第16話 一緒に帰りませんか?

 テスト期間中の放課後の教室に、数人ほどだけ残る人がいるらしい。


 そんな会話が、席に座っている和弦の耳元まで聞こえてきたのである。


 寿崎和弦すざき/かいとは学校に残ってまで勉強する気はない。

 元から自宅でやると決めていたからだ。


 放課後のHRが終わった時から、通学用のリュックに教科書やノートをしまい、帰宅する準備を整えていた。


 他に忘れ物はないか……。


 念のために、机の中も確認してみた。


 そんな最中、隣にはまだ遊佐芽乃ゆさ/かやのがいる。

 どうせ、何か言われると想定していたが――

 意外と彼女は和弦の方を少し見ただけで、特に話しかけてくることはなく、すぐに教室から出て行ったのだ。


 安堵しながらも、リュックを背負う。


 廊下に出ると、和弦のとこでまで近づいてくる紬の姿が見えたのである。






 優木紬ゆうき/つむぎと学校の校門のところを出た直前、ひょっこりと六花が姿を現したのである。


「寿崎先輩、これから帰宅するんですよね?」

「あ、ああ」

「予定通り一緒に帰宅しませんか? そちらは優木先輩ですよね?」


 後輩の渡辺六花わたなべ/りっかは、その場で二人の姿を交互に見ながら上手く立ち回っていた。


「知ってるの、私の事? というか、この子は?」

「つい最近から一緒に昼食を取ったりする友達で」

「へえ、友達? そういう人っていたんだね」


 隣にいる紬から、ちょっとだけからかわれてしまう。


「な、なんだよ、別にいいだろ。というか、俺に友達がまったくいないとでも?」

「そういうわけじゃないけど。まあ、友達がいるのなら、少し安心かも」

「心配とかはしないのかよ」

「何について?」

「付き合っているとか」

「……付き合ってるの?」

「い、いやいや、そんな事はないけど」


 和弦はジト目を向けてくる紬に対し、全力で否定した。


「別の子と付き合っていたら、ダメだからね」


 紬は頬を膨らませ、注意深く指摘してくる。


「わ、わかってるから」

「だよね、この子とはただの友達なのよね?」

「そ、そうだって。気にし過ぎだって」


 和弦は大丈夫だからと、何度も紬に対し、言う。


「二人は付き合ってるんですか?」


 六花は疑問口調では問いかけてきたのだ。

 後輩はその事を知っているはずなのに、何も知らないかのような立ち振る舞いを見せている。


「そうだよ」


 紬はハッキリと答えていた。


「二人は似合ってると思いますから」

「そう?」

「はい!」


 六花は屈託のない自然な笑顔で元気よく答えていた。


 そう言えば以前、六花に紬と付き合っていると伝えた時は不機嫌になった気がする。

 どういう心境なのかと思いながらも、和弦は二人の様子を伺っていた。


「寿崎先輩? どうしたんです?」

「え、いや、なんでもないよ。二人が仲良くなってくれたらいいなって思ってさ。同性同士」


 出来る限り、人間関係を崩さず、これからも紬とは付き合っていきたいのだ。


 友達の六花とも――


 それが和弦にとっての理想だった。






 学校を後に向かう先は、自宅である。

 元から紬とは、和弦の家でやると約束を交わしていたのだ。


 六花を含めた三人で自宅前に到着するなり、家に上がってもらう。


 今は両親もいなかった。


 和弦は二人を自室まで案内する。

 階段を上った先が、自室であり、扉を開けてあげた。


「ここが寿崎先輩の部屋なんですね! 始めてきましたけど、寿崎先輩らしい感じがしますね」


 そう言って、後輩は珍しい光景を目にするように周りを見、本棚のところまで向かって行く。


「これって、寿崎先輩が普段から読んでいる漫画ですか?」

「そうだけど、あまり触らないでくれないか?」

「えー、もしかして、読んではいけない作品なんですか?」

「い、いいから。そういう事はさ。まあ、一旦、座ってくれ」


 和弦は後輩のテンションを落ち着かせた後、自室の壁に立て掛けてあった、木製の折り畳み式テーブルを広げた。

 一応、最大で六人まで利用できる大きさがあり、結構重く、他の二人にも手伝ってもらう事になったのである。




「準備ができたし、さっそく勉強をしましょうか」

「そうだな」


 紬が率先して、この場を仕切り始め。三人で自室に置かれたテーブルを囲み、勉強会を始めることになった。


 和弦の斜め左には紬。斜め右には六花が座っているのだ。


 彼女らもテーブル上に教科書やノートを置いて、真面目に勉強に取り掛かっていた。


 意外と普通だった。

 勉強会っていうのは、形だけで大体ふざけたり、お菓子を食べるだけになったりすることが多いのだ。


 真面目に勉強してるな。

 俺もちゃんとやらないとな。


 和弦も教科書や、ノートに書きだした情報を見直したりして、自習用のノートにわからないところだけを書き出していく。


 三十分ほどした頃から、二人も気が緩んできたのか、軽くため息をはいていた。

 手に持っているシャープペンをノートの上に置いて、ただ教科書を眺めているだけになっている。

 集中力が途切れる頃合いなのだろう。


 和弦も丁度、一旦休憩しようと思っていたところだった。


「じゃあ、飲み物を持ってくるかな」


 和弦が率先して立ち上がろうと思った時、紬の方が早く立ち上がっていたのだ。


「私が持ってくるね」

「いいよ、俺が持ってくるから」

「いいから、ちょっと待ってて」


 紬は立ち上がる直前の和弦の肩を抑え込んでいた。

 和弦は再び床に座ることになったのである。


「でも、わかるのか?」

「わかるから。大丈夫、キッチンの冷蔵庫から取ってくればいいでしょ?」

「そうだよ」

「なんでもいい?」

「できればジュースがいいかな。確か、オレンジジュースが残っていたはず。あの大きなペットボトルの奴ね」

「OK、行ってくるね。六花さんもそれでいい?」


 部屋の扉まで向かっていた紬は、六花の方を振り向いて、最終確認を行う。


「はい、私、オレンジジュースが好きなので」


 六花は笑顔で対応していた。




 部屋から紬がいなくなった。

 それから後輩とは二人っきりになったのである。


 その間、和弦は幼馴染に任せ、書き出したノートを見直す事にした。


 わからないところが可視化できれば、そこを重点的に何度も勉強すれば何とかなると思う。


「寿崎先輩ッ」

「なに?」

「寿崎先輩が読んでる漫画って、ちょっとエッチなのが多いんですね」

「……え?」


 何かと思い、ノートから顔を離してみると、なぜか、六花は本棚の前に立ち、勝手に漫画を読んでいたのだ。


「な、何を勝手に」

「こういうシーンとか」


 六花は衝撃的なページを見開いて、和弦に見せつけてくる。


「寿崎先輩、こういうのやってみたいんですか?」


 後輩に弱みを握られてしまったのである。

 迂闊だったと思う。

 少し目を離した隙にこうなってしまうとは――


「それは……」

「でも、いいですよ。今、二人っきりですし」


 六花は和弦の近くまでやってきて正座で座り込むと、意味深な声でこっそりと囁くように告げてくる。


 さっきまで大人しくしていたが、それはただの偽りだった。


 本当は、和弦との距離をもっと詰めるための作戦だったらしい。


 自身の性癖もバレ、自身のテリトリーまで支配されてしまったのである。


 和弦は冷や汗をかき始めた。

 もう終わったと――

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