第4話 やっぱ、そういうの見るんだね

 その時、放課後になっていた。


 ヤバいな……。


 腹が減ってきていた。

 昼食の時に殆ど何も食べていなかった事もあり、放課後の現在、腹の音が鳴っていたのだ。


 寿崎和弦すざき/かいとはお腹の減り具合を感じながらも、帰宅の準備をする。


 六花には後で謝っておかないとな。


 昼休みの事を考え、なぜ、六花りっかが怒っていたのか。今の時間に至るまで、それを解明させる事は出来なかったが、時間がある時に彼女と接触を図っておいた方がいいと思った。


「じゃあ、私帰るから」

「う、うん」


 隣の席の遊佐芽乃ゆさ/かやのは簡単な挨拶をし、席から立ち上がり教室を後にして行った。

 その時の彼女の表情には少し笑顔があった気がする。


 彼女は廊下に出ると、そこでバッタリと出会った人らと帰宅する姿が、和弦の視界には映っていたのだ。


 彼女は教室では一人で過ごしているが、帰宅する時は誰かと行動することが多いらしい。


 俺も帰る準備を終わらせないと。

 ……というか、なんで、俺に挨拶をしてきたんだろ。


 芽乃とは、つい最近から隣の席になったばかりで、そこまで親しい関係ではなかった。


 和弦はただ首を傾げる。

 準備を終えると通学用のリュックを背負い、教室を出て廊下で紬と合流するのだった。






「ねえ、どこの本屋に行く?」

「ど、どこにしようか」


 本屋といっても、街中には三店舗ほどある。

 駅中。

 街中のアーケード通り。

 郊外のところにも一件ある。


 学校を後に、街中に近づいている状況だと、普通に考えてアーケード通りの書店に行った方が時間的にも、効率的にもいいと思う。


「どうしたの? さっきからお腹を触ってるけど?」

「少し腹が減って」


 隣を歩いている優木紬ゆうき/つむぎから疑問がられる。


「昼食は? 食べたんじゃないの?」

「それが今日、お金が無くて」

「金欠?」

「そうじゃなくて、ただお金を忘れただけ」


 このやり取り、デジャヴだろうか。

 昼の時間帯も、そんな話をしていた記憶がある。


「お金がないなら、本買えないじゃん」

「それなら大丈夫。たまたま使っていなかった図書カードが財布の中にあってさ。一応、ここれ千円分まで使えるんだよね」

「そうなんだ。じゃ、問題なさそうね。それにしても顔色悪いよ。やっぱ、どこかで何か食べる? ここら辺に食べ歩きできるところもあるし。えっと、あっちかな? チュロス店があったはずだよ」


 紬が指さす方角には、チュロスやたこ焼き、クレープなどが売っているお店が多々ある。


「それだと、申し訳ない気がして」

「後で私に何かを奢ってくれればいいし。気にしないで」


 和弦は彼女と共に、アーケード街のフードエリアへ向かう事となった。






「ここのチュロス、美味しいんだよね。チョコ味でいい?」

「なんでもいいよ。奢ってもらう身だから」

「じゃあ、このチョコのチュロスを二本ください」


 紬は店屋の看板に張り付けられた写真メニューを見て、店員のおじさんに話しかけていた。


「はい、二本で五百円ね」


 手際のいい店員のおじさんは素早い手つきでチュロスを紙で包み込んでいた。

 その後で、店員のおじさんから紙袋に入ったチュロスを差し出され、紬はお金と交換するように受け取っていた。


「これ、和弦の分ね」

「ありがと。ここまでして貰って申し訳ない」


 和弦は幼馴染に対し、頭を下げた。

 どんなに親しくても、礼儀は必要だと思う。


「そんなに硬い言い方しなくてもいいから。私たち昔からの仲なんだし。もう少し気楽にいこ」

「そ、そうだけど……」


 付き合い始めなのに、彼女から助けてもらってばかりで、何も出来ていない自身の非力さに悲しくなってくる。


 何かしらの形で、サプライズのようなプレゼントをしようと思うのだった。






 チュロスを食べながら歩き、五分ほど先にある本屋に到着した頃には、二人は食べ終えていた。


 二人は店内に入る。

 街中の本屋というだけあって結構広い。


 漫画や小説の他に、週刊系の雑誌やビジネス本なども取り揃えられているのだ。


「和弦は漫画を買うんでしょ? 一緒に漫画エリアに行く?」

「いや、購入する時は別々でもいいんじゃないか?」


 和弦は提案する。


 漫画をただ購入するだけだが、やはり、図書カードだけでは重ね買いは難しい。

 際どい漫画なため、バレ防止のためにも別行動したいという趣旨を全力で伝えた。


「そんなに見られたくないの?」

「そうじゃないけど。本を買う時はゆっくりと選びたいじゃんか。紬もそう思うだろ?」

「まあ、そうかもだけど。んー、和弦がそういうなら、それでいいかな? ……というか、そんなに言うなら、やっぱ、エッチな本とか?」

「ち、違うよ」


 和弦は誤解されないように何度も否定する。

 が、彼女からはジト目を向けられ、疑いをかけられていたのだ。


「怪しい」

「そんなわけ」

「まあ、いいんだけどね。一人で見たいなら、それでもいいかもね」

「だから、違うって」


 実際は間違っていない。

 紬の言う通り、際どい感じの漫画である。


 幼馴染といえども、紬の前で、そのような漫画を見る事には抵抗があるのだ。


「じゃあ、またあとでね」


 何とか理由をつけて、紬と店内で別れるのだった。




 和弦は書店内の漫画エリアにいる。

 そこで、まじまじと漫画を見ていた。


 和弦は本棚に置かれた新作の漫画を手に、その表紙をまじまじと凝視していたのだ。

 その表紙には物語のヒロインらが描かれている。

 少々、卑猥な感じのデザインだが、素晴らしいと思った。


 通常版はもう少し露出度抑えめなのだが、特典時の漫画の表紙は作者なりのこだわりがあるらしい。


「これは買だな」


 表紙を見た瞬間、そう確信した。


 ネット上で発売前の表紙が掲載されていたが、やはり、現物は別格だと思う。


 しかも、今回の特典は、ヒロインらのポストカード三種類付きだった。


 価格は六〇〇円。

 程よい感じの値段であり、持ち合わせの図書カードでも購入可能だ。


「うん、これはいい感じだし。さっそくレジに」


 刹那、振り返ろうとした時、誰かの視線を感じた。


 右を振り向くと、そこには紬の姿があったのだ。


「やっぱ、そういうの買うんだね」


 彼女はジト目だった。


「え、そ、それは、これには訳が合って」

「だから、別行動したかったと? でも、別にいいんだよ。和弦も男の子だもんね」


 紬からしょうがないね的な視線を向けられ、和弦は何も言い返せず、ただ俯きながら赤面する事しかできなかった。

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