第13話 隣の試着室には幼馴染がいるのに…

 こ、こんなところに二人っきりとか……。


 寿崎和弦すざき/かいとは焦る気持ちを堪えようとしても、そう簡単に出来る行為ではなかった。


 遊佐芽乃ゆさ/かやのと二人っきり、そのカーテンに閉ざされた試着室にいる。

 しかも、女性用の試着室であり、余計に背徳を感じてしまう状況だ。


「ねえ、何をしたい?」

「……俺、そろそろ、ここから出たいんだけど」

「いや」

「なんで」

「いいじゃん、私ともう少し会話しようよ」

「遊佐さんって、そんな感じの人だって?」

「そうだよ」

「学校では温厚そうだと思ってたんだけど」


 人は見かけによるというが、それが全員に当てはまる事はないらしい。

 彼女は見た目と中身がかなり違うようだ。


「私、学校外では普通に話すよ」

「そうなの?」

「うん。学校だと人間関係が大変だし、そこまで友人関係を広げたくないの。普通でいいのよ、人付き合いはね」


 芽乃は持論を展開していた。

 その表情は、何かを経験した事のある顔つきであり。しまいには、和弦に対し、大人っぽい態度で、誘惑する目を向けてきたのである。


「それで、本当にしたい事は?」


 芽乃は体を近づけてきた。

 彼女の胸が、和弦の胸元に当たりそうになっていた。


「そ、そういうのは、ここでやるべき事ではない気がするけど」


 緊張した面持ちで言葉を切り返す。


「でも、したいんでしょ?」

「い、いや……」


 和弦は冷や汗をかいていた。


「そう言ってもさ。そういうことしたいって、顔に書いてあるけどね」

「か、書いてないから」


 和弦は自身の顔を触る。


「そう? でも、こんな近距離で断るとか、男としてどうかと思うよ。本音で言ってしまえば?」

「俺、付き合っている子がいるから。無理だから」


 和弦はストレートに断った。


「そう言えば、あの子って、隣の試着室にいるでしょ?」

「そ、そうだね」

「だから、本音で言わないつもり?」


 芽乃との距離が近くなり、彼女の胸が和弦の体へと接触するのだ。


「あのさ、一緒に付き合ってみない?」

「は?」

「だから、私と付き合ってってこと」

「それ、無理だから。さっきも言ったけど。俺、紬と付き合ってるんだけど」

「わかってるよ」


 芽乃は知った上で強引に話を進めてきている。

 それはそれで厄介だった。


「ほら、付き合ったら、こういう事も出来るよ」


 密室空間で、彼女から強引に胸を押し付けられる。

 彼女の豊満な胸が、和弦の事を全力で誘惑するかのようだ。


 思ったよりも、大きく感じる。

 服を着た状態ではわからなかったが、その大きさは多分、幼馴染の紬よりもありそうな気がした。

 しかも、今日は休日という事もあって、芽乃は薄着の私服に身を包んでいる。

 彼女は今日の暑さを意識して、Tシャツとジーパンを身に纏っていたのだ。


「さっきから無言だけど、意識しちゃってる?」

「そ、そんなわけ」

「でも、隠しても無理だから。それに私、去年から君の事は知ってたんだよ。ずっと、紬が和弦の事について話をしていたからね」

「紬が?」


 全然、そんな事は知らなかったが、高校生になって関わる機会がなくなっても、ずっと意識していてくれたのだと思うと純粋に嬉しかった。


「私、紬から君の話を聞く度に、どういう人なのかなって興味を持ち始めてて。丁度、今年から同じクラスになって。それに、今は席も隣同士じゃない? だから、ずっと授業中も君の事、見てたんだよ」

