第12話 どっちの水着がいいかな?
「さっきは楽しかったね!」
食事中、同じテーブルに座っている幼馴染が言った。
先ほどまでビルの五階でボーリングをしていたのである。
久しぶりの運動に少々筋肉痛になりかけていた。
が、食事中の今、幼馴染と共に時間を過ごせている事もあってか、そこまでの痛みは感じなくなっていた。
「午後は何したい?」
テーブルの反対側に座っている
「んー、どうしようか。というか、この近くに何かあったかな?」
ビル近くの店には、飲食店や日用品が売っている店などがあるのだが、遊べるところはない感じだ。
今日はアーケード街から結構離れた場所にいて、今さら行動範囲を広げるというのも大変そうである。
ボーリングをしたビル――六階のファミレスの窓から見える景色を見てもわかるように、外は日差しが強く、午前中よりも大分暑くなっている気がした。
できれば、クーラーがきいている場所で涼みたい気分だ。
本格的に夏なったような気がして、水を全身に浴びたい気分でもある。
「一応、聞くけど、アーケード街の方に行く?」
「え、私はいいかな。できれば、ここ周辺がいいかもね」
「だよな」
紬も同意見のようだ。
和弦はスマホを見て、検索をかけながら周辺店舗を再び調べる。
紬はオレンジジュースを飲んでいた。
スポーツをした後であり、喉が渇いているのだろう。
テーブル上には、互いの前にケーキが置かれている。
昼食の時間帯ではあるが、そこまで食欲が湧かなかった事もあり、デザート中心の食事をとっていた。
そういえば、来週からテスト週間か……。
面倒だな。
でも、それが終われば、夏休みってことだよな?
和弦は頭で連想していき、とある事に辿り着いたのである。
「そういや、夏休みって何する?」
「夏休み? 私はプールに行こうかなって予定を立ててたけど。今年の夏は暑そうだしね」
紬は再びオレンジジュースを飲んで体を冷やしていた。
「紬もプールには行くんだよね」
という事は、水着が必要になる。
スマホで検索をかけていると、夏に丁度いい店屋が見つかった。
「ここの近くに水着専門店があるらしいんだけど。そこに行く?」
「え、あるの? 行きたい。私、丁度、新しいのを買いたかったから」
「じゃあ、その場所にしようか。場所はここなんだけど」
和弦はスマホの画面を彼女に見せた。
「ここから結構近いね、地図を見ても、すぐそこだよね?」
「うん、そうだよ。そこまで移動距離もないし。あまり長時間外を移動すると大変だから、ここでいいよね?」
「ありがとね、調べてくれて」
「いいよ。それくらいは」
和弦はスマホを一旦しまう。
和弦まだケーキに手を付けておらず、今から紬と共にケーキを食べ始めるのだった。
暑い時に食べるケーキは特別だ。
しかも、夏に合わせた冷えたケーキの為か、口内に涼しい感じに伝わってくる。
それから三十分ほど会話と食事を続けた後、会計を済ませて店を後にするのだった。
ビルから少し離れた場所にある水着専門店。
意外と徒歩で五分程度だった。
入店してみると、涼しい風が二人の体を程よく冷やしてくれる。
店内を歩いて回る事となった。
店内を見渡していると、夏に合わせた商品だけではなく、スポーツ店としても営業している事に気づく。野球やサッカー関連の道具も売ってあったからだ。
「水着売り場はあっちの方ね」
紬は率先して、その場所まで向かう。
和弦は幼馴染の事を、早歩きで追いかけた。
紬が辿り着いた場所には、多種多様な水着が取り揃えられている。
スク水系や、ビキニ系など、フリルが付いたものもあった。
「丁度いいし、和弦には選んでほしいんだけどね」
紬は水着を手にすると、交互に自身の体に当てながら問いかけてきた。
「今年の夏は、一緒にプール行くでしょ?」
断る必要性はどこにも理由もない。
幼馴染と付き合っているなら、絶対に行くという選択肢しかないと思う。
