第20話 夏休みの思い出として

 寿崎和弦すざき/かいとは水着に着替えていた。

 事前に受け取っていた鍵で、ロッカーを閉める。

 準備万端になると、男性の更衣室に設置された鏡を前に、自身の姿と向き合っていた。


 見た感じ、問題はなさそうである。

 確認を終え、それからプールサイドへと向かう事にした。


 プールサイドには多くの人がいる。

 夏休み期間中ではあるが、今日は金曜日。まだ平日なのに賑わっている感じがあった。


 一応、カレンダー的には、今週中から海開きという事もあって、その影響で手ごろなプールに訪れているのかもしれない。


 和弦はプールサイドで体を簡単に動かして準備体操をしていると、遠くの方から声がする。




「寿崎先輩ッ!」


 遠くの方から、後輩の渡辺六花わたなべ/りっかが声を出しながら、和弦の元へやってくる。

 しかし、六花はプールサイドを駆け足で移動していたのだ。


 危ないと、和弦は咄嗟に判断し、準備体操を辞め、行動に移す事にした。


「きゃッ!」


 案の上。六花はつまずき、その結果、前かがみになって顔の方から転びそうな態勢になっていた。

 和弦は丁度いいタイミングで後輩の元に駆け寄り、六花を胸元で受け止める事が出来ていたのである。


「あ、ありがとうございます、寿崎先輩……」


 ビキニ姿の六花は、頬を紅潮させていた。


「だ、大丈夫か? 走るなって、プール施設の壁にも貼ってあっただろ」


 和弦は年上らしく、注意しておいた。


「は、はい。すいません、でも、寿崎先輩が受け止めてくれたので助かりました」


 六花は軽く笑みを見せ、ドジしてすいませんと続けて話していた。




「寿崎先輩?」

「な、なに?」

「それより、いつまで私の体を触っているつもりですか?」

「え、い、いや、これは」


 和弦は咄嗟に、六花から離れた。

 気が付けば、水着姿の六花の腰の部分を触っていたのである。


 自分が変な事をしていると、六花のセリフで気づき、現実に引き戻された。


 こんな場面、紬に見られていたら色々とヤバいって。


 バレてはいないだろうと思い、自身の胸に手を当て、俯きがちに深呼吸をした時だった――


「ねえ、さっきのは何?」


 急な声に、和弦の心臓の鼓動が早くなる。

 顔を上げると、優木紬ゆうき/つむぎが近くで佇んでいる事に気づいたのだ。


「私、さっきの見てたんだけど」


 しかも、その場面をしっかりと目撃されていたらしい。


「こ、これには訳があって」


 和弦はあたふたしていた。


「以前約束したよね?」

「は、はい……」

「でも、まあ、いいわ。六花さんを助けた結果、そうなったんでしょ? 今回は許すわ。別に気にしてないから」


 紬は余裕のある態度で寛大に受け入れてくれていた。


 一瞬、ヒヤヒヤして、心臓がどこかに行きそうになっていたが、紬の一言で心が救われたのであった。




「では一旦、三人でプールに入りましょう!」

「そうね、気分を切り替えていきましょうか」


 後輩の発言に、近くに佇む紬も、それに応じてテンションを上げ、水着姿のまま背伸びをしていたのである。


 紬が少しでも動くだけで、胸元が揺れていた。

 おっぱいの谷間もハッキリとわかるほどだ。


 この前も、水着専門店で水着姿を見たのだが、やはり、プールで見るとなおさら興奮する。

 周りにいる他の客らと比べ、紬自体が美少女だからだと思う。


 これは疚しい気分で見ているわけじゃなくて。


 和弦は深呼吸をし、変に高ぶる感情を抑えていた。


 夏と言えば、色々な行事がある。

 夏休み当日から手ごろに体験できる娯楽はプールだと思う。

 利点としては、殆どお金がかからないという事。


 無料で利用するなら、学校のプールでもいいのだが、基本的に水泳部が利用しているので、夏休みであっても遊べる日が限られているのだ。


 それに、学校のプールだと、他の子を変な目で見てたら、すぐにその噂が学校中に拡散してしまうだろう。


 今、和弦の前には、二人の美少女がいる。

 二人ともビキニ系の水着だった。

 紬の方が水色で――

 六花の方は黄色をメインにした若干花柄のデザイン。


 二人は露出度の高い水着を着用し、和弦の目の前に佇んでいる。

 ある程度の信頼関係がある事から、合法的に見る事も可能。

 ある意味、興奮する。


