第11話 今日の暑さで、ちょっとおかしくなってるのかも…

 今日は土曜日――

 長かった一週間の学校生活が終わり、特に大きな予定もなかった寿崎和弦すざき/かいとは幼馴染と一緒に街中にやってきていた。


 優木紬ゆうき/つむぎは普段の制服姿ではなく、私服だった。

 可愛らしく爽やかなワンピースの服を身に纏う幼馴染の姿を見てしまうと、彼女の事を途轍もなく意識してしまう。


 休日という事も相まって、街中には結構な人がいる。

二人は、街中の公園近くに佇んでいた。


 昨日の夜に紬の方から遊ばないと誘ってきたのだが、特に彼女はどこに行くかは決めていなかったようだ。

 今、和弦はスマホを片手に、慌てて検索をかけていた。


「どう? 見つかった?」

「え、ま、まだだけど」


 紬はグッと近づいて来て、和弦のスマホを覗き込んでくる。

 急に彼女との距離が狭まると、紬の豊満な胸が腕に当たりそうになるのだ。

 現在、薄着系統の私服を身に纏っている幼馴染の露出度は高かった。

 ましてや、距離が近くなっている最中、彼女の谷間が見えそうになっていたのだ。


 こ、これって、誘っている?

 わざとなのか?

 でも、一応付き合っているわけだし……。


 紬からのサービスかもしれないと、色々な憶測が和弦の脳内を駆け巡る。


「どうかしたの? 暑い?」

「そ、そうだな。今日は暑いよな。七月だし、気温も二十五度超えるとかネットニュースで言っていたしな」

「そうなんだ。でも、一気に暑くなった気がするよね?」

「え、あ、ああ、そ、そうだな」


 和弦は笑って、その場を乗り越えようとする。


 気づけば、紬との距離が縮まりすぎて、彼女のおっぱいが私服越しに当たっていたのだ。

 スマホを持っている右手に直撃しており、その手を震わせていた。


「活舌、大丈夫? 熱があるの?」

「え、い、いや」


 和弦が後ずさろうとする直前、彼女が自身の右手を和弦の額に当ててきたのである。


「んー、熱はないようだけど。暑いならさ、近くのビルの中に入る? あっちの方に遊ぶ場所があったはずだし」


 紬は自身の額と和弦の額の熱さを比較した後、スマホを持っていない和弦の左腕を掴んで率先して誘導してくれた。


 最初っから、こんな感じだと、今日一日が不安になってくる。

 良い意味でも、悪い意味でも――






「ふー、ここまで来たら一安心かな? ん?」


 ビルの一階の入り口エリアに入った頃合い、隣に佇んでいる紬が顔を覗き込んできた。


「大丈夫? まだ顔が赤いよ」


 その要因は幼馴染の言動にあるのだ。

 でも、そんな事を言ったら、彼女から話題のネタにされるかもしれない。


「これ飲む?」


 紬からペットボトルを渡された。

 未開封済みだった。


 和弦は一旦飲んで、高ぶっていた感情を抑え込むことにしたのだ。


 二人は、ビルの一階の、その休憩エリアまで向かうと、その近くにあったベンチに腰掛ける。


「ここまでくれば、クーラーもきいてるし、涼しくない?」

「そ、そうだな。十分よくなったよ、ありがと」

「じゃ、よかったね。元気になって」


 紬から自然体の笑みを見せつけられる。

 そんなストレートな笑顔を受けたら、どうかなりそうだ。

 また、感情が変に高ぶってきそうだった。




「アレ? ここのビルの五階にボーリングあるってよ」

「ボーリング?」

「そうそう、あっちの掲示板にかかれてるよ」


 座っているベンチから少し離れた壁に取り付けられた掲示板には、階ごとのフロア紹介文が記されているのだ。


「和弦、ボーリングしない? 運動不足でしょ? 昨日だって全然だったし」

「そうだけど。もうそのネタいいよ」


 和弦はため息をはいていた。


「でも、運動は大事だよ。運動はね。あの漫画にだって、褐色系の部活キャラが登場するでしょ?」


 そのセリフを耳にした事で和弦の脳内に、物語の主人公と、その部活キャラとのワンシーンが自然と思い浮かぶ。

 二人の関係性の事を思い出すと、気恥ずかしい気分になる。


 一人で見る漫画なのに、紬に、その内容を知られてしまっている以上、余計に赤面してしまうのだ。


 これ以上、詳細には語れない。




「あ、あのさ……あの漫画って、どこまで読んだ?」


 和弦は怖いもの見たさに、恐る恐る聞いてみた。


「今まで販売されているところまで全部だよ。でも、流し読み程度のところもあるけど。時間ある時にまた読み返す予定だけどね。私、今の和弦の事、いっぱい知りたいし。和弦がどんな漫画を読んでいても、私、別に気にしないから」


 紬は頬を赤く染め始めていた。

 実のところ、彼女も読んでいて恥ずかしかったのかもしれない。

 だから、所々飛ばし読みをしていたのだろう。


 紬も普通の女の子なのである。

 エッチなシーンを見て、恥ずかしいという感情を抱かないという事はないのだ。


「あのさ……和弦が、いいならさ、あの漫画のような事をしてもいいよ。こ、この前だって、変なところで終わったし」


 前回は、幼馴染の母親の乱入で、強制中断してしまったのである。


「な、なに、急に」

「私も……うん、色々あるけどさ。和弦が私に興味を持ってくれるならさ。恋人として見てくれるなら、なんでもするよ」


 なぜか、突然、紬から大胆な事を言われ、和弦はなんて返答すべきかわからず、動揺していた。




「……はッ⁉ ご、ごめん! わ、私の方がどうかしてたよね! 私も、この夏の暑さで変になってしまったのかな」


 紬は両手で頬を抑え、俯きがちになっていた。


「というか、そろそろ、ボーリングしに行こ! 体を動かして、夏本番にそなえないとね!」


 彼女はベンチから立ち上がって、そう宣言していた。


「さ、和弦も行こ」


 立ち上がっていた紬から手を差し伸べられる。


 和弦は流されるがまま彼女の手を握った。

 その場に立ち上がるのだが――


「……」

「……」

「……?」

「……⁉」


 向き合っている二人は目を合わせ、普通に手を繋いでいた事に驚く。

 咄嗟に二人は離れた。


「ごめんね、今日は私おかしいのかも」


 以前だったら、積極的だった幼馴染。

 やはり、あの漫画の話になってから、少し様子が変わった気がした。


「……いいよ。手を繋ごうよ」


 和弦から言った。

 再び彼女へ、手を繋ぐように誘ったのである。


「いいの?」

「ああ……何も問題はないさ」


 和弦は、自分で言っていて胸が熱くなるが、何とか堪え、再び彼女と手を繋ぐことにしたのである。


 紬も応じるように、和弦の手を軽く触ってくれた。


「和弦の手、温かいね」

「それは気温が高いからな。というか、暑いのに、くっ付いて行動するのも変かもしれないけど」

「そ、そうだね。でも、和弦の方から誘ってくれたんだし、このままでもいいかも……まあ、五階に行こうよ。予定通りにね」


 紬が緊張し始めてから、形勢が逆転していた。

 今日の朝の幼馴染の立ち振る舞いと比べると、天と地ほど違うのだ。


 今からは和弦の方が、紬をリードしていこうと思う。


 ビルのエスカレーターを使い、二人は一階フロアから上へと向かって行く事となった。

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