和弦は、行くという趣旨を、紬の目を見て伝えたのだ。
「だよね。一緒に行動すると思うから、和弦には恥ずかしい思いをさせたくないし。だからね、選んでほしいの」
紬から小声で言われた。
恥ずかしいのだろう。
そんな感情を押し殺しながらも、勇気を持って伝えてきたと思われる。
だからこそ、和弦は男らしく、紬からの頼み事を受け入れようと思うのだった。
「一応、決まっているのは、この二つなんだけどね」
紬はピンク色の水着と、水色の水着を両手に持ち、見せてきた。
どちらもビキニ系である。
和弦は今まで学校指定の紬の水着姿しか見てこなかった。
ゆえに、彼女の水着姿を妄想するだけで、気分が紅潮してくるようだった。
去年である、高校一年生の夏休みの時は、一人で本屋巡りをしながら漫画を集める事をやっていたのだ。
今年初めて、紬の新しい水着姿を目撃出来るチャンスなのである。
妄想すればするほどに、楽しい夏になりそうだと感じるのだった。
「それで、どっちがいいかな?」
紬の両手にあるのは、異なる色合いの水着。
どちらも彼女には似合いそうだが、選ぶとしたらと考えると、和弦の中で迷う。
真剣に悩んでしまうのだ。
こんな時は、どんな結論を出せばいいだろうか?
あの漫画でも、同じシチュエーションがあったはずだ。
どちらも試着室で着替えさせ、どちらの姿も見る。
今ここで選ぶよりも、着替えた状態の姿を見て判断した方がお得だと、あの漫画の主人公が導き出した結論通りの決断を今、和弦も下すことにした。
「どっちでもいいけど。どっちも着てみればいいよ」
和弦は身振り手振りを加えながら、そう提案した。
「ねえ、それで、どっち? 着るのは着るけど、和弦の意見を聞きたいの。もしかして、水着姿を見たいだけ?」
紬から見透かすような、ジト目を向けられるのだ。
「そ、そんな事はないよ」
願望まみれの状況ではあったが、何とか本心を隠そうとする。
「本当かな? でも、別にいいよ。見たいなら、どっちも着て見せるから。その後で、ちゃんとした判断をしてよね!」
紬から恥じらった反応が返ってくる。
そんな表情を見て、和弦も気恥ずかしくなってきたのだった。
今、紬は試着室の中にいる。
着替えている最中なのだ。
そんな中、和弦が試着室前に佇んでいると、背後から誰かが近づいてきた気配を感じたのである。
和弦が振り返ろうとした時には、もう遅かった。
刹那、柔らかいモノが和弦の背中に当たっていて、それどころではなかった。
冷静な判断が取りづらくなり、どういう状況だとわからず焦ってしまう。
「あんたってさ、なんで女性売り場のところにいるの?」
それは多分、
振り返らなくとも口調で分かった。
「君こそ、な、なんでここに?」
二人は小声で話し始める。
「水着を買うためよ。そしたら、丁度、女性用売り場にいる君を見つけたってこと」
「俺は用事が合って、紬と一緒に買い物に来てたんだ」
「へえ、彼女の水着が見たくて?」
「別にいいだろ……」
「否定はしないんだね。そう言えば、昨日、紬の下着とか肌を見て興奮したと言ってたものね。そういう性癖?」
「ち、違うよ」
和弦が強く否定した時――
二人でやり取りをしていると、試着室のカーテンから紬の声が聞こえたのだ。
「誰か他にいるの?」
小声でやり取りしていたのに、先ほどの強めの口調の和弦の声で、紬に気づかれてしまったらしい。
和弦は何の問題もないからと言って、その場を乗り切ろうと必死だった。
すると、和弦が気を緩めた瞬間――背後にいた芽乃が強引に和弦の右腕を引っ張り、空いている女性用の試着室へと連れ込んだ。
和弦は今、カーテンに閉ざされた密室空間で、芽乃と二人っきりになってしまったのである。
目と鼻の先に佇む、私服姿の大人びた彼女を前に、和弦は焦った顔を見せる事しかできなかったのだ。
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