第15話 寿崎先輩! 一緒に勉強しませんか!
休み明けの月曜日。
その朝。
教室に入ると、普段と比べ、そこまで騒がしい雰囲気はなかった。
どちらかと言えば、静かな空気感が漂っている。
今日からテスト週間であり、勉強に勤しむ人の割合が多いのだろう。
大方、今週中は部活もなく、放課後は学校に残って勉強するか。家にすぐに帰って勉強するかの二択になると思う。
それでも、数人ほどは会話している人もいるので、全員が全員、勉強ばかりしているわけではなかった。
和弦は自身の席に座って、机の横に通学用のリュックを置き、席に座ったのである。
隣の席には、
教室内を見渡してもいなさそうだと思った。
教室に来る前の廊下でも、通学路でも見かけることもなく、多分、まだ登校していないのだろう。
自分の中でそう結論づけたのだ。
それにしても、この前の土曜日。
水着専門店で芽乃と二人っきりで試着室の中にいた時の事を思い出す。
今振り返っても恥ずかしさが混みあがってくる。
芽乃のおっぱいの感触を不覚にも思い出しそうになり、咄嗟に別の事を考える事にした。
逆に、朝早くから彼女と接触していたら、心が持たなかっただろう。
それに、芽乃から返事が欲しいと言われていたのだ。
なんて返答するのが正解なのだろうか。
二日前からずっと考えていたが、まったくと言っていいほど、良い案が浮かばなかったのだ。
付き合えないという返事を返しても、芽乃からしつこく追及されそうである。
今のところ、それが最大の悩みのタネであり、和弦は窓から見える景色を眺めながら、ため息をはいていた。
午前の授業が終わった頃には、和弦は先早に教室を後にした。
隣には芽乃がいて、一緒にいても気まずかったからである。
今日の授業中も変に彼女の事を意識してしまい、全然、授業内が頭に入ってこなかったのだ。
今週中はテスト週間という大事な時期なのに、これは大きな致命傷だった。
今週の出だしからこんな感じだと、今後が不安になってくる。
気分を切り替えるため、和弦は校舎の一階の購買部に向かい、そこで普段通りにパンを購入し、ベンチのある中庭へ移動するのだ。
誰かがいる……。
よくよく目を凝らし、遠くから見やると、それは後輩の
「寿崎先輩ー」
ベンチに先に座っていた後輩が、遠くから笑顔で手を振っていたのである。
「寿崎先輩もこれから昼食ですよね?」
「そうだよ」
「私もなんですよ」
いつも通り、六花と昼食をとる事となる。
「そういや、六花もパンなのか?」
「そうですよ。寿崎先輩と同じく、購買部で買ってきたんです。今日は気分を変えようと思って。やっぱり、テスト期間中なので、今週中くらいは勉強に専念しようかなって。お金もかかりますけど。それでも勉強が大切なので、こうしてみました!」
「ちゃんと勉強しているんだな」
「そういう寿崎先輩は、どうなんですか?」
隣に座っている六花から問われる。
「俺は、まあ、まあかな」
和弦は引き攣った顔をする。
「そうなんですか? でも、ちゃんとやらないといけないですからね、寿崎先輩」
「わ、わかってるんだけど」
「もしや、悩みがあるんですか? それで、勉強に専念できないとかですか?」
「そ、そうではないけど……」
隣の席の芽乃が絡んでいるとは言えなかった。
それを話すと、土曜日に試着室で二人っきりになっていた事も説明しないといけないからだ。
和弦は遠回しに、誤魔化すことにしたのである。
「言いたくないのでしたら、深入りはしない事にしますけど。まあ、勉強は大変ですものね。私は五月の時に行われた一回目の試験を経験しているので、何となくやり方はわかってるつもりです。ちなみに前回の成績は普通でしたけどね」
「普通?」
「全教科、六〇点前後くらいってことです。一教科くらいは九六点くらいでしたけど」
「凄いな」
「そんなに凄くはないですよ」
六花は褒められ、照れていた。
「でも、平均よりも若干、下なんですよ。そこまで褒められたものではないですし。だから、今回は前回の失敗を生かして、何とか平均はとりたいと思ってるので!」
「そうか、本気なんだな」
「はい!」
六花はやる気に満ち溢れた輝いた瞳を和弦に見せてくるのだ。
「それで、一番良かった教科はなんだったんだ?」
「それはですね、社会です」
「珍しいな」
「そうですか? でも、中学生の時、教育実習の先生が社会担当だったので。その授業が楽しくて興味を持ち始めた感じなんです」
「へえ、そういう事があったのか」
「はい! でも、社会をやった方が色々な知識が身に付くので、努力してよかったって思いますね」
そう言って、六花はパンを食べていた。
「そうです! 寿崎先輩、一緒に勉強しませんか?」
「勉強か」
刹那、和弦は動揺するかのように体を震わせる。
「はい! 私、全然ダメなので、寿崎先輩から教えてほしいんです。寿崎先輩は一年の時のテスト範囲わかりますよね?」
「それは、去年経験しているからな」
「ですよね」
「でも、去年とは範囲が違うかもしれないぞ」
「それでもいいんです。せめて、寿崎先輩と一緒に勉強できればいいので。寿崎先輩はテスト週間に予定とかないですよね? ちゃんと勉強するんですよね?」
「あ、ああ、そりゃ、するさ」
後輩と会話していると、一瞬、
そもそも、考えてみれば、紬と六花はまだ直接かかわった事が無いはずだ。
断りたかったが、紬がいる前では大人しくしてくれるかもしれない。
そんな結論に至ったのだ。
「まあ、静かに勉強してくれるなら、いいよ」
「本当ですか? ほかに誰か来るんですか?」
「一応、紬が来るけど」
「え……」
「嫌だったいいよ」
そこに関しては、六花の判断に委ねる事にしてみた。
「……わかりました、私、行きます! ……二人も上級生がいるのなら、テストも安心なので!」
後輩は一瞬、言葉を詰まらせていたが、表情をパアァと明るくして、一緒に勉強をしましょうと訴えかけてきたのだ。
本当に何事もなければいいと思いながらも、六花のストレートな気持ちを受け入れておく事にした。
一旦さっきの話に決着がつくと、二人はベンチに座ったまま、簡単な雑談をしながらパンを食べることになった。
食べ終えると、六花は教室で勉強すると言っていたのだ。
「では、ここで失礼しますね!」
放課後になったら、メールを送ると言葉を残し、その場から立ち去って行ったのである。
和弦は中庭のベンチに一人っきり。
教室に戻ろうと思い、立ち上がろうとするが、その時に校舎の方を見やる。
やっぱり、辞めた。
教室には芽乃がいる可能性があるからだ。
和弦はベンチに座ったまま、今の時間を使い、今週中のスケジュールを立てようと思った。
これからの一週間が重要なのだ。
スケジュールを立てた方が事を進めやすいと思ったからである。
和弦は制服のポケットからスマホを取り出し、アプリを起動するのだ。
その日の昼休みは、チャイムが鳴る三分まで前、ずっとスマホのスケジュール機能を使って、今後の予定を打ち込んでいくのだった。
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