第20話 大海原の破壊神



「ぐっ………」


 クラーケンの素早さは、尋常ではなかった。

 巨体の代償として鈍足になる………など甘い憶測も過ぎた話だ。


 魔力感知で相手の位置状況把握からの転移魔法での攻撃回避、でもギリギリという状況。

回避するのにも精一杯だと言うのに、私が奴に一発でも反撃を喰らわせる事が出来ると思うか?


 私の魔力も、常時の魔力感知と転移魔法とでもう限界に近い。


 だけど、今ここで私は死ねない。いや、どちらかと言えば死にたくないに近いが。

 まあ、その少数派は、リリーと交わした大切な約束があるからだ。

”魔王討伐を成し遂げる”って言う、重大過ぎる約束がね。


 まあ確かに、エルモースに問い掛けられた時、断っていれば良かったんじゃないかなとは、今でもしみじみと感じている。


 でも、個人的な後悔は何一つしていない。

魔王討伐が、皆が思うような苦痛に耐えるものではなく、各国を巡りながら美味しい料理を食べて、食べまくって。

 恐怖より楽しさが打ち勝つ様な旅を、私が目指しているから。

 

 でも、なぜ無関係である私が魔王を討伐するのかって?

そう言われれば、ピンと来ることはあまりない。

正直、その時は直感を信じたようなものだったから。


 でも、一つ心当たりがあるとすれば………復讐、だろうか。

私を貶して来た伯爵家。そして王太子と妃への、復讐………。

 表面では楽しい事をする、なんて言っている癖に裏ではそんなこと考えているなんて、我ながら恐ろしいとは思う。


 だからこそ、これは私自身の問題であるからに、リリーを巻き込む様な真似は

したくない。

 

 だから、この復讐は一旦お預け。

魔王を討伐してから、計画を実行するとしよう。


 まあそれも、ここで生き残ったらの話だけれど。


 海底に這い蹲るクラーケンの動きをじっと見つめる。


 だけれど、やはり不明な点はいくつかある。

通常クラーケン程の巨体になれば、体重や体積などの影響で鈍足になる魔物が多い。

それは体重に軽減がされる水中でも同じ話だ。

 だけれど、見れば分かる通り、このクラーケンの攻撃スピードは尋常ではない。


 何か見逃している事が………。


ギォォォオオオ


 物凄い咆哮と共に、頭突きをかますクラーケン。


 そうか。

 今回は咆哮のお陰で攻撃を予知できたから、攻撃は回避することが出来たが、

それと同時、こんなにも良い情報を与えてくれるとは………。


 やはり、魔物の弱点は何時だって知能なんだな。


「おーい!脳筋タコさん、こちらにおーいで!」


 突如、盛大に煽り散らかされた為驚いたのか、少しクラーケンの足が止まる。

(まあ、脳筋なタコさんだから、煽られてる事は知らないだろうな)


 だけれど、すぐさま体制を立て直し、襲い掛かてくるクラーケン。

もう1mもない、その時。


隙あり!


「<転移テレポート>」


 魔法を瞬時に発動し、クラーケンの頭付近に転移する。


 あの時の頭突きで私が見たのは、見覚えのある海藻だった。

そうだ。海中林は消え失せたのではなく、クラーケンの頭の上に生息していたのだ。


 クラーケンとなれば、突如消えた私に呆然としている。

実行には充分に猶予はありそうだ。


 だけれど、やはり異様な不自然さの原因はこれだったのか。


 というのも、海中林の中央に配置された、この岩石。

岩石は稀に魔石と混合している事があると、魔導書に記されてあったが、

魔石は魔力が皆無な者でも、魔法を扱うことが出来るように、自身の魔力量や魔術を格段に上げることが出来る。


 そのように考えると、ここは実質クラーケンの頭部であるため、魔石の影響で

攻撃スピードなどの身体強化が抜群に上がった……という事だ。


 この鬱蒼とした海中林も、この魔石を隠す為だったのだろう。


 だけれど、コイツの本質は魔物。

どれだけ魔石を蓄えようが、知能には衰えていたようだ。


 私の魔力量を感知し、もう残りわずかということを察知して油断したのが、

コイツの死因となるだろう。

 

 でも、コイツが騙されるのも訳が分かる。

確かに残りわずかの魔力で転移魔法が発動されるとは思いもしなかっただろう。

 

