第3話 調子がいい時ほど、ついてない
午前中は席に座り、教室内で授業を受けていた。
和弦は授業中なのに、放課後の事ばかり考えている。
脳内がそればかりに侵食されているのだ。
今日の放課後は幼馴染の
万が一、際どい漫画を読んでいることがバレてしまったら、取り返しがつかない事だってある。
けれど、あの漫画は早く読みたいんだよな……。
幼馴染と一緒に本屋に行くからといって、購入を渋るというのも、なんか違う。
漫画の重ね買いをすれば誤魔化せるはずだ。
重ね買いというのは、本来購入する商品の上にブラフとなる商品を重ねて購入する行為の事である。
その手を使えば、二倍近くかかってしまうが、状況によっては仕方がない。
作戦として、いい案だと自負していた。
もしバレなかった場合は、通常通りにレジで購入すればいいだけだ。
ネットで購入するのもいいのだが、店屋だと特典がついてくる。
それも本屋で購入するメリットだった。
「おい――」
でも、今月出費が激しいしな。
そういう購入の仕方はやめておいた方がいいかな?
でもなぁ。
「おい、寿崎! 聞いてるのか?」
先ほどのような問いかけの声ではなく、今度は男性の怒鳴り声が聞こえた。
「寿崎。先生は君に話しかけてるんだよ」
「え、あ、は、はいッ!」
右隣の席に座っている
和弦は勢いよく、その場に立ち上がる。
脳内が放課後の事ばかりで、先ほどまで何の話をしていたのか、さっぱりわからなかった。
「な、何でしょうか?」
「はあぁ……国語の教科書を読んでくれって事だ」
「えっと、何ページでしょうか」
「お前、何も聞いていなかったのか? ちゃんと集中しろよ」
呆れた顔を見せる男性の先生から厳しく指摘を受けた。
「三〇ページのところ」
隣の芽乃がボソッと教えてくれた。
「あ、ありがと、三〇ページだね」
和弦は机から手にした国語の教科書を手に、ページを慌ててめくり、一行目から読み始めるのだった。
今日は午前中から大変な事ばかり。
失敗続きで気分が落ち込んでいた。
昨日から、幼馴染と付き合える状況になり、テンションが高ぶりすぎているのかもしれない。
「空回りしすぎだよな」
和弦は教室を後に深呼吸をする。
一度、心をリセットした。
「これで良くなればいいけど」
今から昼休みであり、気分転換に食事が出来る。
購買部でパンを購入し、中庭でゆっくりと過ごそうと思う。
和弦は歩きながら、制服から取り出した財布を確認した。
「……⁉」
見てみると殆ど入っていない。
唯一、百円と五十円しかないのだ。
は⁉
そ、そうか……。
今日は普段よりも早く家を出た事で、今日の朝、財布にお金を入れてくるのを忘れていたのである。
だ、ダメだな。
今日は何もかもついてないんだけど。
和弦は廊下の端で、頭を抱え込んだ。
幼馴染と付き合える事ばかりで、全然、他の事が疎かになっていた。
別の教室にいる幼馴染に恵んでほしいというのも恰好が悪い。
お金を借りる場合、皆がいる前で頼むことになる。
幼馴染と付き合う者として、なおさら恰好がつかないと思った。
それだけは、ダメだ。
絶対にそれは悪手になるからだ。
合計百五十円だと、パンかジュースのどちらかしか購入できないだろう。
学校内で購入できる商品は基本一つ百円であり、絶妙に二つ同時に手に入れる事が不可能なのだ。
廊下で絶望していると――
「寿崎先輩、どうしたんですか?」
ハッと気づき、背後を振り返る。
そこには後輩の
「色々あってな」
「そうなんですか。でしたら、今日も一緒に昼食はどうですか? 私、弁当を作って来たんです」
後輩は布に包まれた弁当箱を見せつけてきたのだ。
「え、本当か」
助かったと、安堵する。
「丁度良かったよ」
「何がです?」
「俺、お金が殆どなくて困ってたところだったから」
「金欠とかですか?」
「ただ財布にお金を入れてくるのを忘れていただけなんだけどね」
「ドジなんですね」
「そ、そうかもな」
後輩からしっかりしてくださいねと指摘され、和弦は笑って、その場を乗り切ろうとする。
今日も何とか食事をありつけそうだと、心の底から後輩の六花に感謝するのだった。
和弦は自販機で飲み物を購入してから、六花と中庭へ向かう。
後輩の六花と隣同士でベンチに座る。
「私の弁当はこんな感じですけど。寿崎先輩の口に合えばいいですけど」
六花は膝の上で弁当箱を開ける。
その弁当には、ウインナーや卵焼きなどが綺麗に敷き詰められていた。
「これなんかどうですかね?」
六花が見せてきたのは、タコさんウインナーだった。
綺麗に切れ目がついており、タコの目や足がしっかりと表現されてある。
しかも食べやすいサイズだった。
「私が食べさせてあげますからね」
後輩は、そのタコさんウインナーを和弦の口元へ運んでくる。
和弦は腹が減っていたことも相まって口を開き、六花から食べさせてもらうことになった。
少し塩の味が付いていて、しょっぱさがある。
けれども、食べられない事もなく、手作りにしてはちゃんとできた方だと思う。
「どうですかね? 結構頑張って作ったんですけど」
「いいと思うよ」
「そう言ってくれると、頑張った甲斐がありました」
六花は可愛らしく笑みを浮かべ、喜んでくれていた。
「料理って好きなのか?」
「はい、そこまで上手な方ではないですけど。楽しめるほどには好きです。少し話は変わりますけど、今度の休みに私の家に来ませんか?」
六花から誘われた。
「休みの日か」
「できれば、今日でもいいんですけどね」
今日は紬と約束を交わしている。
色々な都合により、それに関してはすぐには決められない事だった。
「今日は無理かな」
「どうしてですか?」
「今日は用事があって」
「用事とは?」
六花は首を傾げる。
「幼馴染の紬とさ、遊ぶ約束していて」
「昨日の、あの人とですか?」
六花の声のトーンが変わる。
「そうなんだ」
「やっぱり、寿崎先輩は、あの人の事が好きだったんですね」
「嘘をつくつもりとかもなくて。紬の方から付き合ってほしいって言われてさ。その流れで遊ぶ約束をしただけで」
「でも、そういう事は勝手に決めてほしくなったんですけど」
「え?」
「別に、いいんですけど」
後輩は不満そうな口調になり、それから弁当箱の箱を閉じた。
「ど、どうした、急に」
「なんでも。やっぱり、この弁当は私一人で食べるので」
六花はそう言って、弁当を布で包んだ後、駆け足で立ち去って行ったのである。
「俺、何か、ヘンな事を言ったかな?」
一口しか食べられず、中庭のベンチに取り残された和弦は、次第に空腹感に襲われ始めるのだった。
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