「ず、ずっと……?」

「うん」


 彼女は上目遣いで、和弦の事を見つめてくる。

 胸を押し当てながらだ。


 芽乃からストレートな思いを告げられ、困惑しっぱなしだった。


「私と付き合ってみない?」

「そ、それは無理だから。さっきも断ったよね、それ」

「じゃあ、この前のこと紬に言っちゃうけど? 隠したい事っていっぱいあるでしょ?」

「そ、そうだけど。それずるいだろ。やり方が」

「えー、そうかな? でも、私の意見に従った方がいいよ。その方が身の為かも」


 彼女は和弦の事を弄ぶように、企みの笑みを浮かべていた。


 芽乃に圧倒されながらも――

 和弦は絶望的な環境から、どうしたら逃れられるのか、そればかり考え、悩んでしまっていた。


「でも、俺は紬の事が――」


 和弦は勢いで、さらに芽乃からの誘いを突っぱねる事にした。


「ふ~ん、そう。そんな対応をしちゃうんだね」

「でも、友達としてなら、いいけど」

「そういうのじゃないんだよね」


 芽乃から首を横に振られた。


「まあ、友達からでもいいけど。君って本当に紬のこと好きなの?」

「そ、そうだよ」

「どんなところが?」

「それは一緒にいて楽しいし。元から付き合ってみたかったから」

「でも、それなら、別に他の人でもよくない?」

「そうかな」

「そうだって」


 会話を続けていると、芽乃はさらに胸を押し当ててくる。

 さっきから彼女は、和弦の心を誘導するかのような対応の仕方が多い気がした。


「もし、あの子に悪いところがあっても付き合える?」

「……つ、付き合えるさ。というか、そういう話はしないでくれ。俺は、紬の事を悪く言われるのは嫌なんだ」


 和弦は少し声を荒らげてしまう。

 隣の試着室に声が漏れていないか、心配になり、和弦は口元を咄嗟に閉じた。


「まあ、いいけど。じゃあ、少し時間を上げるね。夏休み中でもいいから、私と付き合うかどうかの返事をくれない? それからでもいいわ」


 芽乃は黒い表情を見せ、和弦の顎を触ってくる。

 さっきの明るい表情から一遍、まったくの別人と思ってしまうほどの対応だ。


 口調も大きく変わっていて、和弦にとっても衝撃的な展開だった。


「まあ、今日はここまでって事で」


 そう言って、芽乃は試着室から出て行く。

 和弦も試着室から出るのだが、ただ立ち去って行く彼女の後ろ姿しか見る事しかできなかった。




「和弦ー」


 刹那、声が聞こえた。


 ハッとし、心臓を震わせながら振り返る。


「つ、紬……?」


 優木紬ゆうき/つむぎは、背後の試着室から顔だけを出していた。


「どうしたの、そんなに血相かいた顔をして」

「え、あのさ……」


 和弦は活舌が悪くなっていた。


「そういえば、さっきから大きな声を出している人いなかった? もう少し静かにしてほしいんだけど」

「そ、それなら、もう大丈夫だと思うよ。その人は店員に連れられて行ったから」


 和弦は咄嗟に嘘をついた。

 自分がまったく、その問題には関わっていないとアピールするかのように、紬に信じ込ませていたのだ。


 今、店内を見渡した感じ、芽乃の姿はもうない。

 もう店屋を後にしていったのかもしれなかった。


「そうだ。一応、着てみたんだけど、これどうかな?」


 和弦は、彼女がいる試着室前まで向かい、紬の水着姿を見てみることにした。


 今、紬が着用しているのが、水色の水着。

 その後、紬はもう一度カーテンの中に入り、試着室内で着替えた後、ピンク色のビキニを見せつけてきた。


 どちらの姿も眺めた和弦は興奮気味に考え込む。


 和弦は悩みながらも一つの結論に至る。

 彼女のイメージ的にも、水色が似合うという判断に基づき、最初着ていた水着にした方がいいよ、と一言、言葉を添えるのだった。


 今年の夏休みは楽しくなりそうだと、和弦は思う。

 でも、まだ、問題は山積みかもしれないけど、未来に希望を抱く事にした。


 和弦も、その後で水着を選び、二人は会計を済ませると、そのまま水着専門店を後にするのだった。

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