 二次元でしか見た事のなかった光景が、目先には広がっているのだ。

 でも、親しい関係であっても節度は必要だと思う。


 ここは冷静に考えて行動しないとな。


 和弦は再度、自身の心に注意深く訴えかけるのだった。




 一先ず三人はプールの中に入る。

 透き通った綺麗な水。

 衛生的にもよく、安全である。


 和弦は公共のプール施設にやってくるのは久しぶりだった。

 それに、二人の水着姿の美少女と共に遊べる事に、次第➁テンションが上がってくる。


 これから何をするかだけど。


 周りの人らは泳いだり、ボールのようなモノで遊んだり、簡易的なアトラクションなどを利用している。

 一応、別のエリアには野外で開放的に泳げる場所もあるらしいが、大半、陽キャ寄りの人らが利用しているらしく。ゆっくりと楽しみたい人の大半は、屋根のある、この場所で遊んでいる感じだった。


「何しますか?」


 六花は、和弦と紬の双方を見て話を切り出す。


「じゃあ、ボール遊びでもする? あっちの方でボールを貸し出ししていたから。私持ってくるね」


 紬は一旦プールから出て、三分ほどでボールを持って戻って来た。

 少し遅かった気がする。


「ごめん、ちょっと時間かかって」


 紬は焦っていたのだ。


 何かあったのだろうか。


「時計回り順にボールを投げて渡していくゲームしない? 落としてしまった人が負けってことで」

「いいですね、私もやりたいです」

「簡単でいいな、じゃ、やろうか」


 三人で簡単なゲームのルールを決め。

 そして、手始めに、紬がボールを上へと押しだすように、上げたのだった。


「和弦! そっち行ったよ」


 紬からのボールが上空から落ちてくる。

 和弦はプールを移動しながら距離を調整し、両手を使ってボールを押し返す。


「私の番ですね!」


 六花もプールの水に抗いながらも、上手く立ち回り、和弦からのボールを上へと押し返していたのだ。

 それを三人の中で繰り返し続ける。


「はい!」


 再び、紬の番になる。


「俺の番だけど……」


 プールの水に足がついたまま、ボールが落ちてくるであろう場所まで移動し続ける。


 和弦がボールを両手で押し返そうとした時だった。


「きゃッ」


 紬の悲鳴が聞こえ、何かと思い、和弦は彼女の方を見やった。


 紬は両手で胸元を抑えていたのだ。


「ど、どうしたの?」

「ちょっと水着がずれて、それで……だから見ないで!」

「ご、ごめん」


 謝罪した直後、和弦の頭上にボールが落ちてきたのだ。


「い、痛ッ」

「寿崎先輩の負けですね」

「そ、それはしょうがないだろ」


 和弦はプールの上に浮かんでいるボールを手にする。


「わ、私、ちょっと更衣室に戻るね。すぐに戻ってくるから」


 そう言い残した彼女は早歩きで、プールエリアから立ち去って行ったのだ。






 最終的に和弦と六花はプールから上がり、プールサイドに設置されたベンチに隣同士で座る事になった。


「寿崎先輩どうします? 優木先輩が戻ってくるまで」

「そうだな……少し休憩でもするか。多分、すぐに戻ってくるだろうし」


 和弦は周りを見て、様子を伺う。


「どうしたんです? 何かありました?」

「いや、何となく」


 和弦は言葉を濁した。


 今、隣に座っている後輩の腕が、和弦の腕に接触しているのだ。

 肌同士がくっついている事で緊張し、変なテンションになりつつあった。

 普段よりも、距離が近くに感じるのだ。


「……あの」

「な、なに?」


 和弦は、突然の出来事に裏声を出す。


「私……本当の事を言うと」


 六花は頬を紅潮させていた。

 熱があるのではというほどだった。


「えっと……今日しか、というか、今しかないよね……」


 六花は独り言を口にしていた。


 和弦が後輩の様子を伺っていると。


「ほ、本当の事を言うと……寿崎先輩の事が好きだったんです……だ、だから、私とも、今年の夏休みは遊んでくれませんか?」


 顔を真っ赤にする六花からの真剣な誘いだった。

 すぐには返答ができなかった和弦は唾を呑み。それから口を開こうとした。


 和弦が話し始める直前で、幼馴染の紬が戻ってくる姿が見えるのだった。

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