第21話 先輩、私の事、どう思ってるんですか?

「ごめんね、待たせて」

「いいよ」


 寿崎和弦すざき/かいとは後輩から告白された感情を一新するかのように、ベンチから立ち上がる。

 それから、早歩きで戻って来た、目の前にいる幼馴染の水着姿をまじまじと見つめていた。

 改めて見て、幼馴染は美少女だと感じていたのである。


 水着も可愛らしく、少しだけ性的な目で見てしまう自分がいたのだ。

 後輩の六花もいいのだが、やはり、幼馴染の方が好きなのかもしれない。


「どうしたの?」


 優木紬ゆうき/つむぎは首を傾げていた。


「な、なんでもないから。気にしなくてもいいよ」


 和弦は紬から咄嗟に視線を逸らす。


 漫画でも水着が崩れて、主人公とヒロインが大変な事態に発展した回があったと、ふと思い出してしまい、卑猥な妄想をしていたのだ。


 和弦は疚しい感情を抑え込む。

 そんな中、紬は和弦が持っていたボールを取り上げたのである。


「じゃあ、三人でもう一度ボール遊びする?」

「いいや、俺の負けだったし」

「でも、私の水着がズレていなかったら、どうなってたかもわからないよ?」

「そうだけど」

「さっきのボールで負けた人に、今日のお昼を奢って貰おうと思ってたんだけどね」

「え、そうなの? だったら……もう一回やろうかな」

「どうしても、和弦が奢りたいなら別にいいんだけどね」


 幼馴染から奢ってほしいな的に、ウインクされた。


 そんな紬の姿に、和弦は頬を紅潮させ、ドキッとしてしまう。

 そんな態度を取られたら、女の子に奢らせることに戸惑いを感じ始めてしまうのである。


 仮に、もう一度行い、和弦が勝ってしまった場合、二人のどちらかが奢る羽目になるのだ。

 ここは潔く自分が奢った方が、恰好が付きそうな気がする。


「やっぱ、いいよ。今日は俺が奢るから。それに、一人八百円くらいだったら何とか出せると思うし、そんなに食べないだろ?」

「それは、どうかな?」


 幼馴染は笑いながら、首を傾げていた。


「それはないだろ。あまり高価なモノはダメだからな。それに、そんなに食べると太るかもな」

「それは酷いでしょ。私、痩せやすい体質だから」


 紬は頬を膨らませていた。

 でも、その後で和弦に対し、冗談だから、そんなに注文しないからと続けて話していたのだ。


「まあ、昼食の件は俺が奢るから。それはともかく、食事できる場所って確か十一時から解放されるんだよな」

「そうだよ」

「だと、今は十五分前か……少し遊んでから昼食にするか。ここにはウォータースライダーがあるし、そこで遊んでからで。六花も来るだろ」


 和弦は振り返る。

 ベンチに座っている後輩を見やった。


 渡辺六花わたなべ/りっかは俯きがちに座っていたのだ。


「どうかしたか?」

「え、いいえ、な、なんでもないですから」


 六花は考え事していたのか、悩みのある表情を見せ、少々上の空だった。

 後輩は首を横に振って元気よくベンチから立ち上がる。


「わ、私は問題ないですから、一緒に行きましょう、ウォータースライダーの場所に!」


 六花はテンションを上げ、年上二人の背を押し、その場所まで移動する事となったのだ。




 このプール施設には少し大きめのウォータースライダーがある。

 他には、短い子供向けの滑り台や、飛び込み可能な場所もあった。

 飛び込み台の高さは多分四メートルくらいで、安全面も考慮して比較的低めの設定にしているらしい。


 和弦らはプールサイドを歩き、目的地まで到着すると、そこには階段があった。そこを上った先に入り口という名のスタート地点があるらしい。


 上の方に辿り着くと、すでに三人の男子小学生がいた。

 小学生らは会話しながら、滑る順番をじゃんけんで決めている最中だった。


「ボクからかよ」

「そうだよ、早く滑れって」

「ボク初めてなんだよな、これで遊ぶの」

「簡単だって、滑るだけだからさ」

「後ろには人がいるし、早く」


 他の二人から勧められ、その小学生はしぶしぶと滑る事になった。

 それに続くように、二人も滑って行ったのだ。


 ウォータースライダーの中からは悲鳴のような、楽し気な声が聞こえてくる。


 次は和弦らの番だった。


