第26話 今着ている服を洗うから、服を貸してくれない?
リビングにいる二人は、午後三時ごろには食事を終わらせていた。
正午から食事をとっていなかった事もあり、昼食でもなく夕食でもない。中途半端な時間に食事を済ませることになったのである。
「……少しは体が冷えてきたかも」
二人はリビングのテーブルで向き合うように座っていて、互いの前には素麺が乗っていた皿と、氷が入った木製の茶碗が置かれてある。
「俺も。暑いけど、さっきより大分マシになったな」
自宅でエアコンをつけていても、今日は三十度以上を超えているのだ。
素麺や氷で冷えたつゆが体に入ってきて、この暑さを何とか乗り越えられそうであった。
でも、まだ変に気分が熱かった。
スーパーでの出来事を振り返って、嫌らしい気分になっていたからだ。
和弦は手元にあったオレンジジュースを飲んで、気分を落ち着かせる。
紬との関係もあり、早い断簡で芽乃にも自身の気持ちをハッキリと伝えておいた方がいいだろう。
夏休み中にやるべき事はまだあり、嘘偽りのない態度で彼女らと向き合って行こうと改めて思うのだった。
「……これからどうする?」
「どうしよっか。じゃ、まず、食器とかを片付けないとね」
そう言って、
使用した皿と茶碗を乗せたトレーを持って隣の部屋まで向かって行く。
和弦も席から立ち上がり、キッチンで後片付けをすることにした。
それが終わると、二人は和弦の自室から夏休みの課題をリビングに持ってくる。
エアコンがきいているリビングの方が勉強しやすいからだ。
和弦は少し濡れた布巾で食事したテーブルを拭き、二人はそこに課題を置いたのである。
二人は課題を広げると、オレンジジュースをコップに入れ直し、それから涼しくなった場所で課題と向き合うのだった。
今日、両親は帰ってこない。
幼馴染の方も帰ってこないのである。
紬は明日まで和弦の家で過ごす事になるのだ。
けれど、変に意識してしまい、和弦は緊張し始めていた。
昔から一緒に過ごしてきた中なのに、どうしても意識してしまう。
勉強をしている間。紬の方を見ていると、彼女もその視線に気づいたのか、和弦の視線と合わせてくる。
「どうかした?」
「いや、なんでもないけど。お、俺、勉強しないと」
和弦はそう言って自身の心を誤魔化し、課題へと視線を移した。
「飲み物が少なくなってるし、私、オレンジジュースを入れてくるね」
紬は和弦の近くに置かれた、オレンジジュースが入っていたコップを触ろうとする。
「い、いいよ。俺がやってくるから。それと、紬の分も分けてくるから。紬は座ってて」
和弦は焦ったまま、二人分のコップを持ってテーブルから離れるのだった。
オレンジジュースをコップに入れ、再び課題と向き合い、それから三、四時間ほど経過したと思う。
リビングの掛け時計を見ると、時刻は夜の七時になっていた。
時間を気にしないほど集中できたという事は、大分真剣に取り組めたという証だろう。
「どうする? 今日はこれくらいにしておく?」
和弦は彼女の方を見て話す。
「そうね。私も結構疲れたし。もう今日はいいかも。私、数学だけ終わったよ。和弦は?」
「俺は満遍なくやってるから。終わった課題はないけどね」
「そうなんだ。でも、見る感じ、結構進んでみるみたいだし。問題ないんじゃない?」
紬はその場に立ち、和弦の課題を覗き込んできた。
「あともう少しで終わりそうなのは、この課題なんだけど。大体、後三十分くらいかな」
「でも、今日はもういいんじゃない? 明日も一緒にやろ」
「そうだな。その方がいいかもな」
和弦は課題の本を閉じた。
それからコップに少しだけ入っているオレンジジュースを飲み干すのだった。
「ねえ、この後どうする?」
「どうするって……夕食でも食べる?」
和弦は首を傾げ、提案してみる。
「私はそんな気分じゃないんだけどね。お昼に結構食べたし」
紬はお腹に手を当て、お腹が減っていないアピールをしていた。
「じゃあ、他には……」
和弦は悩み込んでいた。
「お風呂とかは?」
「お風呂か。今日は結構汗かいたし。それもいいか」
和弦が考え込んでいると、テーブルの反対側に座っていた紬の姿がちょうど視界に入る。
「なに?」
「な、なんでもないけど」
和弦は紬の姿を見て、変な妄想をしてしまっていた。
卑猥な妄想はダメだと、自身の心に訴えかけながらも冷静さを保つようにしていた。
そういや、今日。紬って、結構汗をかいてたよな。
だとしたら、早めに入らせた方がいいかな?
一人でモヤモヤと考え込み始めていた。
「ねえ、一緒に入る?」
「え……え⁉ い、いや、いいよ」
彼女の突飛な発言に、和弦は動揺していた。
「というか、冗談だから。本気にした感じ?」
「べ、別に、そんなことはないけど。というか、冗談でもそういう事は言うなって」
和弦は突然の出来事に内心ヒヤヒヤしていた。
その上、紬と一緒に入っているところを妄想してしまい、胸元が熱くなっている事に気づき始めていたのだ。
「ほっぺ、赤くなってるけど?」
紬から頬の部分を指さされていた。
「こ、これは、なんていうか、暑いから」
「暑いって、エアコンがきいてるけどね」
「んッ」
和弦はそれ以上言い返せなくなっていた。
妙に気恥ずかしくなっていたのだ。
「じゃあ、私から入ってくるね」
席から立ち上がった紬はリビングから出て行こうとする。
「そうだ、今日、和弦の服を貸してくれない?」
その時、紬は和弦の方へ振り返っていた。
「なんで?」
「だって、今着てる服、汗で汚れているし、一回洗濯したいの。それに、こんな時間だと、外に行くのも面倒でしょ。だから貸してくれないってこと?」
紬は汗で濡れた、今着ている服を触っていた。
「そ、そう言う事か。ま、まあ、いいけど。なんでもいい?」
「なんでもいいけど。あまりにも変なのはダメだからね」
紬は和弦に対し、注意深く言うと、その後、リビングの扉から出て行ったのである。
あれから二十五分後――
和弦は脱衣所の前の扉横で座って待っていた。
和弦は自分が普段から着ている服を抱えていたのだ。
風呂から上がってきた紬に着させる用の服である。
夏だという事もあって、上がTシャツで下が短パン。
一年くらい前まで着ていた服であり、今は少し小さくて着れなくなっていた。
これはあげてもいい服であり、紬が洗って返してくれるなら、それでもいいと思っている。
和弦が脱衣所近くの床に座っていると、扉が開いて暗い廊下を照らし始めた。
その扉から現れたのは、バスタオルを胸元から膝のところまで隠した、お風呂上り幼馴染だった。
「ん⁉ な、なんで、こんな暗いところにいるの⁉」
「これ、一応、服を持ってきたから」
和弦は立ち上がって、服の上下セットを渡す。
「そ、それはありがと。でも、そんなところにいるとビックリするから。もう驚かさないでよね」
紬は驚き、胸元を抑えていた。
それから深呼吸をした彼女は受け取った服を持ち、再び脱衣所へと入っていく。
……なんか、エロかったな……。
それにシャンプーの良い匂いがしていた。
嫌らしい気分に陥ってしまう。
昔は普通だったのに、高校生になってからの、お風呂上りの幼馴染の姿を見て、どぎまぎしていた。
今日の夜は色々と大変になりそうだと、和弦は改めて思い始めていたのだ。
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