第29話 幼馴染と二人っきりの時間
その出来事から三十分ほどファミレスで過ごし、それから会計を済ませると、和弦は外へ出る。
一人で街中を歩きながら周りを見渡す。
そういや、ドーナッツって、どこら辺で売ってたかな?
後はただ帰宅するだけだが、紬との約束でドーナッツ専門店に立ち寄る必要性があったのだ。
和弦はスマホで調べ、目的地を探す。
街中の中心地らへんに、その店屋があり、和弦は入店する事にした。
店内には、若い感じの女性の姿が多く、今の時間帯は男性の姿はほぼ居ない。
居たとしても、男性スタッフが大半を占めていた。
ドーナッツ店は女性人気が高いと思っていたのだが、今はとあるアニメキャラとコラボしているらしく。その影響で女性の割合が多いのだと察した。
紬はなんでもいいって言ってたけど。何がいいかな?
ガラス越しに売り物用のドーナッツを見ていた。
昔の事を振り返ると、紬はエンゼルフレンチみたいなモノをよく好んで食べていたはずだ。
今でも好きかは不明だが、そのドーナッツの他に、周りの女の子らが購入しているモノを追加で選ぶ。
千円分くらいの商品を持って行き、会計を済ませると自宅へ向かって歩き出すのだった。
「ただいま」
すると、リビングから紬が駆け足でやってくる。
「おかえり!」
視界の先には、
ただ、料理中ではない為か、朝のようにエプロンはしていなかった。
「ね、今からご飯にする? それとも、私にする?」
「いいよ。そんなにお腹も減ってないし。というか、それ、一個だけ言い忘れてないか?」
「お風呂の事?」
「そうだけど。なんか、まだ結婚もしてないんだし。そういう発言は」
「結婚って、それ言われたら意識しちゃうじゃん」
紬は頬を紅潮させていた。
「でも、まあ、そうだよね。まだ十一時くらいだし。じゃあ、お昼になったら私が作るね。何を食べたい?」
「いいよ。手間がかかるだろうから。あと、これ買ってきたんだ。今日のお昼はドーナッツにしない?」
和弦は手にしていた長方形の箱を見せた。
ドーナッツのイラストと、デフォルメされたアニメキャラが描かれた箱を見るなり、紬は目を輝かせていた。
「買ってきたんだね。ありがと! それと、この箱欲しい。あとで貰ってもいい?」
和弦が持っていたドーナッツの箱を受け取ると、彼女から嬉しそうな反応が返ってきた。
「その箱はあげるよ。それとさ、紬が好きなドーナッツかわからないけど。多分、好きなモノを選んできたから」
「私、ドーナッツなら何でも食べられるから、そんな心配をしなくてもよかったのに」
気にしないでといった態度を見せていたが、自分のために色々と考えて買ってきた和弦に対し、愛想の良い表情を見せていたのだ。
二人はリビングへと向かい、ソファ前のテーブルに紬は、その箱を置く。
「開けてもいい?」
「いいよ」
和弦の反応を伺った後、箱を開けていた。
「いっぱい買ってきたんだね」
「今日はたまたまセールっていうか、コラボキャンペーンのような感じで安かったんだよ」
「へえ、丁度良かったね」
「最初に紬から選んでもいいよ」
紬は箱の中身を見ている。
「これって、エンゼルフレンチ?」
エンゼルフレンチは黄色と黒色が入り混じった色合いをした人気のある商品だ。
「そうだよ。昔、よく食べていたでしょ?」
「うん。覚えてくれてたんだね」
「確か、そういうの好きだった気がしたから」
「気が利くじゃん。だったら、和弦の分のエンゼルフレンチも残しておくね」
「なんで? 好きなら全部食べてもいいのに」
「私は、和弦と一緒に楽しみたいの。だから、一緒に食べよ! そうだ、飲み物を持ってくるね」
そう言い残し、紬はリビングを後にして行ったのだ。
ソファ前のテーブルには、お茶が分けられたコップ二つと、お茶が入った一ℓほどのペットボトルがある。
準備を整え終えた二人は一緒のソファに隣同士で座り、ドーナッツを食べ始める。
隣同士でお菓子を食べていると、一瞬だけ昔に戻れた気分になっていた。
小学生の頃は一緒に学校から帰宅し、同じモノをおやつの時間に食べていた記憶がある。
懐かしい気分になりながらも、紬から受け渡されたエンゼルフレンチを口に含む事にした。
「どう? 美味しい?」
「美味しいね。やっぱり、この味は全然変わらないね」
「だよね。色々と変わる事はあるかもしれないけど。変わらない味っていうのもいいよね?」
紬はエンゼルフレンチを食べきった後、コップに分けたお茶を飲んでいた。
確かに、変わるだけが成長でもない気もする。
過去を振り返る心も、時には必要だと思う。
紬と距離が近い為か、心が少し暖かくなってきた。
和弦はあの頃の記憶を辿りながら、紬との時間を過ごすのだった。
和弦がエンゼルフレンチを食べきった後――
「そうだ、旅行の件なんだけど。来月の上旬くらいにしない?」
「来月か」
「余裕ありそう?」
「俺は大丈夫だと思うよ」
「じゃ、来月で決まりね。後、私ね、和弦が外に行っている間に、色々と調べてたんだよねー」
紬は、自身のスマホを和弦に見せてきた。
スマホ画面には旅行関連の情報が表示されてあったのだ。
「この場所なんてどうかな?」
「どこら辺?」
「ここから、三時間くらいの場所なんだけどね。こういう場所に行ってみたいなって」
隣にいる紬の声には抑揚があった。
本当に楽しみなのだろう。
そんな想いが伝わって来たのである。
「そういう場所もいいかもね」
和弦も彼女の想いに答えるように、その場所もいいよねと、共感するように相槌を打っていた。
「ここの旅館はね、海に近かったり、山に近かったりするの」
紬は楽しそうに話す。
「そうなんだ」
「私、この旅館の近くにあるイベントにも参加したいと思って」
紬は自身のスマホのイベント情報と記されたサイトを和弦に見せてきたのだ。
「だとしたら、二日で足りる?」
「うーん、それなんだよね。多分、全然足りないと思う」
「じゃあ、無理かもな。というか、その旅館に行くとして、そんなにお金があるの?」
「それに関しては大丈夫。さっき、お母さんに話したんだけど。記念に行ってきなさいって。許可は貰ったし、お金も大丈夫だよ」
紬は指でグッドサインをして見せていた。
彼女は用意周到に準備を重ねているらしい。
「和弦はこの旅館周辺で行ってみたいところってある?」
「そうだな」
和弦は自分のスマホでも検索をかけ、悩みながらネット記事を読んでみる事にした。
この周辺では色々なイベント毎週行われているらしい。
来月だと、祭りとかも開催されるようだ。
自分らが良く予定である週には花火祭りが行われると記されてあった。
「もしかして、この花火を見たかったから、来月にしたの?」
「そうだよ。だって、夏休みといったら花火でしょ? それに、その場所の花火って全国でも有名だから。一緒に見たいなって」
紬は少しだけ甘えてきたのである。
体の距離が近くなっていたのだ。
和弦は急な態度の変化に、どぎまぎしながらも心を落ち着かせ、深呼吸をするのだった。
「私ね、和弦の事を知りたいから。夏休みはいっぱい遊ぼうね」
と、紬は上目遣いで言ってきたのだ。
今年の夏休みは楽しくなりそうだと、和弦は心の中で思い、隣に座っている紬の左手を触ってあげるのだった。
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