「誰からにするの?」


 六花は二人の先輩を見て話す。


「じゃあ、さっきの子らもじゃんけんで決めていたし、じゃんけんにしないか?」

「賛成です」


 六花は笑顔で、和弦の提案に対して、それは名案ですねと言っていた。


「でしたら、先ほど寿崎先輩はボール遊びで負けていましたので、私と優木先輩とじゃんけんして、勝った方が先ってのはどうですか?」

「それでもいいわ」


 和弦が見ている中、二人の間でやり取りが行われていた。

 結果として、幼馴染が勝ち、紬から滑る事になったのである。


「私からね、後で二人も来てよね」


 紬はスタート地点で腰を下ろすと振り向いて、二人に話しかけていた。


 その言葉を残し、スライダーの水に流されるがまま、身を委ねている。気が付けば紬の後ろ姿は見えなくなっていた。


 次は六花の番だ。


「寿崎先輩も一緒に行きましょう」

「え?」


 和弦が後ろを振り向こうとした時だった。

 背後から抱きつかれたのである。


「私、寿崎先輩と一緒滑りたいので」


 六花は二人っきりの状況を良い事に、甘い声で話しかけてきた。


「で、でも、一人ずつの方がよくないか?」

「私、一緒じゃないと滑りたくないから」

「でもさ」

「いいから。滑らないと優木先輩から遅いって疑われますよ」


 六花は一旦、和弦の背から距離を取る。


「わ、分かった」


 少々脅されたまま、和弦はスタート地点に座る。

 再び、背後には抱きついてくる六花。

 しかも、背の部分には六花のおっぱいが当たっているのだ。


 変な緊張を感じながら、滑り始めた。

 女の子と水着のまま、ここまで密着して遊んだ経験はないと思う。


 気恥ずかしい感情を抱きながらも、和弦は若干らせん状になっているスライダーの空洞を滑り落ちていくのだ。


「私、寿崎先輩とは以前から付き合ってみたいと思ってたんです」


 滑り始めた直後から、六花の声が耳元で聞こえる。


「な、なんで今ここで、そんな話を?」


 背後から抱きつかれたまま、甘い後輩の声を耳にしながらの展開に戸惑っていた。


「ここでなら話せると思って……。寿崎先輩、私の事を全然、意識してくれなかったじゃないですか……もう、あんな漫画を読んでいるのにわからないとか。わざと見て見ぬふりをしていると思ってたんですけど。意地悪されているのかと」

「そ、そんな事はしてないさ」

「じゃあ、さっきの返事を聞きたいんですけど」


 後輩の圧に襲われる。


「寿崎先輩は私の事、どう思ってるんですか?」

「それは――」


 和弦は言葉に困る。

 難しい顔をしてしまう。


 六花の事が好きかと言われたら、わからない。

 今まで後輩として、友達として関わって来たのである。

 それに、紬の事を裏切る事は出来なかった。


 和弦は何の返事も出来ないまま、スライダーの出口から出る事となったのだ。




 水しぶきを上げながら、からだ全体に水を一心に浴びながらも、二人は外に出る。


「寿崎先輩、大丈夫ですか」


 六花は近寄ってくる。


「俺は大丈夫。六花は?」

「私も問題はないです」


 六花は顔についた水を払っていた。


 二人とも、ようやく視界がハッキリとしてきた頃合い。

 六花がプールの水をかき分け、歩み寄ってくる。


「寿崎先輩、さっきの話の続きですけど」

「そ、それはだな……」


 六花に話しかけられ、その話になっていると、近くにいるであろう紬の姿が見当たらず、和弦はその周辺をキョロキョロし始めていた。




「ちょっとならいいじゃん」

「だから、無理ですから」

「だから、俺らが奢るって」


 その時だった。

 少し遠くの方から紬の声が聞こえてきたのだ。


 それはプールサイドからであり、和弦はそちらへと視線を向けた。


 プールサイドで、二人の二十代くらいの一般男性に絡まれている幼馴染がいる事に気づいたのである。

 紬が嫌そうにしているのが伺えたのだ。


「寿崎先輩?」

「いや、ちょっと待ってて」


 和弦は真剣な顔つきになり、六花の言葉を振り切って、本能的に紬がいる場所へと向かって行く事にしたのである。

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