合わないにしても、どこかで話したいなって。じゃないと、この事、紬に言うけど?」

「わかった。でも、本当に少しだけな」

「……うん、それでもいいよ」


 芽乃は諦めがちに言う。


 彼女も心の中では決心がついているはずだ。

 だが、心のどこかでは、和弦に対する何かしらの想いがあるからこそ、今ここから立ち去る行為を引きとめたのだと思う。


「それで、どこに行くつもり?」

「それはファミレスにしない? もしくは、エッチな場所とか?」

「そういうのはいいから」

「でも、本当に私の事を振ってもいいの?」

「別にいい……俺も、疚しい気持ちを抱えたまま紬とは関わりたくないから」


 和弦はボソッと言った。

 彼女は少し驚いた顔を見せ、和弦の考えを察したのか、少しだけ苦しそうな顔を浮かべていたのだ。


 それから二人はその場を後にする事にした。






 待ち合わせ場所から少し歩いた先にあったファミレスに入る。


 二人は店員から席を案内され、向かい合うように座る事にした。

 和弦は注文する事はなかったが、芽乃の方はコーヒーを注文していたのだ。


 注文を終えると、芽乃の方から話し始める。


「私ね。元々、和弦の事は知っていたの。それは以前、伝えたよね?」

「うん、それは知ってる」

「それで、少し前に隣同士の席になって、関わる事が増えていたじゃない?」

「そうだな」


 和弦は相槌を打つ。


「紬から色々と君の事について聞かされていたから、隣同士になれて嬉しかったし。もう少し仲よくしたかったなって。でも、君は私には興味はないんだよね」

「俺はもう決めているから」

「だよね。でも、本当にいいの? 私からの誘いを断っても」


 そう言って、芽乃は豊満な胸をテーブルに置いていた。

 それほどにも、デカかったのだ。


 彼女なりの最後の手段だと思われるが、和弦は嫌らしい気持ちを極限状態まで抑え、再度断る事にした。


 芽乃はため息をはいて、もう駄目だと確信したのか、それ以上誘ってくる事はしなかった。


 二人の話に一旦決着が着くと、その頃には、芽乃の前にコーヒーが置かれる。


 それから踏み入った話などはせず、二人は適度な距離感を保ちつつ、そのファミレスで三十分ほど過ごした。


 最初に席から立ち上がったのは、芽乃の方だった。

 彼女は自分の分は払うからと一言だけ告げ、また夏休み明けねと、あっさりとした口調で話し、立ち去って行ったのだ。




 和弦はファミレスで一人になった。

 先ほど外に出て行った芽乃の姿が、ファミレスの窓から見える。


 これでよかったんだと思い、和弦は過去の自分と決別した。


 和弦は何も注文していなかったものの、一切購入せずに出るわけにもいかず、チャイムを鳴らし、スタッフを呼んでコーラだけ一つ注文したのである。


 遅めに自宅に帰っても、まだお昼まではかなり時間があった。

 時間調整のために、ファミレスで一人過ごす事にしたのだ。


 そう言えば、帰りにドーナッツを購入して帰るんだったな。


 ふと、窓から見える外の景色を見ながら、和弦は孤独な時間を過ごす事となったのである。

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