第8話 崔梨遙、登場!
気は進まないが、やがて車は目的地に着いてしまった。
フレンチレストラン。僕はマネージャーとして同席する。
レイナと店に入った。
スラリとした男が近寄ってきた。
「レイナ様でしょうか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
僕達は男に着いていく。
「お忙しいところすみません」
痩せ気味の男が席から立ち上がって挨拶をしてきた。目つきが無意味に鋭い。
僕は動揺した。
「はじめまして、崔梨遙です」
「はじめまして、レイナです。よろしくお願いします」
……崔梨遙。こいつは僕だ!
いや、厳密には僕ではない。パラレルワールドだからこの世界の僕と僕がいた世界の僕とは違う。
「お若いですね。お幾つですか?」
僕が聞いた。
「33です」
ああ、やっぱり別人だ。
その頃の僕は広告代理店伝の営業でハードスケジュールの日々を過ごしていた。
皆が挨拶を終えて席についたら雑談が始まった。
「実は僕、レイナさんの大ファンなんですよ」
そりゃそうだろう。好き嫌いや好みなど、そういうところは僕そのものなのだから僕が好きなものは好きで当然だ。
「それで今回、運良く僕の小説がアニメ化されることになりましたので主題歌をレイナさんにお願いしたいんです」
それは僕が望んでいたことだ。だが、僕は小説家志望ながらデビューなど出来なかった。
だが、こっちの世界の僕は既にデビューしている。異世界とはいえ、ギャップがひどい。
「オープニング、エンディング、挿入歌をお願いします」
羨ましい。現実にレイナにこんな依頼が出来るなんて……。
「作品は、ファーストファンタジーというタイトルです」
僕も書いていた。完結出来ずに僕は死んでしまった。
「後、僕は私小説も書いているんですけど」
確かに。
「浪速区紳士録というタイトルなんですが」
そういえば書いていた。
「そちらは映画化されますので、そちらの主題歌もお願いしたいんです」
映画化? マジ? 羨ましい。
「崔先生の作品で私ばかりが歌ってよろしいのでしょうか?」
いつも通りの小声でレイナが言った。
「いいんです!むしろ僕の作品をレイナさんの色に染めてほしいくらいです」
うわぁ、いかにも僕が言いそうな台詞。
「崔先生って情熱的なんですね」
「はい! 僕の情熱は執筆とレイナさんに!」
最初は緊張していたレイナの緊張を徐々にほぐしていく。我ながら上手い。
僕は自分と話すのがどうも嫌だったし、レイナを狙っているのがバレバレの所も嫌だったので基本的に話さなかった。
始まりがあれば終わりも来る。
ようやく憂鬱なディナータイムが終わった。
「では、返事は事務所を通して正式に…」
「はい、よろしくお願いします」
「前向きに検討させていただきます」
……ありきたりな文句で第1回目の打ち合わせ(顔合わせ)が終わった。
「どうでした?」
車の中で僕が聞いた。
「嬉しいお仕事ですね」
「嬉しいですか?」
「ええ、お歌を歌うお仕事ならなんでも嬉しいです」
「レイナさんは歌を歌うのが本当に好きなんですね」
「はい…あ、ここで降ろしてください」
「はい」
車を停めた。
「すぐに戻ります」
レイナは書店に入っていった。
少しして車に戻ってきた。
「何を買ったんですか?」
「ファーストファンタジーと浪速区紳士録の原作です」
「研究熱心なんですね」
「今夜、読みます」
「明日がツラくない程度に読んでくださいね。レイナさんが体調不良だと心配になりますので」
「はい、気をつけます」
レイナがニコリと微笑んだ。
「神崎さんはお読みになりましたか?」
「諸事情がありまして、ファーストファンタジーも浪速区紳士録もよく知っています」
「諸事情?」
「また今度お話します」
「はあ……、おもしろいですか?」
「作品の内容ですか?」
「はい」
「好みによると思います」
「それじゃあ、答えになっていないじゃないですか」
レイナがまた微笑む。
「わかりやすく言えば、高速自爆剣士のハーレムエンドです」
「わかりやす過ぎますね。自爆剣士というのには興味が湧きましたけど」
「浪速区紳士録は古き良き時代の大阪の下町の物語です。恋愛要素が強いです」
「ありがとうございます。読むのが楽しみです」
「それより…」
「はい、なんでしょう?」
「崔さんはレイナさんのプライベートの連絡先を聞きたがっていましたね」
「はい、お断りしましたけど」
「奴はまた聞いてきますよ」
「どうしてわかるんですか?」
「諸事情があって奴のことはよく知っているんです」
「また諸事情ですか?」
レイナはよく笑うようになった。
「レイナさんのことを心配しているんです」
「崔さんは悪い人なんですか?」
「それは…」
僕は何と言えばいいのか?言葉に詰まった。
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