第23話 今日は暑くて変になっているのだろうか…?

 翌日。寿崎和弦すざき/かいとは昨日、六花の事を振った時の事を思い返していた。

 後悔というわけではないのだが、少しモヤッとしていた。


 昨日、プール施設から立ち去る際、六花りっかは頑張って笑顔で対応してくれていたのだと思う。

 だからこそ、その光景が和弦の心に鮮明に残っている。


 けれど、そろそろ、気分を切り替えないといけないと思う。


 六花には直接言ったのだ。

 もう付き合わないと――

 だから、その話は終わりにしたい。


 和弦は自室の床に座ったまま首を横に振る。

 新しく気分を切り替えて行こうと、強引にも自身の心に訴えかけ、心を変えるのだった。




「和弦、ちゃんと勉強してる?」

「あ、ああ、してるさ」


 近くにいる幼馴染――優木紬ゆうき/つむぎからジッと視線を向けられていた。

 そんな彼女は、暑いようで頬を赤く染めている。


 今日は気温が三〇度になるらしい。


 今日は紬と共に勉強をする日にしており、比較的涼しい時間帯である午前の十時頃から、勉強会と称し、和弦の自室で一緒に夏休みの課題に取り組んでいたのだ。


 二人は折り畳みテーブルの上に勉強道具を広げ、向き合うような状態で課題と向き合っていた。


「それにしても今日は暑いよねー」

「そ、そうだな……」


 一応、自室の窓や扉を開け、外の空気を入れている。

 外からの風に心地よさを感じているものの、その反面、たまに暑い風も入り込んできて、勉強をやる気分が削がれていく。


 今年の夏休みは、学校に行って補習する必要性もなく、比較的平穏な日々を送れているのだ。

 苦難を乗り越えたからこそ、面倒くさがらずに夏休みの課題だけはちゃんとやらないといけないと思う。


 夏休み明けに課題を提出しなかったら、それはそれで大問題になる。

 今、自由気ままに自宅で勉強が出来ているのだ。

 それだけは感謝しないといけないと思った。


 この暑い日々に学校で補修をしている人らの事を思うと、大変そうだと思う。

 自分は助かった部類の人だと感じ、この幸せな時間を噛みしめながらも、和弦は気合を入れ直す事にしたのだ。




「ねえ、これってわかる?」

「どこら辺?」


 正座して座っている紬から問われ、テーブルの上に広げられた彼女の課題を覗き込む。


 課題は、紬とは同学年の為、教室が違っても内容は同じ。

 でも、和弦はそのページまでやっておらず、わからない箇所だった。


「……んー、多分、こうやるのかな? 以前はわかってたんだけど」


 和弦は頑張って一学期の記憶を辿り、思い出そうとする。

 が、曖昧な返答しか出来ていなかった。


「わからない感じ?」

「ごめん」

「しょうがないね。まあ、後で調べてやっておくわ。和弦の方はわからないところってあるの?」

「それはここの部分かな」


 不得意な科目は英語である。


「ここの英文だけど。どう解釈すればいい?」

「私、英語はそんなに得意じゃないんだけど」

「わからない感じ?」

「わからないっていうか。英語の日本語翻訳が少しできないだけ」

「そうなんだ。そう言えば、この前の英語はどうだった?」

「私は七六点くらい」

「俺よりも出来てるじゃん」

「でも、点数が良くても、わからないところもあるじゃん?」

「そうかもだけど」


 和弦は再び英語の課題と向き合い、頭をかきながら悩む。


 二人はわからないところは後回しに、出来るところからやる事にした。

 こんな暑い時期に深く悩んでばかりいると、本当に疲れる。

 無駄な労力は消費したくないのだ。




 現在――、開けた窓からセミの音が聞こえてきていた。


「……」

「……」


 二人は部屋の中で無言のまま、夏休みの課題と向き合っていた。

 さっきより口数が少なくなり、全力で集中しているといった感じだ。


 その甲斐もあって、大分進んだと思う。