 転移魔法の術式は極めて難しいが、それは広範囲での転移の場合だ。

目に見える距離であれば魔力の損失など倍以上も削れる。

 そして、<転移テレポート>はメイン一つで構成される純粋な魔法。

魔力が0になろうが、体力を代償にして発動できるわ。


 そこまで想定できなかったというのは、十分すぎる敗因だ。


 魔石の前で屈み、残された体力で、全身全霊で魔石を引っこ抜く。


「う”………あっ」


 ようやく引っこ抜いたと思えば、突如クラーケンが喚きだす。


 魔石が無くなったのを察知したか………。

退散を余儀なくされるも、頭を必死に触手で抑えるクラーケンを、まじまじと見つめる。


 数分後には、クラーケンは灰となって大海原の海へ消え散った。

もうここには、クラーケンのいた痕跡は何も残ってはいない。


 唯一の証拠となれば、この大きな魔石くらいだろう。


 魔物収集もちゃんと完了しているし、一旦街へ戻ってリリーと合流するか………。




■□■⚔■□■




『アンタ………一体どこに行ってたの?』


 怒りを抑えているのか、震え気味の声で私に訊ねかけるリリー。


「クラーケンの討伐に」


 あっさりと答えるも逆効果だったのか、どんどんリリーの顔が赤くなっていく。


『なんでアタシを置いて行くかなぁ?』


「それはリリーさんに害が無いよう………」


『せっかくの晩飯が台無しじゃんか‼』


あ、そっち?

確かに、晩飯を用意するだの約束したような………。


『この愛しい愛しいリリーちゃんが、一生懸命頑張ってたんだよ?それを無視して

晩飯を抜くなんて、酷いと思わない?グスッ』


 下手過ぎる演技に、周りの通行人が足を止める。

まあ、確かに頑張ってくれたのはくれたんだし、今日くらいはいっか。


「よし!じゃあ今日は御馳走にしよう!」


『よ………よっしゃァァアアッ‼』


 さっきの演技はどこに行ったのか、素を曝け出すリリー。

リリーらしいし、まあいっか。




■□■⚔■□■




『あ~食った食った!』


「大盤振る舞いでしたね」


 私の財布の中身はがっぽりと盗まれていきましたが。


『そーいや、そのタコ?の討伐はどんな感じだった?』


「中々の強敵でした。魔力感知と転移テレポでギリギリ回避、が何回と続いて、私が押される程でしたよ」


『そ、それは災難………』


「でしょう?だからリリーさんを連れてくるのは危ないかと思って一人で討伐に行ったら、何故かリリーさんに激怒される羽目に………」


『こ、こっちは晩飯を待ちに待ってただけで………』


 形勢逆転、今度はリリーが慌てて弁解する。

まあ、私の演技は貴族をも戸惑わせる一品ものだ。もうほぼ洗脳に近いだろうけど。


 これはこれでリリーさんが可哀想かなと思い、話を変える。


「あ、それとそれと………これ、土産です」


 アイテムボックスを漁り、お目当ての物を見つけ出す。

リリーはそれを、目を輝かせて見つめていた。


「あ、あったあった………」


 アイテムボックスに両手を突っ込み、懸命に持ち上げる。

取り出したのは、クラーケンの頭から引っこ抜いた岩石………ではなく、魔岩だ。


「よいしょ……っと。これが土産です。かなり性能が良く溜め込んでいる魔力量も多いので、ワイルドウルフから採った魔石よりも使い勝手が良いですよ!」


『………えっと、これが土産?』


「はい。何か問題がありましたか?」


『い、いや、その………』


バッ


 リリーが何か呟いた、と思った直後、突如魔岩を抱えていた腕の負担が軽くなる。

なんだ、と腕に目を落とすと、あったはずの魔岩が跡形もなく消えていた。


 瞬時に辺りを見回すと、魔岩がまるで意思を持ったように、近くの茂みに転がり込んでいった。


「しまった………追いますよ!」


『え、追うの?』


「あの魔岩の価値が分かってるんですか!?一個で金貨5枚ですよ!?朝昼晩の高級食も

夢じゃないんですよ!?」


『や、やべぇじゃん!』


「でしょう!?だから早く行きますよ!」


 強制的……じゃなくてリリーさんを気遣って、森へ駆け込む。

確かに私は、クラーケンを討伐して、常時魔力感知を入手したはずなのに………。


~遡る事、数時間前~


【<常時魔力感知>獲得】


 クラーケンを討伐し、リリーの元へ帰ろうとした直後。

突如として、目の前の空中に文字が浮かび上がったのだ。


 どうやらその文字は、実際に存在するものではなく、私の視覚を利用しているのだと分かった。

 というのも、スキル獲得時に出る女神の祝福のようなものらしい。

今回は魔法系統ではない為、<解読デコード>のように異名はないんだとか。


 ということで、すんなり<常時魔力感知>を入手していたが、それに反応

しなかったということは、それ程の実力者という事だろう。


一体、何者の仕業なんだ………。


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