第2話 今日から、また一緒だね

 寿崎和弦すざき/かいとは昨日から幼馴染と付き合うことになった。

 それは嬉しい出来事の一つだった。


 今まで距離感のあった幼馴染と、これからの日々を過ごせる事に喜びを感じながらも、ベッド近くに置かれた目覚ましのアラームで起床した。


「あぁ……もう朝なんだな……」


 背伸びしながらベッドから立ち上がった和弦は自室のカーテンを開け、外の景色を見やる。

 いつもと違って見えた。

 同じ外の景色なのに、自身が置かれている環境が変わると、物事のとらえ方まで変わるらしい。


「そういや、今日から、紬と一緒に学校に行くんだったな」


 和弦は昨日、喫茶店内で会話した内容を思い出しながら、二階の自室を後に一階のリビングへと向かうのだった。




 リビングで朝食を取り、学生服にも着替え終わった頃合い、自宅玄関で和弦は靴を履いていた。

 準備が整うと扉を開け、外に出ようとする。


 扉を開いた先に、すでに彼女がいたのだ。


「おはよ。もう来ちゃったけど。いいよね?」


 幼馴染の優木紬ゆうき/つむぎは満面の笑みを見せ、挨拶してくる。


「おはよう。何か、早いね。まだ、学校が始まるまで結構時間あるけど?」

「そうなんだけど。どうしても早く来たくなっちゃって。それに、私たちの家って結構近いじゃん。歩いて三分くらいだし」

「俺の方から行こうと思ってたところなんだけど」

「そうなの? でも、ごめんね、私の方が早かったみたい」


 彼女は悪戯っぽく笑う。


「もしかして、普段より遅れて起きた感じ?」

「そんな事はないよ。普通に朝早く起きたし。むしろ、いつもより早かったくらいだから」

「本当かな?」

「本当だって」

「でも、まあ、こうして、学校に登校する前に会話したりするのも久しぶりで新鮮な感じがするね」


 紬からの笑顔は、無性に心をくすぐる。

 彼女の笑顔を見ている和弦の方が恥ずかしがっていたくらいだ。


 和弦は自宅の玄関の鍵をかけ、再び彼女の方へと視線を向けた。

 すると、紬が近づいてきたのだ。


 彼女との距離が近く、突然の事に和弦は動揺を隠せず、声を震わせていた。


「ど、どうした?」

「何となく」


 昨日から付き合い始めたわけだけど、紬が妙に積極的な気がする。


「な、何となくか」

「付き合うことになったんだし、もう少し距離感を縮めてもいい気がするけどね」


 紬はちょっとばかし恥じらいを持って話しかけてきた。


「そ、そうかもな」


 体の距離が近く、恋愛している者からすれば普通の事かもしれない。

 だが、まだ恋愛慣れしていない和弦は変に意識し、緊張してしまっていた。


「今はいいとして。でも、いずれは一緒に手を繋ぎたいなって」


 紬は勇気を持って言ってくれているのか、その表情は紅潮していた。


「えっと、すぐにじゃなくてもいいから。和弦が好きな時でもいいからね」


 彼女は慌てながらも説明をする。


 紬の事を恋愛対象として見れていないのではなく、つい最近まで幼馴染の関係だった。

 昔の思い出もあり、いざ付き合うとなると複雑な心境だ。

 それでも、付き合えたことが嬉しくもあり、彼女と共に通学路を歩き始めるのだった。




「そうだ、今日はどこかに寄っていく? 昨日は私が行きたかった場所だったけど。和弦が行きたい場所があれば、私合わせるけど?」

「行きたいところか」


 いざ決める事になると悩む。

 少々俯きながら考え込むのだった。


 強いて言うなら、本屋に行きたい気分である。

 今日は、新作の漫画が販売される日であり、丁度いいと思った。


「どう、決まった感じかな?」


 隣を歩いている彼女が、和弦の顔を覗き込むように言う。


「き、決めたけど、えっと、本屋とかどうかな? 紬は買いたい本ってある?」

「そうだね、本屋ね。私も行きたかった気分だったし、そこでもいいかな? そうしよっか」


 彼女は少々考え込んだ顔を見せたが、意外とすんなりと受け入れてくれた。