 時間が経つごとに日差しが強くなり、一時間前の十時頃台よりも物凄く暑く感じる。


 肌も火照り。その上、外からの昆虫の囀りも酷くなってきて、まったくと言っていいほど、集中できなくなっていた。


「あー、もうやめた。暑いって」


 和弦は手にしていたシャープペンをテーブルの上に置いた。


「そうだよね。もう暑いよね。そろそろ、エアコンつけない?」


 紬も苦しそうな顔を浮かべ、怠そうにしていた。

 本当に暑そうな顔つきだった。


「でもさ、親から電気代を節約しろって」

「今日は暑いし、熱中症になったら元も子もないよー」

「そ、そうだな。そろそろ、エアコンだな」


 汗で濡れた幼馴染の薄着Tシャツ姿を見て、和弦は立ち上がり、窓を閉める事にした。

 それから勉強机に置かれていたリモコンを使い、エアコンを起動させたのである。


「ねえ、何か飲まない?」


 下敷きで仰ぎながら、紬が話しかけてきた。


「そ、そうだな」

「何かある?」

「えっと、確か……麦茶かな。それなら、冷蔵庫にあったはず」


 和弦は冷蔵庫の中にあった情景を脳内で浮かばせながら言う。


「じゃ、持ってくるね」


 紬は下敷きをテーブルの上に置いてから立ち上がり、部屋から立ち去って行く。


 和弦は一人だけ残る。


 和弦は額から流れてくる汗を腕で拭っていた。


「というか、暑いよな……今年の夏はさ」


 和弦は勉強の事を忘れ、ベッドに背をつけたまま軽く瞼を閉じる。


 エアコンがきき始めた頃、室内がひんやりとしてきた。

 瞼を閉じ、風を感じている事もあり、精神的に楽になってきていたのだ。




 やっぱり、涼しい方がいいよな……。


 親からは節約しなさいと言われていたが、やっぱり、エアコンは必要だと思う。

 家にいたとしても熱中症になる人もいるのだ。

 そういったニュースも毎年報道されていて、水分補給も大切だと言われていた。


 和弦は瞼を閉じている間、色々な事が脳内に浮かんでくる。


 それは特に昔の事だ。


 幼馴染とは小学生の頃、夏休み中に一緒に勉強したり、プールに行ったり、外で遊んだりと、色々な経験をした。


 そして、一瞬だけ脳内をよぎる。


「……」


 幼馴染と小学校低学年の頃、一緒にお風呂に入った時の事を、なぜか、突然思い出してしまい、恥ずかしくなってくる。

 さすがに、暑いからと言って、あの頃のように一緒にお風呂に入るのは、今の年になってはないと思う。


「……」


 和弦は紬との事を想像してしまい、頬を紅潮させたまま、普段から読んでいる漫画のワンシーンを思い出し、それらを重ねて考えてしまっていた。


 暑くてどうかなっているのだと思い、全力で首を横に振り、和弦はさらに強く瞼を閉じた。


 でも、紬とそういう事をやってみたいという願望はある。


 そんな事はまだできそうもないけど、妄想だけならなんだって出来るのだ。


 そもそも、キスすらも経験したことがない。

 そんな状況で一緒にお風呂とか、まずないだろうと思う。


 紬だって、そんな事はしないと思った。


 和弦は瞼を閉じたまま心に冷静さを保つように深呼吸をし、卑猥な感情を拭おうとしたのだ。


 そんな時だった。


 瞼を閉じている和弦の近くで、何かの存在を感じたのだ。


 不思議に思い、瞼をゆっくりと見開くと、そこには紬の姿があった。


 え⁉


 急に彼女が目と鼻の先にいて、心臓の鼓動が早くなる。


 一体、どうなってるんだ⁉


 何がどうなってこうなったのか。

 それらの処理が脳内で追い付かず、和弦は目をキョロキョロさせることしかできなかった。


 そして――


 次の瞬間、暑さの影響で顔を赤く染めたままの紬が無言で、さらに顔を近づけてきたのであった。

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