「それで、和弦が好きな漫画って何?」


 紬は、和弦の肩に自身の肩をくっつけてきた。


「それは、まあいいじゃん」

「なんで?」

「なんでって、色々とあるんだよ」


 和弦は言葉を濁す。

 あまり聞かれたくない事もあるのだ。


「もしかしてさ……エッチな感じとか?」


 彼女は頬を明るく染めながらも、和弦の近くで囁く。


「そ、そんなわけじゃないけど」

「だったら、言ってもいいじゃん」


 紬から問い詰められてしまい、返答に困ってしまう。


「それより、紬は何を買う予定なんだよ」

「小説だよ。この前、出た新刊があって、それを購入しようと思っていたところだったの。私が購入するのは青春系の作品ね」

「そ、そうか」

「私も言ったんだから、和弦も言ってほしいんだけど」


 しまいには彼女から詰め寄られる事となった。




 な、なんで、そんな知りたいんだよ。


 和弦は自身の心に訴えかける。


 そんな中、和弦はまじまじと見つめてくる彼女から顔を逸らしながらも緊張感に襲われていた。


「簡単に言えば、学園モノっていうか。そんな変な奴じゃなくて、紬と同じ青春系な奴だから」

「青春系ね。だったら、変に隠さず、最初っから、そう言えばよかったじゃん」

「そ、そうかもな」


 一応、青春系ではあるが、少し際どいシーンの多い漫画である。

 紬にはあまり見られたくないものであり、上手く誤魔化せたかもと思い、胸を撫で下ろしていた。


 会話していると時間が経つのは早いもので、気が付けば学校の近くにいた。

 周りには同じ制服を身につけた人らが沢山いる。


 和弦は彼女と一緒に、学校の校門を通り抜ける。

 それから、昇降口で中履きに履き替えて、各々の教室に向かうのだった。




「じゃ、また、後で」

「うん、楽しみにしてるからね」


 紬は笑顔で返答してくれた。

 そのまま廊下で別れ、和弦は教室に入る。


 いつも通りの朝の光景が、教室には広がっていた。

 が、幼馴染と久しぶりに登校でき、気分は高まっていて、普段は億劫な教室の空間も、それなりにすんなりと打ち解けられていたのだ。


 清々しい一日が始まったかのような感覚に心を躍らせるも、それを表情に出すことなく席に座った。


「ねえ、君ってさ、あの子と仲いいの?」


 机の横に通学用のリュックを下げた時、隣の席の子から話しかけられた。


 遊佐芽乃ゆさ/かやのとは、この前の席替えで隣同士になった子である。

 茶髪のロングヘアで美人系の顔立ちをしているのだ。

 どこかの事務所で芸能活動していてもおかしくない外見をしていた。


 彼女には華があり、どちらかと言えば陽キャ寄りの部類。しかし、自発的にクラスの一軍と関わって行こうというタイプではなかった。


「幼馴染だからね」

「へえ、そうなんだ、知らなかった。というか、あの子の事を好きなの?」


 芽乃は和弦の方へ体の正面を向け、ストレートに聞いてくるのだ。


「な、なんでそう思ったの?」

「だって、楽しそうに会話していたし。付き合っているとか?」

「昨日からちょっとね」

「へえ、やっぱり?」


 芽乃は強引な話し方をする子らしい。

 彼女は和弦の言葉のニュアンスで大体を理解した顔を見せる。


「それで、遊佐さんは紬とどういう関係で?」

「私はただ、あの子と去年一緒のクラスで色々と関わったことがあったから。それで、ちょっと気になっただけ」


 芽乃は和弦の目を見つめてくる。


「な、なに?」

「いや、別になんでもないけどさ。あの子と付き合って困ったことが合ったら、私に相談すればいいよ。私、あの子の事、色々知ってるし」


 彼女は意味深な言葉を残しながら席に座り直し、正面を向くような形でスマホを弄り始めていた。


 芽乃は少し変わった子だと思い、和弦もスマホを片手に、今日のスケジュールを確認するのだった。

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